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「スパイダーさんどうか、お願いいたします。」
鬱蒼と生い茂る森の中にある村の、豪華な館の一室に複数の人影があった。 テーブルを向かい合い、奥に座るのがこの一帯の領主である。
「そうはいっても領主さん、その報酬じゃあ割に合わないぜ」
対する人影は3人、一人はスパイダーと呼ばれた中肉中背の黒髪の男で、不機嫌そうにつり上がった目をしたまま領主とは反対側に座っている。年の頃は35といったところか。
「しかし、盗賊たちが領地を荒らしまわり渡せる財貨はごく僅かです。」
領主はしきりに汗を拭き、机に置かれた水でのどを潤す。
「なぜ、私兵を動かさないのです?」
2人目は端整な顔立ちをした銀髪の男で、部屋の入り口の脇に構えていた。狩人然としたそのいでたちに、涼しげな瞳と尖った耳が特徴だった。
「それが盗賊の頭目がめっぽう強く、領地内の人間では太刀打ちできないのです。」
「あら、それって本当だったら一大事じゃないですの?」
そして最後の一人は、煽情的な踊り子の衣装で身を包み、顔の下半分がベールで隠している女性だ。衣装に負けず劣らずの肢体は、もはや芸術品といっても過言ではない美貌である。そして先ほどから我関せずといった様子で部屋の調度品を眺めては一人唸っていたが、話が気になったのか口をはさむ。
「そうなのです、他の領土に使いを出したとしても動いてくれる保証もありませんし、故に旅で訪れる方々にこうしてお願いをしている次第です。」
「それなら尚更他を当たってくれ、ただの旅芸人の一座には荷の重い話だ。」
そう、スパイダー達は娯楽の少ないこの世界を回る旅芸人の一座だった。一座は座長のスパイダー、演目の司会と仕掛けを請け負う、奇術師や道化師である。尖った耳を持つ男は音楽担当、吟遊詩人のシモ・ハユハ、そして踊り子のディー三人で構成されていた。
この世界において旅芸人は珍しくはなく、数多くいる存在である。また旅をして回る事からある一定以上の実力を兼ね備えている事が多く、商隊と共に行動をしていないスパイダー達に目をつけた領主が、領内の盗賊退治の依頼を出してきたのだ。
「もちろん前金こそ多く出せませんが、盗賊討伐の暁には、ヤツらの財産の半分をお渡しします。」
「半分ねぇ……。盗賊達はそんなに貯めこんでいるってのかい?」
命があっての物種である。スパイダーは他の二人の顔を見て思案顔である。
「高価な武具を集める事を重視しているので、下手をすれば宝飾品を貯めこむよりも価値があるかと思います。」
領主からすれば、自らの領地にそんな武装集団が出来上がっていくとすれば、非常に頭の痛い話である。
「賊の癖に、戦争でもしようというのですかね。」
ハユハがそうつっこむ。
「なるほどね、そりゃあ一大事だ。そういう事なら、その話受けようじゃないか。」
何事か考えていたスパイダーだったが、満面の笑みを浮かべながら領主へと答える。
「おお、スパイダーさん。ありがとうございます!!」
「出たよ、スパイダーの面倒事に首を突っ込む悪い癖が。」
「相変わらず悪い顔してるわね。まぁ、私は報酬さえ貰えればあとはどうでもいいわ。」
領主はほっと安心したような顔で、ハユハは額に手を当て天を仰ぎ、ディーは特に興味の無い様子の三者三様である。
「おいおい、酷い言い草だなディー。俺は弱い者の味方、強い者の敵だぜ?」
まるでイタズラを思いついた子供の様に、スパイダーはニヤリと笑った。