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その5


 何も言わずにいると、渡辺先生は唐突に言った。


「私のこと、嫌いでしょう」


 声を出さずに顎を引いた。渡辺先生の目が細められる。


「私もあなたのこと、嫌いだったの。正確にはあなたが瞳子さんの娘だったから、嫌いになったの」


 聞き覚えのある名前に息を呑んだ。


「お、お母さんのことを知っているんですか」


「あの人が結婚する前から知っているわ。高校の先輩と後輩だったの。瞳子さんは私の一つ上。か弱い人だったわ。年上なのに手を差し伸べなくちゃならないと思わせるような儚さで人の庇護欲を散々煽って、今よりもっと条件の良いところから手を差し伸べられた途端にころりと態度を翻す、ずるくて計算高い女だった」


 ぞっとする怒りに満ちていた。瞳の奥に静かな怒りの炎が揺らいだのが見えた。


 渡辺先生の長い爪がコーヒーカップを掴んだ。ベージュ色のマニキュアがところどころ剥げているのが気になった。昔は、といっても一年前の話だが、少なくとも私の知る渡辺先生はこんな風に油断を見せる人ではなかった。


 違和感が胸の中に持ち上がり、不穏な気持ちにさせる。


「私の青春はあの人に踏みにじられたんだから。でも、それを娘のあなたにぶつけても仕方がないのにね。分かっていたけど、でも、やっぱりあなたが悪いのよ。瞳子さんにそっくりな顔をしたあなたが悪いんだから」


 返す言葉がなかった。


 理不尽な扱いに声を荒げてもいいのに何の反応もできなかった。


 渡辺先生は濡れた唇を僅かに開いて、息を吸った。唇が閉じられると、彼女の顔の造形に初めて興味を持った。シャープなラインの顎、目は大きなアーモンド型で、眉毛は細く、唇も薄い。前髪は横に流し、月一の病院通いで維持しているであろう艶やかな黒髪は胸下まであるほど長かった。


 どうしてそんなことを思ったのか分からない。


 憎い相手のはずなのに、そのとき、私は目の前の女性を美人だと思った。

 人間味のない、冷たく刺さるような美人。


 渡辺先生は私の胸の内を読むように微笑んだ。


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