もし、この世界に転生した理由があるならば
侍女を呼んだ時には、景炎は引き上げていたけれど、翌日、蘭珠とゆっくり話をするためにもう一度来てくれた。
「怪我、大丈夫か?」
「……うん」
蘭珠が泣き出したのは、打ち付けた肘が痛かったからではなく、前世の記憶を思い出したからだけれど、それを彼に言っても通じないだろうと思ったからそういうことにしておく。
「そうか、それならよかった。ほら、手を出せ」
したたかに打ち付けた肘には、ものすごい臭いのする薬が塗られていて、ちょっとでも身動きするとその香りが立ち上ってしまう。
反対側の手を差し出すことでそれを誤魔化した。
蘭珠の手の上に落とされたのは、珊瑚を使った髪飾りだった。
「……これは?」
「叔父上が言ってた。女が泣いたら、玉をやるといいって」
しれっとした顔で景炎は笑う。玉、というのは宝石や宝石を使った美しい品のことを指す。珊瑚の髪飾りはとても綺麗で手にするとうきうきする……けれど。
――どういう教育してくれちゃってるのよ――!
と思ったのは、中身が十八だからだろう。けれど、受け取った髪飾りはとても可愛らしくて、思わず頬が緩む。
「ありがとうございます、景炎様」
できる限り無邪気さを装って、彼に礼を述べた。
「ホントに泣き止んだ」
「――泣いたのは昨日の話!」
ぴしゃりと彼の腕を打ちかけて、それはありなのかと手を途中で止める。
蘭珠としての記憶と、愛梨としての記憶がごちゃごちゃで、どこまで許されるのかよくわからない。
――本当に、この人が劉景炎なのかなあ……。
彼の顔を見ながら、ぼうっと考え込んでいた。
なにせ、蘭珠の知っている彼は三十代に突入したところなので、今、目の前にいる少年となかなか一致しないのである。
「大丈夫か? 具合悪いか? 昨日、頭は打ってなかったよな」
「うん……打ってない」
あまりにもぼうっとしていたから、彼の言葉を聞き逃してしまった。すかさず蘭珠の具合をたずねてくれる彼の様子に、思わず胸がどきりとする。
――でも、この人は。
高鳴る鼓動を押さえつけるように、蘭珠は自分の胸に手を当てた。
彼は、天寿を全うすることはできない。蘭珠はそれを知っている。
「じゃあ、俺といるとつまらないか?」
「ううん、そんなことない」
つまらないなんて、そんなことあるはずない。
だって、蘭珠の前世である愛梨は、劉景炎が一番の贔屓。つまり彼を推していたのである。
彼を推しキャラにした理由はすごく単純だった。初登場時の挿絵の彼がすごくかっこよかったから。それがきっかけ。
それでも、何度も何度も読み返して、行間から景炎が何を考えているのかを読み取ろうとした。
二次創作もあさったし、真面目に『六英雄戦史』世界の年表を考察しているSNSグループの常連にもなった。
彼を死なせないためには、どうしたらいいのだろうと、同じく『景炎押し』の友人と真面目に討論したこともある。
――もしかしたら。
不意に芽生えた思いに、蘭珠は胸が震えるのを押さえることはできなかった。
――もしかしたら。私は、この人を救うために生まれ変わったのかもしれない。
そんな思いに捕らわれたとしても、誰も蘭珠をとがめることなんてできないだろう。