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「いっそ、皇太子を殺りましょうか」という発言

 意図して、深い呼吸を繰り返しているうちに、冷えていた手足にも血が通い始めてきた。

 茶を持って入ってきた鈴麗が、悲鳴を上げる。


「生姜茶をお持ち――うひゃあ!」

「お前、本当に騒々しいな!」


「べ、べべ別に私、騒々しいわけではありません! 男はケダモノ……ケダモノ……ああでも、ケタモノは皇太子で、殿下は違うし……ああもうっ! 鈴麗は何も見ておりません!」


 とんでもない言葉を吐いておいて、どんっと鈴麗は盆を卓上に乗せた。


「今は! 大目に見ますが――婚儀が終わるまでは必要以上の接触はいけません!」

「必要以上に接触したらどうなる?」


 指を突きつけた鈴麗に対し、笑い交じりに景炎が返す。


「――ぶん殴ってでも引き離します」


 ――言い切った、鈴麗ってば!


 抱え込まれたまま青ざめていたら、鈴麗はぴしりと姿勢をただした。それから、二人のいる寝台に向かって深々と腰を折る。


「蘭珠様を助けてくださって、ありがとうございました。力及ばず、申し訳ありません。どんな罰でも受け入れます」


「待って、鈴麗。あなた何も悪くない……」


 景炎の腕から抜け出して鈴麗を止めようとしたら、力強く引き戻された。蘭珠を腕の中に抱え込んだまま景炎は言う。


「罰は与えない。鈴麗がいなかったら、蘭珠が危なかっただろう。よく、あの場で気づいて助けを求めに来てくれた」


「……ありがとうございます。すぐに温石もお持ちいたします」


 生姜茶の入った器で、両手に体温をうつす。彼にもたれるようにすると、規則正しく心臓が鼓動する音が伝わってくる。


 静かに茶を飲んでいる間に、鈴麗が焼いて熱くした石を布で包んだものを運んでくる。それを床に入れて、身体を温めようというのだ。


「鈴麗、俺はもう行くから、蘭珠に付き添ってやってくれないか。俺は、今日の始末をつけなければならない」


 茶の容器が空になった頃を見計らって、景炎が立ち上がる。蘭珠を寝台に横にならせた彼は、額に手を当ててきた。


「余計なことは考えずに、静かに寝ていろ」

「はい、ありがとうございました」


 景炎が体温を分け与えてくれたおかげで、少し、温かさを取り戻している。

 額に落ちた髪をそっと払ってくれて、景炎は静かに部屋を立ち去った。


「蘭珠様……本当に、よろしいのでしょうか」


 茶道具を片付けてくれた鈴麗がうなだれた。いつもの勢いはどこへ行ってしまったのか、完全にしゅんとしてしまっている。


「私もおかしいと思わなかったんだから、しかたないわよ。間に合ったのは、あなたのおかげなんだし」


 寝台の傍らに腰を下ろして付き添ってくれている鈴麗を慰めているうちに、だんだん鈴麗も落ち着きを取り戻してくる。


「――いっそのこと、皇太子を殺りましょうか」

「ちょっと待って。目が怖い。本気になってる」


 暗殺を請け負う間者もいると聞いているし、その技術も教えられているはずだけれど、甘いと言われようが百花の間者達には、そんな手は使わせたくない。それに、皇太子が暗殺されたとなれば現実は捜査の手は確実に鈴麗に及ぶだろう。


「命に代えても、あの男を殺って来ます」


「鈴麗の命をかけるほどのことじゃないから。かけるなら、もっと違うことに使いましょうよ……」


「蘭珠様のご命令でしたら、皇太子の一人や二人や三人や四人――」

「絶対に、ダメ」


 けれど、鈴麗がこんな発言をするということは、少しずつ落ち着きを取り戻してきたということでもあるんだろう。その点では、安心してもよかったのかもしれなかった。


 鈴麗がまた怒りを見せる事態がすぐに勃発した。というより、知らせをもたらした景炎もいらだっていた。


「お前に詫びなければならないことがある」

「……なんでしょう?」


 景炎が、何を蘭珠に謝るというのだろう。


「兄上と義姉上の処分についてだ。今回のことは父上の耳にも入っているが――数日間の謹慎ということになる」


 ――数日間の謹慎ですむなんて。


 蘭珠は、ため息をついた。小国の出身とはいえ一応公主。景炎の正妃になることが決まっている相手を犯そうとしたのに、数日間の謹慎処分ですむだなんてあまりにも甘い。


「父上にも厳罰を――と、お願いはしたのだがな。俺の力不足だ。すまない」


 頭を撫でながら言う景炎が、あまりにもすまなそうだったから、蘭珠の怒りも少し小さくなった。


 ――そうね。景炎様の地位は、盤石とはいえない。


 蘭珠の気がそれで収まるわけでもないけれど。


 掛け布から顔を出すことはできなかったけれど、蘭珠は首を横に振る。その仕草で、きっと景炎は言いたいことを理解してくれた。


「水に流せとは言わない。お前には本当に悪いことをした――だが」

「わかります。皇子の間の序列を崩すことはできない、そうでしょう?」


 皇帝の権力は絶大なものだ。望めば、どんなことだってすることができる。その後を継ぐ皇太子もまた、同様だ。


「今後は、もっと気をつけます……だから、気にしないでください。皇太子妃の父親からも、きっと横やりが入ったのでしょう」


「田大臣か。よく知っているな」


「……侍女達の噂で、そのくらいはわかります」


 ――何ごともなかったから、これでよしとしないと。


 ここに来た最初の日、皇太子と出会ったあの時。漠然と彼に対して嫌な雰囲気を覚えたのは、間違いではなかったということなのだろう。


 景炎の腕に引き寄せられる。こめかみに口づけられるのを、蘭珠は黙って受け入れた。

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