後宮内の複雑なあれこれ
昼食を終えてから、蘭珠は鈴麗を連れて庭に出ていた。
どのくらい強いのかしらなくても、蘭珠が剣を扱うというのは侍女達は皆知っている。一緒に学ぼうと誘ったらついてくるかもしれないけれど、今はそんなつもりもない。
練習場所へと歩きながら、蘭珠は鈴麗へたずねた。
「皇太子妃について、何か聞けた?」
「――あくまでも噂話の範疇ですけれど」
以前、鈴麗には、あちこちの宮で働く侍女達と仲良くするようにと命じていた。そうしておけば、鈴麗はいろいろな情報を引き出すことができるだろうから。
「――権力を持っている田大臣の娘ということはご存じですよね」
「ええ、知っているわ」
先の戦で手柄を立てた田大臣は、その後皇帝から重用されるようになったらしい。そんなわけで、皇太子妃の地位に翠楽がつくのはある意味当然のことと言えた。
「田氏の正妻と皇后陛下が仲のよい友人ということもあって、皇太子妃は幼い頃からしばしば皇宮に出入りしていたようです」
宴があれば、翠楽は母である田夫人と共に呼ばれることも多く、自然皇子達とは幼なじみのような仲であったのも本当のことだ。
「ということは、皇子達とは幼なじみってことになるのかしら」
幼なじみという言葉に、胸がざわりとした。景炎は、皇太子妃のことをどう想っているのだろう。
――初対面の時、私は最悪だったし……。
彼の顔を見て驚き、そのまま縁側から転がり落ちた。
打ち付けた肘が痛いと大泣きして、対面の場を離れた蘭珠の印象は、正直なところよくないと思う。本当は泣いた理由は痛みではなかったけれど、景炎にはそう思われていたはずだ。
けれど、鈴麗は蘭珠の胸がちくりとしたことには気づきもせずに続けた。
「一時期は、春華公主のところに侍女として仕えていたこともあるそうです」
「そこを、皇太子が改めて見初めた――ということかしら」
皇太子龍炎と春華は、同母の兄妹だから、彼らの繋がりは他の兄弟達と比較するとかなり強いと思う。春華に会いに行ったところで、改めて恋に落ちたというのはありそうな話だった。
「いえ、それが――、皇帝陛下と皇后陛下のご命令でのご結婚だったそうですよ。ですから、皇太子殿下は不満をお持ちのようですね」
「では、夫婦仲はあまりよくないのかしら」
「残念ながら、そのようですね。皇太子殿下は側室もお持ちですし……皇太子妃の住まいには滅多に通わないようです」
「……そう、なの」
――この後宮という制度には、やっぱり慣れないな。
と思ってしまったのは、たぶん、どこかに日本人としての感覚が残っている。一夫一妻制度ならよかったのに。
「皇太子妃は一心に皇太子を慕っているようではありますが……皇太子が、皇太子妃の宮を訪れるのは、月に数回だという話ですね」
「それ以外の時は?」
「今、お気に入りの愛妾のところにいるみたいです。まったくとんでもない話ですよ!」
鈴麗の話を聞いているうちに、だんだん憂鬱になってくる。
――こういう制度は、好きじゃないな。
それについて、蘭珠が何か言える立場でもない。王家の血を絶やさないために、複数の妃を持つのも愛人抱えるのも許されるどころか推奨されているけれど、前世が日本人の蘭珠にとっては、受け入れがたい制度なのだ。
「でも、よございました。少なくとも、景炎殿下はそんなことはなさいませんもんね」
鈴麗はほっとした様子で微笑んだ。
「え……そう? そう……かしら?」
「そうですとも! ……あああああ、でもやっぱりダメです! もっと蘭珠様を幸せにしてくれるように努力していただかなければ! 人望はあっても、皇子達の中では軽い扱いですからね!」
断言しておいて、鈴麗は目を泳がせた。
――少しずつ、景炎様のことを認め始めている?
それなら、それでかまわない。
その時には、いつもの稽古場所に到着していて、蘭珠は上に羽織った衣を脱いで、鈴麗の方へ「始めましょうか」と声をかけた。
作者名がサークル名のままになってるのとタイトルがわかりにくいとメンバーより指摘があったので、昨日作者名を、今日、作品タイトルを変更しています。
何かあったらご指摘いただけますと、助かります。