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他のお妃様はお持ちでしょうか

 今日は都である成都に到着するという日、順調に走っていた馬車が速度を落としたかと思ったら、そのまま停止した。


「何か、あったのかしら」


 鈴麗と顔を見合わせていたら、外から窓を覆っている布が跳ね上げられた。


「きゃあっ」


 思わず二人そろって声を上げた。身を寄せ合うようにしている蘭珠と鈴麗を見て、愉快そうに景炎は声を上げて笑う。


「悪かった、脅かすつもりはなかった――今、出てこられるか」

「だ、大丈夫です!」

「もう少し、落ち着きを持ってもいいと思うんだがな」


 半分転がり落ちるようにして馬車から降りる。彼の前に出ると挙動不審になってしまうのがわかるから、なんとなくいたたまれない。


「……ほら、あそこを見ろ」


 馬車から降りた蘭珠に景炎が示したのは、はるか向こう側に見える成都だった。


「……すごい」


 それきり、蘭珠の口からは言葉が出ない。


 だって、こんなところから都の様子をうかがうことができるなんて予想もしていなかったのだ。


 成都の周囲は高い塀でぐるりと囲まれていて、何カ所かに設けられた門からだけ出入りすることができるらしい。その門の屋根の瓦は灰色だった。そしてここからはよく見えないが、その向こう側には都市が広がっているのだろう。


 そして都の奥、少し高くなった場所が皇宮だった。皇宮の建物だけが赤い瓦で統一されている。時折太陽の光を反射して眩しく煌めくのは、屋根に乗せられている金の魔除けだろう。


「……こんなに広いなんて!」


 大慶国と玲綾国の間には、大きな国力の隔たりがあるのは知っていた。蘭珠が、大慶国の後宮に入ったなら、田舎者と侮られるのは間違いない。


 その国力の差を目の当たりにして、それきり声も出なくなる。


「蘭珠、あの中に入ったら、父上の許可が無い限り二度と都から出ることはかなわないぞ。よほどのことがなければ、国に帰してやることもできない。市場をのぞくくらいなら、俺の許可で可能だが」


 そんなこと、問題にはならない。


 ――だって、私は。


 景炎を生かしたいからこそここに来た。前世の記憶が戻ったというのなら、きっと彼を生きながらえさせるのが蘭珠に与えられた使命。


「何を考えている?」

「すごく広い、と……考えてました。私の国とは大違いです。……それと景炎様。ずっとお聞きしたかったのですが」


 そんなことを口にするつもりはなかった。けれど、今を逃したら二度と聞く機会はないような気がして、彼の袖を掴む。


「あの、おおおお妃様は、もうお持ちですか?」

「……妃?」

「私、新参者だし……な、仲良くしていただけたらなって……」

「そんなものはいない。余計な気は回すな」

「……はい」


 なんだか、空回っているような気がしてならない。うまくいかない……とため息をついていたら、景炎が身を屈めてきた。


「俺はお前がいてくれればそれでいい――」

「……なっ」


 さっと額を口づけがかすめて、ぽんっと顔に血がのぼる。

 馬鹿みたいだ――。彼の一挙一動に、こんなに胸がどきどきする。


 背後から「蘭珠様!」と鈴麗がたしなめる声が聞こえてくるが、もう止まらなかった。


「――はいはいそこまで。そこまで、です」


 ぐっと後ろに腕を引かれたかと思ったら、鈴麗の背後に回されていた。


 ――い、いつの間に……!


 馬車に鈴麗は残していたはずなのに、ちゃっかり景炎と蘭珠の間に割り込んでいる。鈴麗の顔を見た景炎は、肩を揺らした。


「……お前がついていてくれるのなら、安心だな。よし、そろそろ出発するから馬車に乗っておけ」


 それきり彼はくるりと踵を返して行ってしまった。


「お……お願いだから、もう少し景炎様とうまくやって……!」

「だめです。ああいう男は油断したらいけないんですよ! 男はみんなケダモノです」

「だからその知識どこで仕入れてきたのよっ!」


 ――鈴麗の情報網ってどこかおかしいと思う!


『百花』の情報網には、男女のことはなかった気がするけれど……蘭珠の知らない情報を、どこで学んできたんだろう。


 二人が馬車に乗り込むのを待って、一行は再びゆっくりと進み始める。


 ――大慶帝国は大国という話だったけれど……それも納得の賑わいね。


 馬車が大慶帝国の都である成都に入ってから、蘭珠は窓の覆いを外して外を眺めていた。


 今、馬車が走っているのは大通り。おそらくここが成都の中心だ。


 道の両脇には、さまざまな店が建ち並んでいる。多数の人が出たり入ったりしていて、商業も盛んなのだと知ることができた。


「蘭珠様、蘭珠様。あの店でございますよ!」


 鈴麗が、蘭珠の袖を引く。鈴麗の指さしたのは、一軒の菓子屋だった。とても流行っているらしく、店内にたくさんの人がいるのが蘭珠のいるところからも見える。


「……ええと、『三海』……間違いないわね」


 この国は北と西と南は海に面している。その三つの海から入ってくる商品――つまり、全世界のお菓子がここにあるぞと宣伝しているわけだ。


 百花の構成員が、女将として切り盛りしている店で、蘭珠に大慶帝国内の情報を送ってくれていた。


「ちょっと落ち着いたら行ってみましょう。許可を取ったら、街中には出かけてもいいって景炎様も言ってたし」

「甘いものが恋しいですねぇ……」

「胡麻団子食べたばかりじゃない」

「三日前のお菓子なんてもう忘れました」


 宮中にいれば、毎日甘いものを食べる機会があったけれど、旅の途中ではそういうわけにもいかない。鈴麗は、それがちょっぴり不満みたいだった。


 景炎と合流した日に、宿場町で胡麻団子を食べたのが最後だ。あれ以来、ゆっくりと菓子を楽しむ暇なんてなかった。


「もし、出かけられなかったら、女将を呼び出してお菓子を献上してもらいましょう」


『三海』の女将は、『百花』の構成員だ。彼女が、国許の養い親に出した手紙が、高大夫を通じて、蘭珠の元へと送られてきていた。訓練所にいた頃、蘭珠も何度か顔を合わせたことがある。


 ――幸せになっていたらいいんだけど。


 彼女は、訓練組織を卒業した後、近くにある菓子屋で働いているところを取引先であった『三海』の先代旦那に、「息子の嫁に来てほしい」と、見初められて嫁いでいった。


 ――厳しい人生を選ばせてしまったから、できる限り幸せになっていてほしい。


 奴隷階級のまま生涯を終えるか、間者になるか。年端もいかない少女達に厳しい選択を迫った実感はある。


 当時蘭珠は八歳であったけれど、中身は十八歳だった。年相応の精神年齢しか持たない少女達に迫った選択がどれほど残酷なものであったのか、よく理解している。


「ああ、もうすぐ皇宮ですねえ……先ほど見た時もなんて立派な建物なんだと思ったんですけど」

「そうね……」


 ――気を引き締めなきゃ。


 ここから先、信頼できるのは鈴麗だけ。


 景炎を巻き込むわけにはいかないから、彼には真実を告げることはできない。


 馬車はゆっくりと走っていって、そのまま停車した。


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