野酒屋準備中
野鍛冶ってのは聞いた事がありますが、野酒屋は……
今日のわたくしはレベリングであります。
と言うのも狩場の中のセーフティゾーンで酒造りをしようと企んでおりまして、行き帰りに危険の無いレベルまで上げておこうと思う次第であります。
あれから配下のお役人が来て、細かいところを村長さんと決めていってました。
他のプレイヤーも立ち入り禁止にした広場での会合だったんですけど、わたくしは平気で横で聞いておりました。
浮浪人スキルの《背景》さまさまであります。
村長さんは折角成れた職だからと、遂には半分取られる事に納得したんですけど、借りているあの建物を国に渡さなければならなくなりました。
それと言うのも貴族が封ぜられると決まったらしく、その貴族が住む場所の提供になる代わりにかなりの税金が免除になるらしいんです。
その免除を受けないとかなりの資産が無くなるとかで、横のわたくしにごめんと謝りつつ、会合は進んでいったのでした。
ただしあの裏の土地は村長さんに残されるようで、彼の内職という触れ込みで世話もしてくれるとの事。
せめてものお詫びと言っていたんだけど、元々が暗黙で借りた場所なんだし、文句の言えない話だ。
「それでもね、前払いの書類の分ぐらいは裏の田んぼの世話をする義務があると思うんだ。だから気兼ねはしなくて良いからさ」
あんなのただ、酒を渡す言い訳のような話だったのに、契約と言ってくれるんだね。
立ち退き期限は中の時で1ヶ月って事だから、それまでにレベルを上げて転居しないといけなくなったと。
しかしこの武器もどき、あんまり強くないんだけど仕方が無いよな。
武器も持てない防具も着けられない職で、抜け道のように武器になる雑貨を使っている。
その名はハサミ。
あれさ、真ん中の接点を解けばショートダガーもどき2本になるんだよね。
んで元が雑貨のハサミだから、オレでも使える武器もどきになると。
本当は包丁とかを使いたかったんだけど、料理人じゃないから使えない罠。
となるともうハサミを使うか酒瓶で殴るか、樽を投げ付けるかするしかない。
非力なエルフともなればもう、樽を投げる線は消えるから、瓶で殴るかハサミの武器もどきを使うしかない。
んでまあ、瓶は後々酒を詰めるのに使うとなれば、ハサミしか選択肢が無いって訳さ。
ハサミ(片割れ)雑貨・攻撃力8……
無いよりましなオレの武器だけど、8とかやけに弱いよな。
つまり雑貨なら武器として使えるって事だから、ばかでかいハサミでも作ってもらおうかと思ったんだ。
だけどさ、ある程度以上の大きさになると、雑貨の枠を超えてしまうらしいんだ。
実は情報掲示板に載っていたんだけど、20倍の大きさの待ち針を武器にしようと思った人が居て、元は雑貨なのに武器に分類が変わったって出ていたんだ。
雑貨武器シリーズってのも出ていたけど、大きくしたら殺傷武器とか鈍器なんかになってしまうらしい。
まあそうだよね、鋼鉄製のデッキブラシってモロに殴打武器だよね。
つまりさ、雑貨としての範疇を越えた大きさや材質にしたら、区分が変わって武器になるって結果が出ていたんだ。
それならまだ片割れにしても雑貨のままのハサミは優秀だと言えるだろう。
そんな訳で在庫の酒とハサミ大量の交換は巧くいき、大量の投擲武器を手に入れました。
それは良いんだけど、相手は雑魚と言われる弱い魔物に対し、ハサミの片割れを投げている人って凄くシュールだよね。
プレイヤーの鍛冶屋でハサミの解体をやってもらったんだけど、何に使うのかって散々聞かれてさ、この職を見よって言ってやったんだ。
「武器も持てない職で狩りとかまともじゃねぇな、アンタ」
こんな事を言われたんだけど、ハサミの解体依頼を出したらまた変わったんだ。
「ほお、解体しても雑貨のままか。おめぇ、裏道見つけやがったな。成程なぁ、雑貨のままなら持てるのか」
だけど情報掲示板に載せるのは勘弁してもらったんだ。
「どうしてだよ。誰も見つけられなかった抜け道だぞ」
「ハサミの片割れ使っていたらオレ確定じゃねぇか。浮浪人は他に居ないんだし」
「まあ、そういやそうか」
「オレはさ、赤ネに情報を出したくないんだよ。いつか漏れるにしてもさ」
「まともに防具も使えない職だし、PKに狙われたらイチコロか」
「寸胴鍋の底と横に穴を開けてくれ」
「うぷぷっ、それを鎧にするつもりかよ」
「刃物じゃない台所用品は持てるんだよ」
「となるとフライパンは盾になりそうだな。よしよし、こいつは面白くなってきやがった」
なんかさ、途中から鍛冶屋のおっさんが乗り気になっちまってよ、創意工夫で防具以外の道具で防具もどきを作り始めてさ、オレの依頼っての忘れているんじゃないのかな。
頼むよ、オレにはそれしか無いんだからさ。
俄かに実力やら金やらが必要となったオレは、近隣の町をうろついてプレイヤーと個人商談をやっていく。
3合瓶に入れてラベルを貼った清酒なんだけど。
【品評会3位の酒】
実にあからさまなラベルである。
それでもその甲斐あってか、商談を持ちかけたら大抵話に応じてくれて、いくばくかの金にしてくれる。
相場とか分からないから相手が出してくれる額でそのまま取引にしているんだけど、もしかしたら買い叩かれている可能性もある。
だけど今はもっと先に進んでいるんだし、この酒は全て処分しても構わない。
どうせ嗜好品として楽しむなら、とことん拘った酒が良いからさ。
「あ、お前、この酒。まだあるのか? あるんだな。よしよし、あるだけ寄こせ。高く買ってやるからよ」
妙に高い価格を提示するけど、良いのかな、47本あるんだけど。
「うなっ、47本だと? ちょ、ちょっと待ってくれ」
さてさて、これで鍛冶屋に渡す金も出来そうだし、後はレベリングだけかな。