新人歓迎会
確かに時送りスキルを使えば100年物もすぐ造れそうだけど、消費MPは対象の量に比例する。
なので樽なんかで造ろうとしたらMP量は相当大量に必要になる。
最初にやったのはやはりポーション容器なので、10時間分の時送りも1回でやれた。
だけど今は瓶が精々で、とても樽とかは無理だ。
HPもMPも自然回復はするから、一通り時送りを掛けて裏庭で作業をして、回復したらまた一通り掛けてまた別の用事を済ます。
そんな感じに少しずつの時送りになるのが現状なんだ。
つまりそれだけ手間隙が掛かっているって事だけで付加価値になるうえに、ランクが高ければ更なる価格になるようだ。
もっとも、今じゃ味わいなんかも関係するようで、ランクが少し低くても好みの味わいとかで人気が出る酒もあるらしい。
今日も今日とて帰宅してのゲームを楽しみに、つまらない仕事に精を出す。
しかしな、酒造りしか経験が無いのにいきなり衣料品の業務とかどうしようかと思ったけど、やっていれば人間慣れるものだと分かった。
けれども慣れても意欲はまた別なようで、今の興味はVRゲームの酒造りに向いちまっている。
入社当初はまだリアルがメインだったのに、今じゃVRメインってヤバい事になっているな。
帰宅して雑事をあれこれ終わらせてログインする。
酒蔵の熟成酒の瓶に時送りスキルを振りまいて裏庭の様子を見に行く。
普通さ、農業の経験も無いのに水耕栽培とか無理だろうけど、こんな栽培にもシステムの補填が成されているようで、素人なのに作れてしまう。
とりあえずは稲のほうは放置して、ワサビのでかいのを収穫し、先日の小さなワサビ50本を植えておく。
これもなぁ、本当はもっと大変な作業なんだろうけど、システムサポートの恩恵だろうか。
一通りこなした後は短冊スライスで……「おい、ここ、酒屋って聞いたが、酒あるのか」
「一応だけど、どちらさん? 」
「あのよ、オレな、主に調味料に拘ってな」
「刺身しょう油と交換だ」
「お、それならよ、ランクAの特選があるからどうだ」
「熟成50年でどうだ」
「うほー、お前もかなり拘ってんな。村長に誘致されて正解か」
またぞろ誘致したらしい。
しかも拘りの調味料となれば、旨いしょう油の可能性も高い。
今手持ちのは何とか分けてもらったんだけど、刺身にはイマイチって味わいだったんだ。
ペロリと舐めてみると、これが中々の味わいだ。
早速、短冊をスライスして皿に盛り、刺身しょう油を小皿に入れて割り箸を取り出して……「おい、手を出すな」
くそぅ、油断も隙も無いなこいつ。
準備していたらこれ幸いと酒盛りの準備をしやがって、つまみ食いするんだわ。
「まあ、良いじゃねぇか。歓迎会って事でよ」
歓迎される側が言い出す歓迎会ってのも前代未聞だろ。
どんだけずうずうしいのかって言われるぞ……うおお、あんまし食うなぁぁ。
そうこうしているうちに村の住民が次々とやって来て、生産品と交換で酒をそれぞれに持ち、スライスした刺身を肴にワイワイやり始める。
村長さんに聞けばやはり歓迎会らしいが、会場を何処にするかって言っているうちに、本人がここに来たからここでやるとか。
そりゃ確かにこの家は村長さんのを暗黙で借りているって事になっているから、ここでやりたいと言われたら断る事は出来ない。
それぞれに酒を交換した以上、問題は肴だけになる。
まあ、短冊もセットで交換してくれたんだし、出すにやぶさかではない。
でもなぁ、切る端からつまんで行くのは何とかしてくれよな。
オレも食いたいんだよ。
とりあえず一通り短冊をスライスしながらワサビも捻り下ろし、自前の酒を飲みながら彼の話を聞く。
元々、料理人としてやっていたが、調味料に拘っているうちに専門職になったとか。
んで本人はとことん味に拘りたいのに、都会じゃ質より量を求められる。
それが嫌だから田舎でのんびりやりたいと常々思っていたところに、村長さんの誘いがあってやっぱりオレの酒で2つ返事ってよ。
オレの酒を試金石にでもしてんのか、このおっさんは。
「いやいや、君の酒は知る人ぞ知る酒なのよ」
知らない人は知らないって事か。
「こんな旨いのが飲めるんなら、いくらでも供給するからよ」
いくらVRだからと言って、調味料をそんなに浴びる程に摂れるかよ。
後何人か誘致の予定と言うが、次は一体どんな職が誘致されるものやら。
うお、しょう油漬けか、これ。
ほお、それっぽい味になっているじゃねぇか。
これは旨いな。
あれ、もう刺身が無いのかよ。
やれやれ、スライスしてもスライスしてもすぐに無くなるんだから。
短冊セットを取り出してひたすらスライスしていく。
今日はオレもがっつり食おうと楽しみにしていたってのに。
そういや、酒の品評会とか何とかってアレ、どうなったのかな。
何も言わないところを見ると、選外にでもなったんだろう。
なんせあれはまだBランクの出来損ないなんだしな。
今精米している奴がもう少し削れそうなんだけど、可能なら35パーセントまで削ってみたいものだ。
しかしな、米の品種名がちょっとヤバいんだ。
山谷四季……一応はサンヤシキとなっているんだけど、ヤマとダニとシキってもろバレだよな。
まあだからこそ35パーセントも可能と思わせるんだけど、果たしてそこまでやれるかどうか。
いかに王都では電気も使われていると言っても、こんな田舎には適用されない訳であり、精米機も当然手動になってしまう。
だからどうしてもバラつきが出るようで、それで清酒から先に進んでくれないんだろう。
果たして純米酒となるか吟醸酒となるか、どちらにしてもワンランク上の酒になるだろう。
今のままじゃ恐らく無理だろうけど、水耕栽培の稲の収穫までには何とかしたいものだ。
「あれ、刺身は? 」
「ああ、もう無いな、そう言えば。よし、切ってくれ」
やれやれ、人の物だと思って好き勝手に……参ったな。
仕方が無いから取り分けてある短冊を少し出してやるか。
後は漬物でも良いだろうから、白菜とキュウリとナスの漬物と、野沢菜もどきの漬物を出してやれ。
薬草の漬物なのは内緒だ。