仮初の酒蔵作戦
色々と作れる酒の種類も増えた頃、アルコール純度を高める技術も手に入れた。
高純度のエチルアルコールの完成である。
このゲームは剣と魔法の世界と言いつつも、ある程度の科学が内在している複合世界。
なので巷では色々な発明家達が日々色々な原始的な工作機械を考案している。
アルキメディアンスクリューはもとより、水車を活用した揚水システム。
その水車を利用した水力発電に挑戦したグループは、今では発電した電力の活用を考えていたりする。
水車の活用はそれだけでなく、今では主に動力としての活用となっていて、小麦粉作りには欠かせない装置と化している。
妙にリアルな設定のせいか、スキルで小麦粉って簡単には作れないのだ。
ちゃんと石臼を使っての生産……確かに労力は軽減されているが、石臼が無いと小麦粉は作れない。
なので水車に石臼を連結させれば、日々大量の小麦粉が作れはするが、水車が発明されるまでは各々、石臼を準備して小麦粉を作っていた。
そんな中、蒸気機関を遂に拵えた発明グループは、それを動力として石臼を稼動させる事に成功する。
そうなればもう、川の近くの水車まで足を運ばなくても、街中で小麦粉が作れる事になり、水車の需要は減っていく。
それでも水力発電グループだけは水車での発電をやっていたが、いよいよエンジンの開発と共に下火になっていった。
原始的なエンジンの燃料として、まず最初に考えられたのは植物油。
そんな中、高純度エチルアルコールが巷を賑わし、動力関連の発明グループはそれに飛び付いた。
元々、消毒薬としての用途の予定だったんだけど、燃料になりそうなので流したらしく、かなりの売れ行きになっているとか。
程度の悪い酒の有効活用としての高純度エチルアルコールだったけど、中程度の酒と合わせて交換取引は円満に終わった。
そりゃ直接販売のほうが遥かに儲けになるだろうけど、それがやれない職の悲しさと言うか。
それでも今の酒の流通具合なら、備蓄で充分やっていけはする。
だけどそれじゃ商売としての酒造りになってしまう。
確かに親父が酒蔵を閉鎖しなければ、商売としての酒造りではあったんだけど、今は仮初の世界の中。
それなら趣味での酒造りに拘っても構うまい。
どのみちNPCと取引の出来ない職なんだし、金を稼いでも仕方が無い。
ならばせめて特級品の備蓄ぐらいが関の山って訳で、インベントリの中に少しずつ増えていくオレの財産。
酒造りレベルが20に到達し、醸造も20に到達した頃、2つのスキルは融合する事になる。
《酒造》スキルの発現である。
スキルを融合させた後、ありとあらゆる酒のレシピを獲得した。
それと共に、今まで悩んでいた熟成酒も可能となり、100年物の酒も造れそうな感じになっていた。
時送りスキルを使えば1秒が1日になるらしく、1時間が3600日……およそ10年弱になる。
つまり10時間後には100年物に近い熟成酒も可能とあって、様々な酒を熟成していく事になる。
現在、取引に用いている酒のランクはBとCを使っている。
DとEはエチルアルコール化して、AとSはインベントリの中で死蔵されている。
熟成酒にするのはAランクの酒の予定で備蓄していたんだけど、いよいよそれがやれそうになってきた。
ちなみにSランクの酒は量が少ない事もあり、しばらくは死蔵の予定である。
ただし、現在も廃屋での生産だから、例え10時間と言えどもうっかりそこいらに置いておけないのだ。
これが個人の所有なら、時送りスキルを掛けた後、ログアウトしても関係は無いけど、廃屋だけはそうはいかない。
うっかり大量の熟成酒を造る途中、ログインして何も無い可能性もそう低いものじゃない。
いくら入り口を閉鎖してログアウトしたにしても、基本的にカギの掛からないのが廃屋だ。
その気になれば壁をぶち破る事も可能であるし、それをしたとしても罪には問われない。
すなわち、廃屋に住んでいる者の居住権は認められず、単に暗黙されているに過ぎないのだ。
だからそれらが持つアイテムの数々も、インベントリの中ならいざ知らず、廃屋に置いてあれば放置と見なされる。
なので誰が持ち出しても文句が言えず、だからこそうっかりと置いてはおけないのが現状だ。
日々の生産と取引の中、熟成酒の可能性に付いて問われる事となり、問題点を提示したんだけど……
「それならな、うちのギルドで別宅を借りようと思うが、そこを使えば良いだろう」
「暗黙の使用って事ですね」
「ああ、咎められる事はないが、基本的に暗黙の使用を認めている事にしておこう」
「それならそれでお願いします」
どうやら酒の製造元の追及が激しくなり、仮初の酒造所としての場所を構築する予定であったとか。
なのでそこに移り住み、あたかもギルメンが作っていると思わせての立ち位置で、日夜酒造りがやれそうになってきた。
外部なのでオレの存在は秘され、しかしギルド所有の工房な訳だ。
工房の横には倉庫が隣接し、取引はそこで行われる事になる。
ギルメンの誰が作っているかは謎のままだが、場所が提示された事で追及も収まると思われた。
最前線攻略ギルドの副業として、そのギルドは酒造りギルドとしても有名になっていく。
そんな中、遂に熟成酒が大々的に販売される事になり、更なる需要は遂にNPCの王族まで絡んでいく。
王宮に献上する為の酒が求められ、秘蔵のSランクを譲渡する。
「ある事はあるんだな」
「量も少ないし、当分出す予定は無かったんですけど」
「まだあるのか」
「秘蔵の部類ですね」
「分けてはくれんか」
「良いんですか? 今までの酒が飲めなくなりますよ」
「ううむ、それは辛いな」
「それに、毎日飲まれるとすぐに無くなりますよ」
「それ程に少ないなら言えんか」
「まだまだ腕も未熟ですしね。そもそもSランクは幸運値が関係するらしく、滅多に出来ないんですよ」
「クリティカルのようなものか」
「そう言う訳で、済みませんけど」
「熟成酒はAランクのようだが、あれは量があるのか」
「あれも知れてますね。やはり今の取引のランクが一番多いです」
「独占だから致し方無いか」
「どうします? 公開するなら上を狙いますけど」
「いやいや、それでは君が困ろう。当分は現状で構わんよ」
「ならそれでお願いします」
王宮に献上した酒は王様がいたく気に入ったらしい。
それも納品クエストの一種だったらしく、今まで行けなかった場所への許可証が発行になったとか。
壁にぶち当たっていた攻略ギルドの中で唯一、彼のギルドが先に進む事になる。
そうなると他のギルドも攻略法を知りたがり、納品クエストでのクリアと公表する事になる。
しかしながらその納品クエストの出し方が分からず、掲示板へのカキコを求められる事になったらしい。
現状、納品クエストが出ているのは王宮へのSランクの酒の納品だけだ。
ワインやビールでのSランクで納品したギルドも居たが、許可証が発行されなかった事からまた騒ぎになる。
詳細な情報を出せと言われる事になり、いよいよ酒造りの独占が怪しくなっていく。
そんな中、何度も何度もワインのSランクを納品していたギルドが許可証を得る事となり、勇んで掲示板に書き込む。
あわや発覚かと思われた酒作りスキルは、醸造スキルの影に隠れたまま継続が可能になった。
巷では今、ワインのSランクが高く取引されていて、それ以下のランクは暴落している。
彼のギルドではそんな低ランクのワインやビールを大量に買い付け、そのままオレとの取引となる。
そう、それらは全て蒸留酒へと変換される事になるのだ。
酒造スキルになってから、高ランクの酒がコンスタントに造れるようになり、取引用の低ランクの酒の量が減っていく。
それでも毎回ギリギリの量が確保出来ているが、そのうち造れなくなる可能性も高い。
そうなった時、いよいよ上のランクの酒の取引になるだろうけど、この前、不思議な酒が出来たんだ。
特級ブランデー ランクSS
まさかSランクの上があるとは思いもよらなかったけど、ある以上は追求しようと思った。
Sランクのワインから稀に造れるらしい事が判明したのは良いが、Aランクだとごく稀にしか造れそうにない。
そうなると量をこなすしかなくなり、取引の酒に困る事はなくなった。
ただし、大量のブドウが必要となり、肝心の熟成酒が疎かになる。
オレが何かに挑戦しているらしい事は分かったようだが、特に何も言わないから追求もまた無いようだった。
そうして稀なる酒も少しずつ備蓄される事となり、日々の酒造りはますます熱中する事となる。
最初は会社勤めの合間の趣味だったのに、今では勤めは単なる生活費稼ぎの手段に留まり、酒造りがメインみたいになっている。
工房の中に所狭しに並んだ熟成酒達は、急速な時間の中で熟成されている。
戦わないから基本レベルは上がらないけど、日々のスキル使いでステータスは増えている。
MPの量もかなり増え、日々大量生産も可能になっている。
取引の酒は大量生産でも、秘蔵の酒にはとことん拘る。
それが今のオレの楽しみになっている。