蛇足と言う名の物語
アナザーの知らない世界
酒の機嫌を見て後、ホタルイカの調子を見る。
イケスの中ではホタルイカがわんさか居るけど、これってやっぱりリアルの技術が導入されているのか、やけに簡単にやれている。
もうね、ボタン1つの世界と言うか、ゲームならではの生産と言うべきか。
酒造りはもっと微妙な感じなのに、それ以外は適当って感じがする。
どんだけ私物化してんだよ、って感じだ。
それはまるで普通のVRゲームの中に強引に酒造りに対する拘りを載せたと言うか、酒以外の生産のなんと簡単な事か。
確かに手間隙掛けている感じなんだけど、サポートが凄いんだよ。
炉の中の温度は一定に保たれていて、フイゴの調子とか炭の機嫌を見る必要も無い。
てかそもそも、鍛冶で炭とか生産に必要無いしな。
このゲームでは魔法炉採用で、その中にインゴットをゴロゴロ入れたらさ、ちゃんと武器の形になって出て来るんだわ。
そこにどんな生産の楽しみがあるのかは知らないけど、その出来上がった武器にあれこれ特殊効果を付けるのが鍛冶屋の腕とか言っているけどさ、それって結局は細工師の役回りじゃないのかな。
やっぱり鍛冶屋と言えばさ、良質の炭をふんだんに使い、フイゴで高熱を維持しながら金属を溶かして叩いて形を整えていくってイメージがあるよな。
え? それって刀鍛冶?
ま、まあ、そういう意見もあるようだけどさ、オレのイメージの話よ。
で、何でそんなイメージになったかと言えばさ、確かに親父は酒蔵やってたけどさ、親戚に刀が趣味のおっさんが居てさ、刀鍛冶に興味を持って色々遊んでいた人が居るんだよ。
あ、もうこの24世紀に刀鍛冶は居ないから。
なんかさ、100年ぐらい前に最後の刀鍛冶さんが老衰で逝っちまってさ、弟子も事故で逝っちまってさ、絶えたんだよ。
でまぁ、残ったのはもどきと言うかさ、弟子未満の連中ばかりでさ、それぞれがそれぞれの拘りで趣味の世界になっちまったのさ。
この星の環境を鑑みてさ、あんまり戦いの為の武器って推奨されないんだわ。
だからこそ仮想世界での戦いにみんな向いているんだけどね。
そんな訳でリアルで刀鍛冶もまともにやれず、古きを偲んでいるばかりって感じかな。
んで、行けば毎回のように鍛冶場の様子なんかを教えてくれてたせいでさ、イメージがそんな感じになっちまったのさ。
炎の気迫! 流れる汗! 滾る筋肉!
なんかもう、鍛冶って感じじゃないよね。
オレ、変なイメージを植え付けられたのか?
まあ、今は酒造りだから別にどうでも良いけど。
麹の気迫! 流れる刻! 滾る酒精!
うん、オレはこっちのほうだな。
てか何でそんなイメージになっちゃうのよ。
オレやっぱり何かされたんだろうか。
ストップ・ザ・センノウ。
~☆~★~☆
昨日はちょっとリアルで飲んだ酒が残っていたらしく、ゲーム内での思考が怪しくなっていた。
表の世界は年末って事で、忘年会の季節なのだ。
普段はリアルではそこまで飲まないんだけど、ある酒がちょいと気になってな。
その名も『山谷の四季』って妙に見覚えがあるような名前だった。
その味がさ、オレがゲーム内で開発した酒にそっくりだったのよ。
でまぁ、何かの偶然かも知れないし、違うかも知れない。
だけどそんな事を言っても仕方がないので、ただひたすら味わっていたのさ。
VRでもゲームはゲームであり、ゲーム内のあれこれの権利は全て運営が持っているものだ。
それが嫌ならゲーム内では開発をしないか、独自でゲーム環境を構築しての開発をやるかしかない。
まあ、オレはそこまでやる気は無いし金も無いと。
となれば偶然と割り切ってスルーするしかないって訳だ。
で、そんな事を思っていたら飲み過ぎたと。
合成酒ってのは昔の酒とは違ってさ、飲み過ぎなければ翌日には残らないタイプの飲料になる。
そして専用のキュアドリンクであっさりと消えるんだ。もちろん副作用なんて皆無な安全な飲料なんだ。
そんな訳で合成酒の時代になってからというもの、15才から飲めるようになってさ、ちょっとした異世界気分になっている。
リアルでの飲み会は、終わったら大抵すぐにキュアドリンクのお世話になって素面で帰るんだけど、それじゃ味気無いってほろ酔いのまま帰る連中も居る。
オレもそれに含まれるんだけど、そのまま帰宅して寝れば良かったのに、普段のつもりでログインしちゃったのさ。
んで普段の作業を一通りやった後で、あいつらと戯れながら昔の事を思い出していたら、妙に思考が変になっちまってた。
それで段々と眠くなってそのままゆらゆらと……
まあ、噛まれて目覚めたんだけど。
ちょっと寝たのと軽い痛みで酔いが醒めたんだ。
本人はまたイカを出せって、それが目的だったみたいだけど。
ゲーム内での睡眠は、熟睡して30分後にログアウトになってしまう。
そうなっては恒例の一夜干しが得られない。
だから逃してはならんと噛み付いたってのがあいつの趣旨のような気がするんだけど、醒めて幸いって感じかな。
でも、何かあったらすぐに噛むんだよな、あいつ。
もっとも、甘噛みの部類だから痛みはあるけど指がどうこうなりはしない。
超本気モードになったら丸呑みされるだろうけどね。
つまりさ、普段は皆小さいんだ。
だから余計に仮のあるじ達に舐められていたんだろうけどさ。
この仮ってのが曲者でさ、双方の意思の元に繋がりを合意しないと仮が取れない設定になっていて、そのキーは親密度らしい。
んでその親密度自体はマスクデータになっていて、100パーセントにならないと本気で戦ってくれないらしいのだ。
攻略組の連中は攻略の為に仕方なくあるじをやっていた関係で、そいつが低かったらしいんだわ。
いや、神獣達の言動からすると、マイナスだった可能性もあるけどさ。
それはともかく。
仮のあるじの間は新たな候補を物色出来るようでさ、イカの為とは言え、普段のらくらしているシロが超本気モードになったりしたものだから他の神獣達が驚いてさ、まあ、興味を持ったらしいんだわ。
で、その時点で仮のあるじ達との親密度を抜いて、オレを候補にしての親密度が上回ったみたいでさ、言わば仮の仮って感じになっていたらしい。
つまりあの時既にシロとの親密度は100パーセントだったらしくてさ、そんなに簡単に上がるのかと不思議に思ったのさ。
でまぁ、よくよく考えてみれば、あいつとは毎日一緒に居るし、つまみ食いも含めたら毎日何度もメシを食わせているって事になる。
ファンタジーに数値を出すのはロマンが無いと言われるだろうけど、最低100回は食わせていたんだ、あの当時で。
まあ、半分ぐらいは勝手に食われていたんだけど。
で、肝心なのはその時々の対処らしくてさ、叱りはするものの本気で怒ったりはしてなくてさ、仕方の無い奴だって思っていたのさ。
まあすぐに諦めてまた出しては盗られを繰り返していた訳だしさ。
それを舐められていると感じる人も居るだろうけど、一種のコミュニケーションだと思っていたんだ。
いわば野生の獣に該当するんだろうから、慣れるまではこのままなんだろうとね。
んでまぁ、盗られては出し、盗られては出しってやっているうちに攻略組からの要請があったと。
それで壺の利用法を思い付いてあいつをハメては壺に入れていたんだけど、今から考えるにあれはオレとシロのじゃれあいだったのかも知れない。
毎回騙されはするけど、帰って文句を言えばイカがたんまり食べられると。
そういう遊びというか、あいつはそれを楽しんでいたんだろうと思う。
まあずっと独りで近道の番人やってたらしいし、寂しかったんじゃないのかなと思ったのさ。
そしてあの戦いの要請だ。
他の神獣達があるじの動向を窺っている中で、シロだけは平常運転だったんだ。
でまぁ、昔の馴染みの話を聞くものの、現在の生活に重きを置いていたのか、イカを見たら食欲のほうに思考が傾いて、それを蹴散らされて頭に血が登り、過去のしがらみを忘れて超本気モード……つまり巨大化して飛び掛っていったのさ、エリアボスに。
それを見た他の神獣達は驚いたと同時に羨ましくなったみたいでさ、そんな相手をあるじに持ちたいと願ったみたいなんだわ。
その願いで既に仮のあるじと仮の仮のあるじの位置が逆転していたみたいなんだけど、あれでも本気まではいかないぐらいの攻撃だったらしいんだわ。
でまぁ、それで何とか倒したんだけど、その時には既に攻略組、つまりは仮の仮になっちまった元の仮のあるじ達の前で、昔馴染復活の儀式とかを見せたくないと思ったようで、居なくなるまでおやつの時間をやっていたと。
それでますます親密度が上がっていく中で、遂に元々の仮の仮になっていた元のあるじ達との縁が完全に切れて、オレが仮のあるじになっちまったんだ。
でまぁ、攻略組の連中も消えたから復活の儀式をやったら、それがイベントになっていて色々な特典がもらえたんだけど、よくよく考えれば運営の意向とかあいつらが知るはずも無かったんだよな。
知っていればイベントの事とかも話し合っているだろうに、オレが言わないと知らなかったみたいなんだわ、イベントの話をさ。
それがあの時の顛末と言うか裏話になるんだけど、ここでちょっとした問題が発生したんだ。
頼むよ運営さん、イベ対とかやらせないで。
もうね、イベント対策委員とかやらされてんの、他のプレイヤーには内緒でさ。
またぞろ運営側との繋がりが出来ちまったようだけど、酒のレシピとは別にイベント対策要員になっちまってさ、女神達と神獣達の話し合いの為のスポークスマンをやらされてんのよね。
システムで調整出来ないのかと聞いたんだけど、やれない事になっていると言うばかりでさ、どうしてなのかを言ってくれないのさ。
他の人にも聞いたんだけど、あの人はその理由をどうしても言わなくてさ、部署でも困っているらしいんだわ。
そこまで世界に拘っているのなら仕方が無いと、今では彼の話に乗ってやってさ、まるで本当の異世界のつもりで相対しているって話だ。
それをオレにもやれと言われても困るんだけど、現在のあるじの公表をしないって事を条件に納得させられて現在に至るんだ。
それって何て恐喝?
まあ、そんな事もあるけどさ、おおむね今は平和でのんびりで楽しく過ごしているんだ。
だからますます表の事とかどうでも良くなってさ、酒造りや肴のあれこれを作ったり、リクエストの料理を作ったりしているんだ。
『ここに居た』
女神からのリクエストが何かありそうだ。
『これでパイ作って』
よし、今日はそいつをおやつにするか。
蛇足の蛇足
かつて、能力の無い仙人などと卑下していた彼は、今では本当の仙人のようになってしまいました。
彼は酒を開発したり、女神からのリクエストのおやつを作ったり、神獣達と遊んだりしているようです。
それが癒しになっているせいか、リアルの仕事への意欲も上がり、同僚とも仲良くなっているようです。
結局、半雇用みたいになってしまった彼ですが、給与は支払われないものの、関連会社からの色々なお届け物があるようで、年末のお歳暮もいくつかもらったようです。
そしてイベントには参加しないものの、スポークスマンの謝礼のつもりか、粗品はもらえているようです。
もっとも、食べ物の場合は皆の注目が派手なので、独り占めはやれないらしいですが。
さて、蛇足はこれぐらいにしておきましょう。
ここまで読んでくださった方に感謝を捧げます。
ありがとうございました。