廃屋でお酒作り
廃屋でひたすら酒造りをやり、それなりの量のブランデーを確保する。
それは良いんだけど、まともに売れないと言うか、普通は瓶詰めにするってのに樽の状態だ。
もっとも、樽の状態で卸してやれば良いだけなんだけど、買物が出来ない職だから基本、物々交換しかやれない訳だ。
そんな訳でまたしても例の酒好き元βテスターさんの元に持ち込んだんだ。
「おお、そんなにもか」
「なるべく高くお願いします」
「分かっているとも」
とりあえず、交換項目をつらつらと伝え、それらの品目をそれぞれ大量に交換してくれる事になり、更なる生産になるかと思われたんだけど、《酒造り》のレベルが上がった結果、遂に《醸造》を確保したんだ。
まさか《酒造りLV.5》で醸造が生えるとは思わなかったけど、生えた以上は活用するだけだ。
次回のブランデー交換では、大麦も交換品目に加え、ビールからウイスキー造りも順調にやれるようになった。
それにしてもまさか、本格的な酒造りが実際に造る事が条件だなんて、誰も気付かないよな。
てかさ、このゲームやっている奴で実際の酒造りの経験者ってどれぐらい居るよ。
そりゃ梅酒とか果実酒の経験者なら居るだろうから、ひたすら作っていたら生える可能性もあるけど、ああいう酒はでかい瓶で拵えるよな。
んでそれが何度か失敗してそれでも信念を持って作り続けられる奴ってどれだけ居るんだろう。
もっとも、オレがこの情報を掲示板に出せば、そういう信念も沸くだろうけど、今のところ出す気は無い。
だってただでさえオレの職は色々と制限があるのに、バカ正直に掲示板に出したりしたら料理人達の独壇場になっちまう。
折角の独占状態なんだし、他の誰かが見つけるまでこのままやろうと思っている。
「ゲイルさん、また出来ました」
「やはり造っていたのだな」
「あ……あはは、はい、実は」
「造り方は教えられぬか」
「済みませんが」
「まあいい。その代わり、オレにだけ売ってくれるな」
「そうですね。今のところ、他に需要も無いようですし」
「実はな、オレのギルドで作っている事になっていてな。何ならお前、うちのギルドに入る気は無いか? 」
「それも残念ですけど」
「ううむ、やはりそうか。まあいい、それならそれで専門で取引するからな」
「はい、お願いします」
今回の取引で品目を増やし、新たな種類への期待を繋ぐ。
「大麦って事は、ウイスキーもやれそうなのか? 」
「まずは挑戦ですが」
「その手の需要も大きいから期待しているぞ」
「分かりました」
作る場所が相変わらず廃屋ってのがいただけないが、造れる酒の種類もかなり増え、様々な材料との交換での酒造りは日々充実の一途を辿って行った。
そんなある日の事、醸造所にしている廃屋に客人が訪れ、酒を売ってくれと頼まれる。
「酒? こんな場所で? 何かの間違いじゃないのか」
「おかしいですね。確かに君が酒を作っているとの情報を得たのですが」
「オレの職業を見てから言ってくれよ」
「えっ……まさか、君、その職業を選んだのかい」
「のんびりその日暮らしってのも良いものかなと」
「VRMMOでそれは、変わっていると言うしかないね」
「そりゃ街から出た事は無いけど」
「よくそれでやれるね。うん、悪かったね。何かの間違いなんだろう」
「どう致しまして」
やはり浮浪人に酒造りは無理と思ったのか、案外簡単に引き下がってくれた。
安易にゲイルさんのギルドを訪問したのが拙かったのだろうと、取引方法を変える事にした。
ゲイルさんは港の倉庫をリースして、人通りの少ない時間帯での取引にする。
売ってくれって人が来て、とぼけた結果と言えば準備してくれたんだ。
そんな訳で新たに拵えたウイスキーやらラム酒やらジンに各種果実酒で交換になる。
「熱帯サボテンを使えばテキーラになるんだな」
「ええ、レシピにはそうありました」
「しかし、醸造スキル以外にも酒の造れるスキルがあったとはな」
「済みませんが、それはオレの生命線なので」
「ははっ、分かっているとも」
毎回、少しずつ探りは来るけど、強い態度は取引停止と理解しているのか、こっちが断れば追及はして来ない。
だけど何時かはこれも発覚するだろうから、なるべく大量に拵えて備蓄しておこうと思っている。
実は交換取引に出しているのは造った酒のごく一部に過ぎず、程度の良い品は備蓄しているのが現状だ。
そのうち人里離れた田舎にでも転居して、じっくりと醸造して100年物の酒とかもやってみたいと思っている。
もっとも、まともに戦えない職業だから望み薄だけど。
巷では様々な酒が流通し、それらの殆どはゲイルさんのギルドからの供給になっている。
その収益はかなり良いらしく、攻略最前線ギルドの副業としてはかなり優秀な部類にあるとか。
ただ、ギルメンの誰が作っているのかは謎とされていて、その追求も少しずつ高くなっているって話だ。
以前の酒買いの青年もその部類と思われたが、内部リーク以外だと最初の取引の相手関連なのかも知れない。
もっともあれ以来、廃屋に直接買いに来る人は現れず、ログイン中はひたすら酒造りを楽しんでいる。
確かにスキルのサポートがあるにしても、可能な限りリアルな酒造りはかつての修行時代を思い出す。
あの杜氏も今では他の酒蔵で手腕を振るっているのかどうかは知らないけど、厳しいけど腕の良い人だった。
何時かは自前の酒が作りたいと、その情熱が再燃したこのゲーム。
それが例え仮初の物だとしても、モノ作りの情熱と言うのか、諦めていた事をやれる喜びと言うのか。
だから今日もひたすら酒を造るんだ。