神の獣
酒造りの日々の中、のんびりとした釣りもたまに良いだろうと、弁当持参で源流を遡っていたんだけど、良ポイントと言うのか、妙に落ち着く場所を発見し、岩棚に座り込んで釣りの準備をしているうちに眠くなり、そのまま後ろに倒れて空を眺める。
マイブームになった肴である、イカの一夜干しの小皿を出し、もぐもぐしながらのんびりする。
ここも外のエリアには違いないので背景スキルを行使して、まったりとしているうちにいつの間にか眠っていたようだ。
ふと気付くと傍らに置いておいた一夜干しが無い。
強風でも吹いたのかと思いつつも、次の皿を出してまたもぐもぐとやり始める。
そのうちにまた眠気が……陽気のせいかなぁ……
イカを摘んだまま、意識が無くなって……ゆさゆさゆさ……げしげしげし……ガブッ「いてぇぇぇぇぇ」
何だ何だ。
妙にリアルな痛みで目覚めたが、どうやら眠っていたようだ。
またしてもイカが無くなっているって事は、寝たまま食ったか下に落としたのか、もったいねぇな。
ふぁぁぁぁ、気候のせいなのか、ここは妙に眠気を誘うな。
そういやもう昼過ぎているじゃねぇか。
インベントリから弁当を出し、お茶やらデザートやらを取り出して、おもむろに……
ハッ……あれ、オレ、いつの間に寝てたんだ。
おっかしいな。
うえっ、オレ、弁当何時食ったんだ。
仕方が無いな。
食べた記憶の無い弁当の容器やデザートの容器が綺麗サッパリ空になっているので、海鮮弁当を取り出して食べ始める。
また眠気が来るんだけど、さすがにそう何回も騙されると思うなよ。
『縄張り』
やれやれ、捕縛完了だな。
街に入れない魔物達は、唐突に町に入れられるとステータスが極度に低下して身動きが出来なくなる。
もちろん誰かの支配下に入れば除外されるので、街に入ろうとする魔物は大抵何かの支配下に入っている。
そんな訳で野良の魔物のちょっかいなどは、縄張りスキルで無力化出来るのだ。
本当にじっくり検証したらもう、いくらでも出て来るんだ、優遇な効果がさ。
ここの運営は本当にひねくれている。
表では乞食職とか物貰い職とか散々に貶めといて、裏じゃ様々な優遇措置を施している。
NPCに相手にしてもらえないと言うのも本当は別の意味があって、単独で独立した国のような立ち位置らしい。
言わばこの世界の平行存在のように、重なってはいるが干渉出来ない存在扱いなのだ。
そして背景スキルを使えば、知覚出来ていたはずのプレイヤーや魔物ですら、その存在を知覚出来なくなる。
つまりある意味、超越者のように様々な事項に干渉するものの、その存在を知覚出来なくなる。
だから縄張りを使えばいきなりセーフティゾーンみたいな扱いとなり、こうやって魔物が……あれ?
魔物? これが?
もふもふじゃぁぁぁ、もふもふ様じゃぁぁぁ……
真っ白な長い毛並みはふさふさとして、指先に快感を伝えてくる。
頬ずりすればふわっふわな感触が気持ちいい。
思わず抱きしめて岩棚の上で至福のひと時を過ごす事になり、そのまま気持ち良く……ガフッ「あいたぁぁぁぁ」
『おのれ、いい加減にするがよい』
あれ、喋った?
いや、これは思念か何かだろ。
『何とか言わぬか、この化け物が』
いやそれは君だろ。
喋る魔物とか、モロ化け物だよな。
『おのれ、何処にいる』
やっぱり見えないのか。
背景カット……
『おお、そこに居たか、この……人? 族? 』
「ああそうだけど」
『どのようなスキルで隠れておったのじゃ』
「まあ、専門スキルかな」
『それよりこの戒めを解くのじゃ』
「ああ、忘れてた」
縄張りオフ
『はぁっはぁっはぁっ、やってくれたの、おぬし』
「お前さ、オレのイカとか弁当食ったろ」
『あれは貢物じゃろ、我への貢物じゃろ』
「そんな訳があるか、この野郎。イカと弁当返せ」
『まあまあの味であった』
「縄張り、背景、もふもふ地獄」
『うぎゃぁぁぁ、止めるのじゃ、くすぐったいではないか、あひゃひゃひゃひゃ……動け、ぬ……おのれぇぇ、あひゃひゃひゃひゃ』
たっぷりともふもふを堪能し、何となく損失補てんになったような気がしたので、ひとまず帰る事にした。
でもこのまま放置するとまた噛まれそうなので……ポイッ……ドッボーーーン……
『おーのーれー』
逃げろや逃げろ。
~☆~★~☆
あの不思議な魔物の事は掲示板にも載ってないようで、この際だからと載せておいた。
その手の趣味持ちの興味をそそるように、ちゃんと画像をアップしておいたのは言うまでもない。
それで早速、その手の趣味持ちがわんさか沸いたものの、4神獣の1匹じゃないかって意見が出て、次第にその意見が主流となっていく。
何かのパクリのような鳥や亀や虎や竜のうち、虎だけ捕まらなかったらしい。
何処に載っていたのかと思えば、攻略板の最初のほうにひっそりと書かれていた。
もふ板ばかり見ていたのが失敗だったようだ。
捕縛方法を聞かれたので、結界師のセーフティ結界を仕掛け、その中央に『みくり屋』の牛丼か、『海鮮大将』の特選海鮮弁当で釣れると書いておいた。
後は『イカ兄弟』の特選一夜干しも好きなようだと書いておいた。
どうやら今までにも罠や仕掛けで捕らえようとしたらしいが、肝心のエサに見向きもしなかったとか。
神の眷属だからと精進料理みたいなのや、木の実や果実を供えたらしい。
意外と庶民的な神獣の好みは想定外だったらしく、これで攻略が進みそうだと書いてあった。
どうやらあの源流のもう少し先に滝があり、その裏側の洞窟の中が住まいらしい。
当初はプレイヤーも日参して、あれこれと挑戦していたが、どうあっても捕縛出来ないので次第に人が行かなくなり、他の方向の攻略をしているうちにすっかり忘れられた存在になっていたらしい。
それと言うのも先の先で他の方向のエリアと繋がり、近道ではあるものの、遠回りでも可能なので攻略しないまま放置になったらしい。
そして付いた仇名が『近道の番人』らしいけど、神獣の仇名にしては残念な名前だ。
ただ、それだけならまだ良かったんだけど、先々で協力してくれるはずの女神が協力してくれないようで、その理由が4神獣が揃ってないからだと言う。
それでも力技で攻略していたらしいんだけど、ひたすら無駄が多くなり、赤字確実の攻略組と言われているらしい。
女神の協力があれば『はすの船』を貸してくれるらしく、それが無いのでプレイヤーメイドの船を持ち込んでの攻略になったり、本来なら緩やかな流れにしてくれるはずの急流を無理矢理渡ったり、女神の庇護の無い熱砂の砂漠を必死でクリアしたりと色々と大変な攻略になっているとか。
その対策で毎回、船が壊れたり流れに飲み込まれたり水魔に負担が掛かったりしているとか。
そして本来なら砂漠の真ん中にオアシスがあるはずが、やはり4神獣が揃ってない為に熱水の泥水なオアシスもどきらしい。
最初は誤魔化して何とかなっていたエリアクリアも、女神の支援というファクターが無いが為に、ただでさえきつい攻略が余計に酷くなり、その対策の為の費用や人員を揃える為に無駄な支出ばかりになっていたとか。
それで最近、フライパンで暴れる攻略組が多いんだなと、少し納得したオレだった。