奪還した定住地
加筆しました。
イベントが終わった後の事、リアフレからイベントの概要を聞き、参加してもしなくても同じ事だったと理解した。
すなわちパーティを組んでの魔物の撃破グランプリみたいなイベントで、そもそも戦えない職では足手まといになるだけだったのだ。
確かに生産部門の参加も可能だったらしいけど、さすがに酒の需要は殆ど無かったようで、イベントが終わった後の祝賀会での需要は多かった。
そのうちまたイベントもあるだろうとあいつは言ったが、やはり戦えない職は他の職とは別の扱いになっているのだろうと思われる。
なまじ参加しても辛い思いをするだけだから、NPCに話しかけてスタートだったと気付いたが、それでもあんなやり方は無いと思う。
現地でイベントで話しかけた時の絶望をどうしてくれる。
王宮で親父に会わなければそのまま、闇に墜ちていたかも知れないんだぞ。
メールのひとつでもあればあんな無益な事をせずに済んだし、リアフレに約束をして破るような事にならずに済んだんだ。
大体さ、あんな罠みたいな事をして謝罪のひとつもないままに、身内に会わせてなし崩しに取り込もうなんてのが見え透いていて、何で勧誘に成功すると思ったかな。
確かに人類と酒の関係は古く、紀元前まで遡る話になるだろう。
その古代の酒の製法の確立などの事業は凄いと思うけど、その為にゲームを私物化するのは違うと思っている。
そりゃ公の復興事業のようだけど、はっきり言って合成酒がある以上、私的な製法復活への取り組みに過ぎない。
既に合成酒の世界では、世界初の酒の復元も終わっている話だし、そこに手造りの話を混ぜる事は出来ない。
なんせ当時の穀物が手に入らない以上、復元などやれはしないのだから。
そんな訳で当時の穀物をVRの世界で復元し、それを使っての酒造りをしたのがうちの親父になる。
そうやって今では絶えている酒の復元に、当時の環境の再現を以ってチャレンジしていたらしい。
もちろんゲームの構築にもかなり関係したらしいが、仮想世界での復元では所詮は合成酒には及ばない話。
だから私的と言うんだが、それでもその製法を未来に伝えていく事が親父のライフワークになっている以上、好きにやれと言うしかない。
オレは幼い頃から親に虐待されて育ったが、その事で父親を恨んだ事は無い。
あれは母親からの虐待が主で、それに影響された上の姉と兄からの冷遇が殆どだったからだ。
婿養子な感じの父親は母親に頭が上がらず、何も言えなかったのだと最近知った。
戦前までの沢田家の家格はかなり高かったらしく、それから数百年も過ぎた今でもその影響があるらしい。
オレにとっては遥か昔の栄光のようなものだが、政財界にとってはそんな事もなかったとか。
つまり、名を取った母親と実を取った父親の政略結婚に近かったようで、母親の浮気も何度かあったらしい。
オレは不義の子らしく、そのせいで母親に虐待されたのだろうとの事だった。
しかしな。
今では不義どころか、精子バンクも充実していて、シングルマザーも少なくない世の中。
子の出来ない夫婦などは、バンクから精子を購入して産むぐらいなのだ。
なのに不義とか時代錯誤な理由でよくも虐待してくれたものだ。
自分の快楽の結果の子を虐待するなど、離婚してくれて助かったと言うべきだろう。
両親のそれぞれの親の決めた婚姻も、オレに対する虐待が世間に広まった事で潰えた事実。
上の2人の兄と姉を引き連れて行った元母親だが、今では実家から出られないらしい。
名を取る為の政略結婚の結果、その名を汚した事がその理由だとか。
あの離婚でうちに損害賠償がかなり支払われたが、口止め料も含まれているらしく、父親からの緘口令もあった。
当時のオレは大人な理由が理解出来ず、それに加えての酒蔵閉鎖ですっかり親と疎遠になっていた。
ガキだったんだなと今なら思えるけどね。
~☆~★~☆
それからしばらくの後、遂に調理スキルが生えた。
それと言うのも刺身スライスばかりじゃ無理だったようで、色々作っていたら比較的簡単に生えたのだ。
酒米に向かない米を炊いたり、おかずになるような料理をしたり、漬物を作ったり肴を作ったりしていたからだろう。
本来、スキルが生えるまではまともな料理にならないはずが、リアルで作っているからか、何とか食えるぐらいにはなっていた。
もっとも、刺身をスライスするのに失敗してゴミになるなど考えられず、しょう油に漬けてゴミになる事も考えられない。
更に言うなら樽に野菜と塩を入れてゴミになる事も考えられず、それを食卓に載せたらゴミになるとも思えない。
すなわち、簡単過ぎる調理にはゴミになる要素も少なく、だからこそ味は落ちるものの食べられない事も無い失敗料理になったのだろう。
加えて言うならば、鉄の腹のスキルの恩恵も大きいようで、腹を壊す事無く失敗料理は全てオレの食事になった。
料理がレベル20になった頃、造り酒屋への職業変更の権利を取得したが、オレは保留にしたままだ。
浮浪人を止めれば今の住まいを出なければならず、それではさすらいの造り酒屋になってしまう。
確かに就労不可を転職出来ないと思い込んでいたけど、あれは浮浪人のまま仕事がやれないって意味だったんだ。
だって、浮浪人から転職して別の職になったって話もあるんだしな。
当時はそんな事も判らず、試行錯誤の日々だったけど、あれはあれで良かったと思っている。
そんな逃げ道を当時に理解していたら、今のオレは無かったかも知れないんだし。
そう言えば小屋奪還の詳細はまだ話してなかったな。
あのセーフティゾーンの住まいも一度は盗られたものの、後に運営からのお達しがあり、オレの元に戻った。
すなわち、セーフティゾーンの構築物は、本人以外解体出来ないというもの、つまり現地でロープを解いてみせたのだ。
あの女は結局、ルールを生半可に覚えていたらしく、オレがロープを解くとチートだと騒いでGMを呼んだ挙句、ルールの覚えミスを指摘されていた。
そのうえで他人の構築物への無断侵入のみならず、盗用まで言われて逆にしょげていた。
なんせ持ち主の言い分を完全に無視し、返還要求を突っぱね、誤った記憶に基づいてGMを呼んだからだ。
それでもあの女はオブジェクトの改変が自分達ではやれない事を訴えたが、それならそれが可能な野外職へ代わる事を勧められていた。
野外職に該当する職はいくつかあるが、まだ出現してない職もある為にここでは言えないとGMに言われたものの、浮浪人もそれに該当するから改変がやれるのだと告げていた。
そもそも彼女はメインもサブも戦闘と補助で固められており、生産スキルは欠片も持って無かった。
それでもリアルで家を作った経験でもあれば別として、そんな経験など全く無く、更にはそんな知恵も無いとなれば、やれないのは確実。
だからこそ改変がやれなかったのであって、どうしてもやりたいならスキルが生えるまで改変する努力をすれば良いとか。
解けないロープをひたすら解こうと努力してみたり、切れない木をひたすら切ろうと努力してみたり、とにかく改変がやりたいのならやれるまでひたすらやれば良いだけらしい。
つまり、他のスキルと同じ扱いになるようで、リアルで採掘の経験があれば、ピッケル数本壊す頃には生える採掘も、経験が無ければその数倍は必要になるのと同じだ。
そのスキル名もまだ出現してない為に言えないが、どうしても改変したいのならやってみると良いと言われていた。
そういうのをつらつらと言われてすっかり落ち込んだ後、オレに対して当時の面々が揃って謝ってきたので許す事にした。
後、増築して欲しいという要望を請けて、様々な酒の原料と引き換えに製作しておいた。
つまり、オレの小屋とは別に狩りの為の仮住まいを造る事になったのだ。
その過程で《小屋造り》が生えたのも必然かな。
小屋造りのサブスキルに《廃屋解体》《廃材回収》があったので、スラムでの材料集めが楽になったのは間違いない。
屋根材もスキルが無かった頃は1枚ずつバラしての回収だったが、スキルの恩恵である程度まとまった形で回収出来るようになっていた。
壁材や柱関係も同様で、バラバラで運んで組み立てていた以前と異なり、分解再生に近い形での小屋造りがやれたのも幸い。
今ではセーフティゾーンの中で小規模ながらも水耕栽培もやれるようになり、酒の販売もやるようになった今、すっかり酒工房として認知されており、今更世間一般の造り酒屋になる意味は無い。
そりゃ造り酒屋専門スキルは得られないが、必要ならスキルは生えてくるものだ。
確かに《上面発酵》とか《下面発酵》とかあるとビール造りが楽だろうし《酒樽作成》とか《酒瓶造り》とか《木箱造り》とかあると商売も楽だろう。
酒のラベルのスキルもあるらしいし、転職すれば酒に関してだけは相当便利になると思われた。
だけどそういうのは必要で依頼すれば済む事であり、殊更に転職をしようとは思えなかった。
もうさ、浮浪人に慣れちゃってさ、このままでも良いかなって思えたのさ。
そう言えば調理スキルを獲得してから戦いの方向がまた変わる事になり、包丁は使えないものの、他の台所用品は問題無いようだ。
中でもフライパンってかなり便利な攻撃手段になるようで、まるでシールドバッシュのようにフライパンで攻撃がやれるようになる。
投擲はあくまでも魔物の注意を引く意味しか無いけど、戦闘になったら両手フライパンでたこ殴りがやれるようになった。
あれって攻防一体の優秀な道具のようで、ゴブリンの錆びた剣をはじき頭をしばく、なんて事もやれるのだ。
更に改造フライパンを拵えてもらい、それを戦闘用に使っている。
つまりフライパンの耳を無くし、平らな丸い鉄板に柄に付いただけの代物だ。
武器に分類されないように、鍛冶屋さんに完成したら最初にそれで肉を焼いて欲しいと告げておいた。
どうやら手渡される時に再分類が成されるようで、鍛冶屋で料理に使った後ならば問題無いと思ったのだ。
そうして台所用品として受け取ったが、念の為に自分でも色々と焼いてみた。
意外と余計な脂分が流れ落ちるので、肉があっさりして美味しかった。
手持ちの肉を数枚焼いて食った後で狩りを始めたんだけど、耳の無いフライパンは縦の攻撃が実にえぐいよな。
あれで武器の括りにならないのはラッキーと言うしかない。
新たなる酒のレシピが完成したらクエストをやってはいるものの、オレはれっきとしたプレイヤーだ。
そして戦いは時々やっていて、フライパンはオレの得物なんだけど、そればかりと言うのもつまらない。
焚き火スキルもかなり連打しても良いぐらいにMPが増えたので、高濃度エチルアルコールを武器にしようと考えた。
生産職繋がりで調べたところ、色々に独創的な生産職を発見した。
やはり異世界体験みたいなゲームのせいか、趣味の生産みたいなのをやっているようで、玩具の職人というのも需要があるらしい。
確かにこの世界は娯楽が少なく、だからこそ今では色々な遊戯の道具が巷に出回っている。
様々なボードゲームにトランプや花札やマージャン、果ては昔のゲーセンにあったようなピンボールみたいなのまで造られているらしい。
そしてそれぞれが協会を設立しての、競技大会まで行われている始末。
そしてオレは玩具職人に発注し、現在最新のオレの武器になっている玩具がある。
高圧水鉄砲なんだけど、これはれっきとした魔導具になる。
そう、武器や防具は無理でも魔導具は埒外なのだ。
風の魔法で外気導入をしてタンク内を圧縮し、引き金を引けばその圧力で高濃度エチルアルコールが射出される。
そのアイディアはその後、巷の子供向けの玩具に応用されたらしく、お陰で製作費用が安く済んだ。
火炎瓶は投げ方に気を付けないと頭から火を被る事になるが、これなら安全に狩りが出来る。
それに瓶の底を持って砲丸投げの要領で投げても、力の少ないエルフじゃあんまり投げられないしな。
そもそも瓶は出来た酒を入れるものであって、武器にするものじゃない。
魔物に顔射してやると目に派手に沁みるようで、もがいているうちに焚き火スキルで火を付けた後、フライパンでタコ殴りにして倒すと言ったパターンでやれるようになる。
だけど強敵相手の場合はやっぱり、木の上だったり物陰だったりするんだけどね。
いくら寸胴鍋があると言っても、いくらやかんがあると言っても、補助的な防御の助けにしかならないんだからさ。
武器防具装着不可な職業の、ルールの網の目潜りの戦いは地味だしきついものさ。