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絶望から希望へ

 

「参加したいんだが」

『…………』

「おい、イベントに参加したいんだよ」

『…………』


 くそぅ、やっぱりダメじゃねぇかよ。

 何がイベントだ、オレは参加すら出来ねぇのかよ。


【おい、何をしている。早く入って来いよ……入れない……何を言っているんだ。そこのNPCに話しかければ良いだけだろ……反応してくれない……おいおい、そこまでなのかよ。はぁぁ、そりゃもう諦めるしかないぞ、その職は……どうやらそうらしい。まあ、楽しめよ……引退するなよ……そのつもりは無い……本当だな……ああ】


 とは言ったものの、イベントにすら参加出来ないプレイヤーってどうなんだよ。


 街は今、閑散としていてNPCの姿しか認められない。

 イベント会場が何処なのかも分からず、オレは独りで街を彷徨っていた。

 そのうちに、折角再燃しかけた意欲が減るのを感じ、それぐらいならと王宮に侵入してみる事にした。

 門前の衛兵に反応は無し。


 あはは、何だ、やろうと思えば簡単にやれたのか。


 王宮の中をのんびりと歩き回るも、誰も誰何しようとしない。

 まるで空気になったかのように、自由きままに歩き回る。

 このままここに住めそうだよな。

 どうせ王様もNPCなんだろうし、寝室とかオレが使っても構わないんじゃないのか?

 てかさ、宝物庫の中を漁っても誰も見えないんじゃないのか?


 ははっ、やり放題が本当にやれそうだぞ。


 そのうち、NPC以外の人影を目にする。

 近くに寄ってみるのだが……


 沢田源蔵? そりゃうちの親父の名前じゃねぇかよ。

 妙に若い姿だけど、若い頃の親父の姿だよな。

 あいつ、酒蔵閉めてゲーム三昧かよ。

 けどここ、関係者以外立ち入り禁止っぽい場所だよな。


 何してるんだ?


「親父、何やってんだよ、こんな所で」

「まさかお前が中で酒造りをやっていたとはな」

「酒蔵閉めたのはまさか」

「酒の味に拘りたいと、こいつがな」

「君だね、浮浪人でありながらも、酒造りの第一人者と言うのは」

「親父を誘致したのか」

「やっぱり酒は商売にしてはいけないと思うんだ。あれは芸術だからね」

「それで理由を言わなかったのか」

「言える訳が無いだろう。現実の酒造りを止めて仮想の酒造りとか、当時のお前には到底受け入れられるとは思わなくてな」


 まさかそんな理由だったとは……親父……オレはてっきりもう、酒造りに飽きたのだとばかり……


「そういやお前、秋月さんを覚えているか? 」

「忘れる訳が無いだろう。オレの師匠だぞ」

「実は彼も参加していてな、主に日本酒の味を担当しているんだ」

「どっかの酒蔵で手腕を振るっているとばかり思ったいたぜ」

「もうな、この時代、古い酒造りは合わないらしくてな、だからこそこんな仕事に誘致されたと言うかな」

「おいおい、こんな仕事は無いだろ。ところでさ、君、転職してみない? 」

「浮浪人からの転職か? 」

「あはは、嬉しいね。そんなにこのゲームをメインに考えてくれるなんて。でもそうじゃないよ。君の今の仕事を辞めて、うちのプロジェクトに参加しないかって話さ。もちろん今のキャラクターは続けて問題無い。ただ、オリジナルレシピの提供と言うかさ、新たな酒造りをして、その結果を運営に提供して欲しいのさ」


 イベントに参加出来なかったのは、オレを誘致する為の罠だったらしい。

 メールで言えば済む事なのに、親父との関係修復に利用するとか、ちょっと公私を混同してないか?


「しばらく後で正式契約になるからさ、考えておいて欲しい」

「分かりました」


 そう返事はしたものの、オレはどうにも許せなかった。

 公式行事のイベントへの参加がやれないようにした事を。

 いくら不遇職でも、用があっても、公式イベントを私用に使うあの心構え。

 まるでゲームを私物化しているようなあの雰囲気に慣れる事は出来ず、結局ずるずると結論を引き延ばした。

 親父は焦る事は無いと言い、どうしても無理になった時で構わないと告げる。


 オレは他にもまだあると思っていた造り酒屋の実態も、もうとっくに絶滅危惧種だったと教えられた。

 化学の進歩は酒造りにまで及び、こんなゲームの中で極めるしか無くなっていた事。

 酒米の入手も年々きつくなり、合成酒米が幅を利かせ、合成酒が主流となっている現実。

 銘酒の成分分析が進み、それを合成酒で再現された時、造り酒屋の生命は終わったのだと告げる。

 風味すらそっくりに再現され、もはや造り酒屋の存在理由も尽きたのだと。

 半ば趣味の世界になっていた造り酒屋を閉め、バーチャルの中で酒造りを極めてはどうかと旧友に勧められた事が切欠だったらしい。

 過去から未来への酒造りという親父のライフワークはそこで生まれ、思う存分酒を造っているのだと言われた。


「あいつはちょっとのめり込み過ぎていてな、ワシが止めねば私物化が止まらんのだ」

「よくクビにならないな」

「あいつは紙一重に近いところがあってな、それだけ技能もあるから抜くと運営が大変になる。その事を分かっているから、止め役としてワシを迎え入れたと言うのが真実に近いだろうな」

「オレはまだ決めかねているよ」

「それでいい。お前の人生はお前のものだ」

「確かに慣れない仕事だけどよ、最近、少しずつ見えて来るものがあるんだ」

「どうしても無理ならぐらいに考えておけ。その代わり、新作のレシピを教えてくれるだけでいい」

「なら、今までの集大成、教えてくれよな」

「もちろんだ」


 オレは運営側になるとゲームがつまらなくなると思い、一員への誘いは断った。

 その代わりと言っては何だけど、クエストとして新酒のレシピを提出という方針に変わる。

 つまり、ゲーム内でのクエストという名目で、オリジナルレシピを提出してクリアする方針になったのだ。

 それはもちろん他のゲーマーも受けられるクエストとなり、ゲーム内の酒造り野郎達も請ける事になる。

 それは酒だけに留まらず、クラフト系のクエストに新たな項目が加わるという事になり、生産職はこぞってそれに参加した。


 結局、ゲイルさんに渡したSSの酒の報酬は、魔導具野郎の魔導精米機の入手の助力を頼む事になり、金銭その他の相談の結果、無事にオレの手に収まる事になる。

 どうやら最前線への参加や魔導具の優先販売など色々な条件を提示して成功したらしいが、欲深な交渉の結果に村長さんが呆れ、誘致の話は無くなったと聞いた。

 リアルでの親戚な彼だったが、趣味の世界の住人に欲深は要らないというのがその理由だったとか。


 最近、セーフティゾーンのオレの小屋は取り返す事に成功し、要望もあって酒を売るようになった。


 それはエールやワインが主だが、焼酎や清酒の販売もやっている。

 狩りが終わって別棟で眠り、翌日朝から狩るなんて言うパーティ向けの販売なのだが、わざわざ買いに来る客も居る。

 それと共に酒の材料を持参しての交換取引ももちろん居るが。


「こいつであの酒を頼む」

「今はこれかな」

「ほお、こいつはまた、以前のより深みがあるな」

「精米歩合が上がってな」

「そればかりじゃあるまい。以前より味にまとまりがある」

「ああ、やっと精米機が手に入ってな」

「それで均一な仕上がりになったか」

山谷四季サンヤシキの水耕栽培の結果も良好でな、そいつを使って半分まで削った酒だ」

「50パーセントか、かなりだな」

「リアルと同じく35パーセントはまだ遠いがな」

「そいつは後が楽しみだ」


 闇の住人の表の顔で酒の無心に来るこいつだが、やはりあれはただのロールプレイなのだろうと思える。

 ただし、紅の竜は違ったらしく、あれからもあちこちでトラブルを起こした挙句、今ではアカウント停止になっているとか。

 オレに対するちょっかいはあれから何度かあったものの、その度に街で仕返ししたので文句は無い。

 だからあいつのトラブルの中には、オレの意趣返しが何度か含まれている。

 街での不審火はあれ限りだが、窃盗が何度かあるのはオレの意趣返しだ。

 あいつが必需品を買っている横で、店先から失敬した事も何度かあり、それは全てあいつのせいになった。

 その度に濡れ衣だと騒いでいたが、オレは単に意趣返しをしただけだ。

 その証拠にあいつが連行された後、店に品を戻しておいた。


 でも、いかにNPCとは言え、赤ネに対して何かあるのか、品が戻った事を衛兵に伝えに行く者はおらず、毎回刑期満了までペナルティを受けていた。

 もちろんすぐに品を返した事は周囲のプレイヤーは見ており、あいつに対する意趣返しという事も伝えてある。

 浮浪人の実態についてはあいつの暴露で知れ渡ったものの、冒険のやれない職という認識は変わらず、PKに対する報復にしか使わないのだと周知した事も功を奏し、オレに対するネガティブな反応は殆ど無かったのが幸いか。


 いかに街でやり放題になるにしても、狩場に行けないのじゃ意味が無い。


 そんな裏道が好きな奴は別として、そうじゃない奴らが殆どならば、そんな職を選ぼうとはしない。

 それでも何期か後の後輩の中に、それを目当てとした浮浪人も居た。

 だけど、NPCには無視されようと、プレイヤーはその限りではない。

 すっかりプレイヤー自治組織から総スカンを食らい、闇に堕ちるしかなくなった挙句、対策要員……PKKの的になってひたすら狙われるようになったとか。

 今じゃそいつの話題も無いので引退した可能性が高いけどな。


「ちわー、今月の貢物です」

「コウさん、あんたは別なんだから、そんな卑屈になんないでよって、毎回言っているよね」

「いやいや、それでもやろうと思えばやれる職だしさ、こうして貢物を届けておかないと」

「ちゃんと報酬は払うんだから、もっと毅然としてなさいよ」

「それはそうと、後輩はどうなりました? 」

「ああ、あれね、うん、もう話題にはなんないから、引退確実じゃないかな」

「どうにも同じ職として肩身が狭くてね」

「コウさんは酒部門での大家じゃないですか。そんな人を疑ったりしませんよ」

「意趣返しで何度かやったけどね」

「すぐ返したじゃないですか。大体、戦えない職の意趣返しなんだし、あれぐらいは問題無いですよ」

「それで、これなんだけど」

「え、これって、まさか」

「ゲイルさんが収穫してくれましてね、コーヒーリキュール」

「うわぁぁ、これ、好きなんですよね。でも、リアルじゃ下戸だから殆ど味わえなくて……ありがとうございます」

「どう致しまして」


 最新マップで収穫された珈琲。


 それで俄かに珈琲ブームが沸き起こり、我も我もと生産職が押し寄せるマップだけど、敵の強さが半端無く、最前線のギルドぐらいしか行けない場所。

 そんなところに生えている珈琲の木とか、生産職泣かせな収穫物。

 もちろん、コーヒーリキュールはゲイルさんの手元にもあり、そのせいか優先的に回してくれる収穫物。

 だからこそ酒造りも進み、こうして押し売りに来れるって訳だけど、貢物と言うのはここが自治組織だから。

 実はクラリス……闇のナイフな彼は今、PKKへの転身を考えているようで、確定したら橋渡しする事になっている。

 その顔繋ぎな意味もあっての押し売りだけど、旬な素材を使った酒は実に好評で、かなりの額の収入となった。


「1ダース確かに。これは謝礼です」

「やけに多くないですか」

「いえいえ、そんな事はありませんよ。あのマップ、行くだけで大変なんですから」


 ゲイルさんに感謝だな。

  

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