準備が水の泡
いよいよ国への従属が決まり、オレの住処兼作業所は無くなる事となる。
残されたのは裏庭のスロープ式小砂利農園のみであり、村長さんが引き継ぐ事になる。
彼も魔法は使えるようで、ため池への供給は水汲みと魔法を併用するらしく、後の栽培は任せる事となる。
何とかギリギリ収穫に間に合ったものの、次の田植えは村長さんが行う事となり、ゆくゆくは村の特産になれば良いと言っていた。
かくして山谷四季の水耕栽培の場所とワサビ農園を失い、全てを引き払って放浪の旅に出る事となる。
「本当にごめんね。まさかこんな事になるとは想定外だったよ」
「だけど、出ると言ってもすぐ近くのセーフティエリアなので、時々来ますから」
「そうしてくれるとありがたいよ。もちろん、材料は集めておくからさ」
「お願いしますね」
さすがに普通はセーフティエリア内で暮らしてたりはしない。
でも不可能じゃないならやるだけだ。
そう決めて既に簡単な住まいのようなのは構築しつつある。
雨風を避けるだけの簡単な場所だが、後に広げれば酒造りもやれそうな場所でもある。
土木工事っぽく近くの水源から水を引いているし、小屋の強風対策だってやってある。
農業スキルも充実してきているし、だから決して見通しが暗い訳じゃ無い。
特殊攻撃を仕掛ける魔物に対し、背景頼りでそろりと目的の場所に赴くものの……
あれ、オレの住まいで何やっているんだ、あいつら。
おいおい、そこはオレの住まいだぞ。
前で煮炊きしている数人の男女なんだけど、何のつもりだよ。
「おい、そこから出てくれないか」
「おいおい、オレらが先に使っているんだ。使いたいなら終わってからにしろよな」
「ここで何かやりたいなら自分で小屋を作れよな。他人の製作物を何横取りしてんだ」
「はぁぁぁ? お前が作ったって? 嘘付くな。ここはセーフティエリアだぞ。エリア内でそんな事、やれないに決まってるだろ」
「それはやらないだけだろ。スキルに頼ればそりゃ造れないだろうけど、そうじゃなければ造れるんだよ」
「そんな話、知っているか? 」
「無理でしょ。セーフティエリア内のオブジェクトの加工はやれないって事になっているはずよ」
「ほれ、見ろ。いい加減な事を言いやがって」
「くそ、折角造ったってのに」
「まだ言いやがるか、この野郎」
「ほっときなさいよ、こんな奴」
「ああ、けど、狩りの邪魔は困るからな」
「ねぇアンタ、邪魔するならGMに通報するわよ」
何だよ、オレが少しずつ拵えていた小屋なのに、何で盗られないといけないんだ。
近くの水源から水路も引いて、生活の場を整えていたと言うのに、何で横取りされないといけないんだ。
造ってみもせずに造れないと決め付けて。
そこまでするならオレにだって覚悟はあるさ。
こいつは返してもらうぞ。
「てめぇ、何してやがる」
「これはオレのロープだ。やっと手に入れた丈夫なロープなんだ。だから返してもらうぞ」
「それを解いたら小屋が崩れるだろ。おい、こいつを止めろ」
「おらおら、何考えてんだ。とっとと行かないと、キルしちまうぞ」
「返せよ、あれは苦労したんだ」
「ロープごときで大層な事を言う」
「ほれ、こいつをやるからとっとと行けよ」
「こんな安物じゃないんだ。アラクネの糸で拵えた特製のロープなんだからよ」
「お、確かにそうなってんな。よし、このロープと交換にして。あれ、あれ、解けねぇぞ」
「何バカな事してんのよ。オブジェクトの変更はやれないと言ったでしょ」
オレは違うのか。
そうか、背景だもんな。
実力の無い仙人だったな。
そうか、だからオレはやれても他の奴らにはやれないのか。
細くて丈夫なロープだからと散々に言われた挙句、かなりの熟成酒と交換になったアラクネロープも無くなっちまったな。
これからどうしようか。
少し離れた場所で、無意識のうちに背景スキルを使っていたのか、あいつらはオレの事はもう視界に入らないようだった。
すっかりセーフティエリア内の待機場所みたいなつもりになっており、オレの苦労が水の泡になったと思った。
これからもここの事は他のプレイヤーに紹介されるだろうし、そうなったらこの先のエリアの攻略の助けになると思えば利用者は切れないだろう。
野宿するには気候がきつい場所であり、小屋で風雨が防げればその限りでは無いからだ。
湿潤温暖な気候は雨が多く、濡れればステータスに影響も出る。
リアルに拘るこのゲームならではの仕様だけど、嵐の対策はテントじゃ足りないと今まで二の足を踏んでいたエリア。
小屋があれば雨はそこで避けられるし、そもそもセーフティエリア内だからログアウトも出来る。
どうにもプレイヤーに場所の提供をしただけになってしまったオレの新たな生活の場所だけど、今更もう何を言っても無駄のようだ。
でもあのロープは何とかしたいよな。
仕方が無いからまた交換しに行くか。
30年物のブランデー15本ってぼったくりな取引だったけど、今度はSランクにするから何とか数本で交換してくれよ。
「何だい、もう失くしたのかい。あれは僕の集大成にも等しかったのに」
「盗られた」
「そうか、盗られたのなら仕方が無いね。君の職でそれを防げと言うのも無理があるか」
「もう無いのか」
「アラクネの糸自体はあるんだけどさ、ロープにする程の量は無いんだよ」
「細くて丈夫で長持ちする他のロープは無いかな」
「あれが今現在、最良のロープさ。本来なら最前線な奴らの御用達として、君に流れるような代物じゃなかったんだ」
「30年物Sランクブランデー2本」
「せめて50年物Sランク10本はもらわないとね」
「それはいくら何でも」
「あの時はたまたま金が足りなくて困っていて、君の酒は当時独占状態の酒だったからこそ、あんな取引になったんだ。今では酒はあちこちで造られていて、とても当時とは釣り合わないよ」
「熟成酒もかなり流通しているのか? 」
「ああ、さすがに本職の連中は違うね。既に120年物も造られているよ」
「そうか、そこまで進んでいるのか」
「確かに序盤は良かったかも知れないけど、もう斜陽かな、君の酒造りも」
「そうか、邪魔したな」
「悪いね。僕も慈善事業をしている訳じゃないんだ」
はぁぁ、手に入らなかったか。
そりゃ50年物10本も出せなくはないけどさ、あれらは後の魔導精米機の為に取り置いてある酒だ。
どんな酒をどれだけ要求されるか分からないってのに、足りないじゃ困るからな。
そういやそろそろじゃないのかな。
村長さんにメールを送ってみるも、どうやら魔導精米機は完成したものの、熟成ブランデー100本と言われたらしい。
それも50年物以上と言われたようで、そこまでの量とは釣り合わないと交渉中との事だ。
さすがに50年物がそこまでの量となると、殆ど在庫が尽きちまう。
あれは更なる熟成の先の為に売る予定じゃなかった品。
やれやれ、行き場も無くなったし、またぞろスラムに戻ろうかね。
やれる事は限られているが、やれる範囲の事をしようと、MPが尽きるまで手持ちの酒の熟成をやった後、効果が切れるまでぼんやりしてログアウト。
あれから1年が近いが、ここいらが潮時かな。
~☆~★~☆
少しのめり込み過ぎた感もあったVRゲームだけど、ここいらで現実に立ち返ろうと仕事に集中する事になる。
つまらないと思っていた仕事だけど、やっていくうちに遣り甲斐のようなモノを感じるようになる。
ゲームは熟成をひたすらやるだけとなり、今では現実メインと言った最初の立ち位置に戻りつつあった。
「あ、お前、あのゲームどうだった? 」
「楽しかったよ」
「何だよ、もう引退したのか」
「いや、一応は続けているぞ」
「ありゃ確かにアナザーワールド、異世界体験ゲームだよな」
「お前は続けているのか」
「もちろんさ。今な、色々と面白い事になってんだ」
「それは良かったな」
「あんだよ、本当にもう引退間際みたいじゃねぇか」
「そうでもないさ。けどな、ちょっと行き詰っていてな」
「そういやお前、もうじき1年になるけどよ、1周年イベント、参加するんだろ? 」
「そうか、そんなのがあるのか」
「あんだよ、本当にやる気も尽きちまったのかよ」
「そうじゃないが」
「まあまあ、イベントの時には誘ってやるからよ」
「そうだな、その時には頼むよ」
「キマリだな。さて、昼休みも終わりか。嫌だけど仕事をしないとな」
「ああ、そうだな」
イベントか。
うん、何時までもくよくよしていても仕方が無い。
元々、趣味の酒造りとして、あのスラムが始まりだったんじゃないか。
ちょっと贅沢になったせいで、初心を忘れていたら世話無いな。
得意先までの移動途中、イベントの詳細を検索する。
え……嘘。
なんで……こんな。
オレは参加出来ないのか。
そんな、どうしてだよ。
折角、思い直して継続しようと思ったのに。
『イベント開始は専用NPCに話しかけてください』
いや、待て待て、専用だから除外かも知れないだろ。
そうだよな、イベントなんだし、除外されているに決まっている。
そんなのはさすがに不公平どころの騒ぎじゃないしさ。
ならその日を楽しみにするとするか。
リアルの仕事にもそれなりに気を入れて、イベントの日が来るまで熟成酒オンリーで過ごした。
そして当日……




