浮浪人の実態
即日連投
まるで子供の頃の遊戯のように、魔物がこちらを向くと動きを止める。
背景スキルに全幅の信頼を寄せ、森を抜けようと努力中。
そういやあれからまたスキルが増えたんだけど、全部が全部、それ系のスキルなんだ。
つまりは路上で生活する為に必要なあれこれってのがコンセプトになっているようなんだ。
だからひ弱なはずのオレが、木の上にあっさり登れたのにもちゃんと理由がある。
まずはおさらいだ。
初期スキルが3つで《窮乏》と《縄張り》と《背景》だったよね。
そして最初に覚えたのが《酒造り》だったよね。
それがレベル5になって《醸造》が生えて、共に20で《酒造》になったと。
ただその間に申告してないけど、いくつかのスキルが生えていたんだ。
どうやらスキルレベルの合計で増えるようで、増えたのは《飲み水》と《焚き火》と《入れ物》と《鉄の腹》の4つだ。
どうにもまともな名前じゃないけど、効果のほうはまともなんだ。
《飲み水》は水魔法に属するスキルで、清浄な水が何時でも出せるスキルになる。
水耕栽培に使うには消費がでかいから無理なんだけど、水割りなんかに使うには良い水と言えるだろう。
そして《焚き火》は火魔法に属するスキルで、目視の場所に火をつけるってだけのスキルなのよね。
だからエチルアルコールの助けが無いと、まともな攻撃力にならない訳なんだ。
後は《入れ物》だけど、イメージのままの容器を出す事が出来るってスキルなんだけど、独り酒の時のぐい呑みはこれで造っている。
そして《鉄の腹》これとか結構有名なスキルになると思うけど、早い話が大抵の物を食べても平気ってスキルだ。
そりゃ毒とかは無理だろうけどさ。
そして狩り途中で生えたのが《逃げる》と《投げる》になる。
それで狩りがいくらか楽になって少し遠出をして、そして《木登り》が生えたんだ。
だから赤ネに遭遇しても木の上に楽に登れたって訳なんだけど、全てのスキルには意味があった。
すなわち、職に就けない路上生活者となれば、おいそれと飲み水も得られないから《飲み水》
寒くても宿に泊まれないから《焚き火》
右や左の旦那様をするには、お金を入れる容器が要るから《入れ物》
古くなった食い物でも食べないと困るから《鉄の腹》
樹木に生えている木の実を落とす為の《投げる》
困窮して店先から失敬して《逃げる》
そして木の枝の鳥の卵を獲得出来る《木登り》
全てが路上生活からサバイバルにかけてのスキルになると思う。
だからもっとレベルを上げていくと、それに相応しいスキルが生えて来るんじゃないかと思っている。
もしかすると運営は、サバイバル専門職として浮浪人を設定したんじゃないかと思うんだけど、まさかね。
けどそんな職、まだ出てないんだよね。
パーティに必須なはずの野外の専門職。
それが即日で終わる狩りならまだしも、野宿を繰り返すには必要なスキルを携えた専門職。
たださぁ、武器も防具も着けられないから、考えすぎの気もするんだけどさ。
いくら専門職でも普通は武器や防具は使えるよね。
浮浪人にどんな未来があるのかと、最近色々と考えているんだ。
だから屋外での専門職の可能性ってのもそのひとつになるんだけど、泥棒も可能性のひとつになる。
だってさ、PKをも掻い潜る《背景》とか使えば、街の中での泥棒もやれそうじゃないかい。
NPCが相手をしなくなるんだから、衛兵もフリーパスになりそうだし。
ああ、ダメだこれ。野外の専門家より空き巣のほうに適性がありそうだぞ。
とにかくそんな訳で、未だ将来定まらぬ浮浪人って訳なんだ。
それで後は農業系のスキルになるんだけど、これも独特な言い回しと言うか何と言うか。
とにかくスキルの欄を出してみようか。
Class Skill
《窮乏》《縄張り》《背景》《飲み水》《焚き火》《鉄の腹》
Behavior Skill
《逃げるLV.4》《投げるLV.12》《木登りLV.2》《様子見LV.3》
《植えるLV.9》《育てるLV.11》《水汲みLV.8》《切れるLV.6》
High_classl Behavior Skill
《酒造LV.18》⇒【《蒸留》《発酵》《ろ過》《殺菌》《濃縮》《時送り》】
職のスキルにレベルは無いみたいで、本人レベル準拠っぽい。
だから狩りをやっていたら自然と水の量も増えたし火の強さも増えた。
なので今ならため池に水を入れるのも魔法でやれなくも無いと思う。
水汲みスキルが出た事で、重労働が少しましになっていたけどね。
ああ、ちなみに刺身スライスは《切れる》になる。
ただし、包丁は持てないから使うのは雑貨のカミソリになる。
刃渡りの関係で柳刃のように引き切れないから、どうしても引き押しのスライスになるけどさ。
~☆~★~☆
何とか森を抜けたけど深夜の草原は、やはり魔物が活性化している。
それでも背景を頼りにゆっくりと歩み、街道にようやく差し掛かる。
それにしても、さっきから妙に気配を感じると思ったら、またぞろスキルが生えていた。
《様子見》
どうして浮浪人が獲得するスキルはみんなこうなんだ。
普通に気配探知とかでも良いだろうに、どんな拘りだよ、運営さんよ。
そう思っていたら、街に入って判明した。
ああこれ、魔物やプレイヤーだけじゃないんだな。
NPCの気配も探れるのか。
まあそうだよな、NPCが相手をしてくれない職なんだし、相手にしないという事は空気と同じだ。
だから気配を探れないとNPCの馬車に轢かれかねないし、馬をぶつけられたり踏まれたりする可能性もある。
だけど、街中でも使える探査系って珍しいんじゃないかな。
さてと、駅馬車もこんな時間は動いてないし、朝が来るまで広場で背景でもやっていようか。
この駅馬車、これが出来てから他の街にも行けるようになったんだ。
それまでは戦えないから行けないと諦めていたんだけど、そんな訳でこの街まで狩りの出稼ぎにも来れたんだ。
ここは始まりの街の次の街になり、それなりの雑魚敵が居てちょうど良い狩場になっている。
村の外の魔物は強くはないんだけど、特殊攻撃をして来るのな。
つまり、状態異常をしてくるから、その対策が必要になるんだ。
道具屋ですぐに買える状態異常対策薬でも、取引出来ない職では大変だ。
村にそんな店とか無いとなれば、他の街で誰かに買ってもらわないといけない。
となればもう、そんな攻撃をして来ない魔物を相手にするしかなく、必然的にこの街の周辺での狩りになったと。
広場で背景をやっていたら、見覚えのある赤ネが近付いて来る。
おいおい、今は背景なのにと思っていたら、近くのベンチに座った。
今、オレはそのベンチの裏で背景中なんだけど、やっぱり目に入っても背景と認識されるようだ。
それにしても、そこに居られたら下手に動けないんだけどな。
いかに背景中でも、相手がプレイヤーの場合、動いていたら反応される場合がある。
しかもすぐそこに居るのは闇の住人たるPK職だ。
そうして下手に動けなくなり、必然的に待ち合わせの相手が来るのを待つ事になり、嫌だけど盗み聞きする羽目になる。
つまり、不可抗力だからな。
「待ったか」
「少しだけだ」
「それで? 酒は盗れたか」
「あいつ、チートだぜ。浮浪人なのに武器も防具も使ってやがった」
「おいおい、冗談はよしてくれよ。VRにチートは不可能だろうが」
「でもよ、ナイフ背中に投げたのに、鎧か何かで防がれたし、ダガーっぽいの投げやがってよ」
「それはおかしいな。もしかしたら背中に金属板でも貼り付けていたんじゃないのか」
「ああ、そんな手があるのか」
「後は武器だけどな、本当にダガーだったのか? 」
「顔に飛んできて跳ね除けたけど、どっかに飛んで行ったから分からない」
嘘付け、顔に刺さっていたじゃねぇかよ。
刺さって後、抜いて捨てた癖に何を言っているんだろう。
うわとか痛いとか騒いでいた癖に、変なミエ張るなよな。
「あのな、こいつは裏技になるんだが、武器って定義じゃなければ持てるんだ」
「どういう事だよ」
「例えば料理人ならさ、ぺティナイフを投擲出来るし、出刃包丁で狩りもやれるのさ」
「あいつ、料理持ってたのか」
「その可能性が高いな」
残念だけど料理があったとしても、戦闘中は包丁も持てないのが浮浪人だぜ。
浮浪人に対する認識も甘いし、裏技の定義もその程度なのが今の常識か。
それならまだしばらくは、ハサミの片割れでやれるかも知れないな。
「とにかくあいつの酒は高く売れるからよ、外に出ている今なら確実と思ったんだがな」
「2回もやられちまった」
「お前がか」
「あいつ、やっぱりおかしいぜ。本当にVRにチートはねぇのかよ」
「無いはず、としか言えないがな」
何で嘘を付くんだよ、こいつは。
【ええと、闇のナイフさん?……ほお、これはこれは……一部訂正良いかな……つまり、今の話を聞いていたと……彼ね、デスペナ中に夜の黒き森に入って、オレを探して大声で叫んでさ、クレイジーモンキーにタコ殴りされて死んだのが2回目な】
「ぶはははははははっ」
「な、何だよ、おいっ」
「いや、悪い悪い、ついな、くくくくくくっ」
【ちなみに顔に刺さって痛いって騒いでいたぞ……成程な、こいつはその手のプライドが邪魔をするタイプか……向いてないと思うよな……確かに……酒が欲しいなら取引だ……それで良いのか……ああ、酒の材料と交換だ……本当にNPCと取引がやれないのか……協力者必須だ……けしかけておいて何だが、酒が手に入るのならもう狙ったりはしない……高く売れるんじゃないのか……品評会の酒、あるなら取引してくれ……とりあえず1本だ……何処に行けばいい……ベンチの下に置いてあるぞ】
「何ッ、うっ、何時の間に」
「さっきからどうしたんだ」
「いや、ちょっとな」
「それで、あいつ、どうしようか」
「もう止めとけ。あいつには手を出すな」
「けどよ、殺られたままじゃ収まらねぇぜ」
どうにもしつこいな。
自分から攻撃しておいて、反撃食らったらその報復ってよ。
自業自得と諦めてくれよな。
まあ、とりあえず……『焚き火』
「うお、あちちちちち、なんだぁ、ベンチの下が燃えているぞ」
「ほお、これはまた凄いな。街中でスキルが使えるのか」
「え、じゃあこれって」
「街中でスキルを使われたら、もうどうしようもないぜ」
「やっぱりチートだろ、あいつ」
【浮浪人は基本的にオブザーバー的存在だ。だから何処でもスキルは使えるのさ……そうなのかよ……森の中でこいつの探索が効かなかったのも、オレのスキルによるものだ……そんなスキルがあるとはな。なら、森では手出し無用って事か……街でもな、いきなり植木鉢投げられて耐えられるか? ……そうか、投擲ならそれもありか……はっきり言うとな、街中の喧嘩でしょっ引かれるのは浮浪人以外だ。だから街中で戦いになると確実にオレが有利だぞ……おいおい、そこまでなのかよ……衛兵だってNPCなんだ。なら、相手をしてくれないに決まってるだろ……確かにそうだな……ただ、冤罪を受けるから言いたくなかったんだけどな……こいつの粘着で出した情報か。焚き付けた側のオレにその責任があるか。ああ、こいつは漏らさねぇさ……ありがとう】
「さて、オレは戻るぞ」
「なあ、あいつ、どうしよう」
「もう止めておけ」
「無理だせ」
「だそうだぞ」
「おい、何を言って……あああああ」
「いやぁ、よく燃えますな」
「てめぇぇぇ、よくもぉぉぉ、この野郎っっ」
「お代わり欲しいか、それそれ」
「くそ、火を消してくれっ」
お、衛兵の登場か。
火を消してやろうな。
「街中での不審火の容疑で連行します」
「それはこいつがやったんだ」
「誰ですか? 」
「こいつだ、こいつ」
「何処に居るのですか? 」
「こいつが見えないのかよ」
「はい、見えません」
「んなっ」
「おい」
「はっ」
「くそぅぅ、はーなーせー」
【成程、確かに無敵だな……お前の横でリンゴを盗めば? ……くくくっ、オレのせいってか……酒が欲しいなら素直にくれと言えばいい……そうか、ならそうしよう……まあ、ついでに酒の材料を持参してくれると嬉しいがな……分かった、そうしよう】
やれやれ、教えたくはなかったけど、止まらないからな、あいつは。
ちなみにダメ元でフレンド登録を送ったら、何故か返事が来ました。
闇のナイフと言うのは裏方の職の専用スキルの《偽名》ってのを使ったらしく、フレンドリストには『クラリス』となっていた。
致命的な表の名を明かすフレンド登録をしてくれたのは、もう襲わないという意思表示と共に、浮浪人の実態を漏らさないという誓いだと信じるぞ。
そのうちクラリスとして酒の無心に来れば、何時でも酒は譲ってやるからさ。
液馬車について
もちろんキセルです。
払おうとしてもNPCは相手にしてくれないうえに、黙って乗っても何も言われないのです。
なのでタダ乗りし放題とも言える訳ですが、乗る時に払うのが一般的なので、味をしめて何度もやっていると、他のプレイヤーにバレる事になります。
それが例えシステム上許された行為でも、他人にやれない事をやっている人をそのまま放置はしないもの。
彼が用心深く行動しているから、その実態が広まらなかっただけなのでした。