車掌さんと猫と無人電車
にゃんにゃ、にゃんにゃと隣の猫は鼻歌をやめない。音程なんかあってなくて歌詞もない。けど、この無人駅に華やかさをもたらしてくれる。僕も少しだけ聞き入ってる。
「そろそろ出発するから乗って、ジェネッタ」
「そうか、もう乗るのか。もうちょっと歌いたかった」
名残惜しそうに、無人の駅を見つめジェネッタは僕の肩にそろりと乗った。コイツは、ジェネッタ特有の警戒心の強さを忘れたようだ。コイツと出逢ったのだって、たった二時間ほど前だ。なのに、最初から知ってるように話しかけて僕の気分を悪くさせた。僕は喋舌りたくないから喋舌らないけど、ジェネッタはよく喋る。
「なぁ、車掌さん。今度は白猫の話をさせてくれ」
「勝手にすれば」
そうか、という言葉を皮切りにジェネッタは喋った。とても警戒心の強い白猫にあったこと。自転車に惹かれて死にかけそうになった白猫がいたこと。花畑が好きな白猫がいたこと。子猫を探している母親の白猫がいたこと。出るわ出るわ、白猫だけでもたくさんの話が出た。コイツが来るまで静かだった電車が途端に明るくなった。僕も、まぁジェネッタの話は嫌いじゃない。コイツの高い声は聞きづらい訳じゃなくてすんなり入ってくる。聞き惚れてしまう声というのならコイツの声のことだろう。
「車掌さんは静かだな。どうして静かなんだ?」
「お前に関係ないでしょ。ほら、あそこがアンタの降りる駅」
「おぉ、そうか。ありがとうな車掌さん」
またなといってジェネッタは電車を降りた。寂しくなる……かもしれない。ジェネッタは、姿が見えなくなるまで僕に手をふった。手を振り返さないでいたかった。
電車は、進む。僕を乗せて、アイツの声もなしに。ちょっとだけいたはずなのに、早くもアイツの声が懐かしくなった。
ガタンガタン、進む。新しい駅に着いた。何処も同じようで無人だった。つまらない、もっとアイツの話を聞けばよかった。アイツの事だ。黙っていた僕が話を聞けば、喜んで話しだすだろう。
「車掌さん」
アイツの声で呼ばれた。さっき降ろしたはずなのに。
「車掌さん、またあ来てしまったようだな。今度は車窓さんとおなじ姿になったようだ」
ジェネッタ。声に出せなかった。幼女が幼女が、何故か僕の目の前にいた。
「またよろしくな、車掌さん」