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異世界の塩事情  作者: ペリヱ
製塩編
2/20

異世界の塩事情◆中編

 古来より人間の営みとは切っても切れない存在である、塩。


 それは今を生きる言葉にも如実に表れていて、日本語で言うところの「給料・俸禄」を意味する英語「salary(サラリー)」は、語源的には「sal(塩)」+「-ary(~に属するもの、~に関するもの)」と解されます。

 さらにその由来とされるラテン語「Salarium(サラリウム)」の語源もまた「sal(塩)」+「-arium(~に関するもの)」。


 それだけ古くから塩が人間の生活に重要な位置を占めていたことを鑑みれば、「たとえ異なる世界があり、異なる種がいたとしても、そこに生命の営みがある以上、塩の重要性に変わりはないだろう」という推論は分からないでもありません。



 でも。

 待ってくれ、と思うわけです。



 もう少し思いを巡らせて、「塩とはそもそも何なのか」「人体と塩との関係はどうなっているのか」ということをおさらいしてみてからでも遅くはないのではないかと思うわけです。

 塩とはそもそも何なのかということについては、1996年に日本で制定された「塩事業法」によれば、「『塩』とは、塩化ナトリウムの含有量が100分の40以上の固形物をいう」と定義されていますから、基本的には「塩化ナトリウム(NaCl)の塊」と表現することができるだろうと思います。人体に入った時のことを考えれば、「ナトリウム(と塩素)というミネラルの塊」とも言えるかと思いますが。


 では、人体と塩との関係についてはどうか。 

 ここで注意すべきは、「人体にとって塩という『形体そのもの』がどうしても必要だから塩を摂っている、というわけではない」ということです。塩を構成しているNaCl、つまりナトリウム(と塩素)が生命の維持には必要不可欠なミネラルであり、それを摂るのに最も効率がいいのが塩だから、人は塩を摂るのであって、形体として「ナトリウムと塩素が結びついた塩化ナトリウムでなければならない」「塩でなければならない」というわけではないのです。そもそも「細胞内外の水分量や浸透圧を一定に保つ」「神経組織の情報伝達を助ける」「筋肉の収縮に働きかける」といったナトリウムの役割が、「消化酵素(ペプシン)の活性化」「細胞の浸透圧の調整」「血液の酸・アルカリのバランスの調整」といった役割を持つ塩素のあるなしに左右されることはありません。仮にこの世界のままであっても、他にナトリウム(や塩素)が効率よく摂れる何かがあれば、塩にこだわる必要はなくなってしまうわけです。



 そもそも舞台は異世界なんです。

 本当に塩(もしくは海塩)にこだわる必要があるんでしょうか?

 もっと言えば「人体にとってナトリウム(と塩素)が必要なミネラルである」という前提そのものが果たして必要なんでしょうか?



 同じ調味料でも、これは甘さを「愉しむ」ための砂糖関連では発生しにくい問題なのかもしれません。

「甘味」というのはこの世界でも元々種類の多いものですから。

 サトウキビから作られる砂糖、蜂蜜、テンサイ糖、パームシュガーやメープルシロップのような樹液、さらには穀物由来の加工品である甘酒や水あめなど、とりあえず思いつくだけでも実に数多くの材料から甘みを生成していることが分かります。しかも熱帯から亜熱帯の地域ならサトウキビやサトウヤシ、寒冷地ならテンサイ、それ以外のところならば蜂蜜と、ちゃっかり住み分けまでできています。

 こうなれば異世界に行ったとしても、創意工夫によって様々な植物から甘味を作り出せるであろうことは想像に難くありません。

 ただし蜂蜜は蜂蜜でも、養蜂関係の異常なまでの手軽さとテンプレート化については、この限りではありませんとも、ええ。



 むしろ全体の事例としては「ビタミンCを摂りさえすれば改善できる壊血病」の方が近いのかもしれません。

 勿論前提として、「そもそも異世界に壊血病は存在するのか」「壊血病が存在するとしてその原因はビタミンC不足なのか」「仮に壊血病の原因はビタミンC不足のままだとして、異世界人のビタミン事情もこの世界の人間と一緒で、ビタミンCを蓄積することはできないのか」といった問題には目をつぶらなければなりませんし、何なら「異世界人は日光を浴びることでビタミンCを生成することができるため、壊血病になりやすいのは日照時間の短いエリアに住む者か、炭鉱夫くらいだ」なんて少しずらした設定を思いついたとしても見て見ぬふりをしなければなりません。間違っても「壊血病が炭鉱夫の職業病という扱いになるなら、ドワーフの国辺りでは風土病ってことになっちゃう可能性があるってこと? ノームも危険?」なんてウハウハしてはいけません。いけませんとも。


 閑話休題。


 壊血病問題が「ビタミンCを摂りさえすれば改善できる」と要約できるならば、塩問題を「ナトリウム(と塩素)というミネラルが摂れさえすればいい」と要約してしまうことも可能なわけです。

 この場合にネックになりやすいのが、この世界でのナトリウム事情になってくるかと思います。

 レモン、アセロラと次々出てくるビタミンC勢に比べ、ナトリウムを多く含んだ食材を調べようとすると、実はほぼ塩蔵食品にしか行き当たらないのです。

 ナトリウムが必要不可欠なミネラルであるという現実に即した設定のまま、とっさに代替品を思いつきづらいとなると、書き手がついつい塩に依存してしまうのは仕方がないことなのかな、と思わないでもありません。


 でも、この世界に似ているようで似ていない、似ていないようで似ている、そういう部分を見つけて愉しむのも異世界物の醍醐味かと思いますので、何とか塩事情が改善されて欲しいものです。



 何なら「乾燥させたある植物の葉を海水に入れてぐるぐる混ぜると、水中の塩分をどんどん吸着してガリガリのザリザリな感じに膨れる代わりに、海水から簡単に塩が取り除けて真水ができるとかいうこの世界よりべらぼうに便利な不思議植物」なんてものを出してきてもいいんですよ。「しかも吸着済みの葉を乾燥させて粉にすると、塩として使えます」とかね。

 砂糖を取り巻く諸々が気になる方は、『砂糖の歴史』(川北稔・岩波ジュニア新書・1996)もしくは『甘さと権力―砂糖が語る近代史』(シドニー・ウィルフレッド・ミンツ、平凡社、1988)または『甘さと権力―砂糖が語る近代史』(シドニー・ウィルフレッド・ミンツ、ちくま学芸文庫、2021)辺りをご参照ください。

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