表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
連載版 悪の組織もわるくはない  作者: 来栖ゆき
レディ・アスモデウス登場 の巻
2/3

◆2◆

「諸君、私の忠実な下僕(しもべ)がまた一人増えた」

 談話室の最奥、数段高い位置にある玉座に座るルシファーが手の平を高く上げ、そのままゆっくりと降ろした。その手が差し示す先に佇むのは、新人のアスモデウス。

色欲(しきよく)を司る悪の淑女レディ・アスモデウスだ。皆、仲良く世界征服に向けて励め」

「アスモデウスです。よろしくぅ!」

 仰々しく紹介されて、アスモデウスは全員に向かって営業スマイルで決めポーズをした。

「こちらこそ、これからよろしくね」

 けれど、拍手をしながらそう答えてくれたのは、ルシファーの隣に立つレヴィアタンただ一人。それでもルシファーは満足そうにうなずくと、漆黒のマントを翻して談話室を出て行った。

 玉座の前で(こうべ)を垂れていた二人の同僚は、ボスの気配が消えると立ち上がり、面倒そうにアスモデウスを一瞥する。そして興味がないといった様子で、さっさとソファーに腰掛けてしまった。

 一人は足を高く組みながら偉そうにコーヒーを飲み、もう一人はタブレット型端末を食い入るように見つめながら、ものすごい速さで操作している。

「……ちょっと、初対面なんだから、もう少し愛想よくしたら?」

 こっちだって営業スマイル作ったのに!

 失礼な扱いをされたことに腹を立て、頬を膨らませて腕を組むアスモデウスの隣に、レヴィアタンがにこやかに微笑みながら立つ。

「はい。それじゃあ紹介するわね。こちらの機嫌が悪そうな人は、憤怒(ふんど)を司る悪の使者ダーク・サタン。そしてこっちの彼が、強欲(ごうよく)を司る悪の騎士ナイト・マモン。さあ二人とも、アスモデウスにご挨拶して」

「……フン」

「ドーモ」

 明らかにやる気のない返事が返ってきただけだった。

 しかも下着同然の恰好をしているにも関わらず、目の前の男どもは、まったくアスモデウスに興味を示さない。顔には出さなくてもひょっとして、とちらりと下半身の方を観察するが、反応はまったく見られなかった。

 こいつら、もしかして不能?

 これは、同僚をやる気にさせるための衣装?

 アスモデウスは自分の衣装をまじまじと見つめる。お色気担当でもあるレディ・アスモデウスの記念すべき初任務は、彼らに男としての楽しみを教えることなのだろうか。

 まあ、もしそうだとしても、自分は全力で取り組むまで。アスモデウスの隠れた特技は、さくらんぼのヘタを口の中で結ぶことなのだ。

 さあ来い! そう気合いを入れ直した時だった。

 ドン、と腹部に来る衝撃音が聞こえ、アスモデウスははっとして顔を上げた。

「あんたたちねえ!!」

 隣に立つレヴィアタンが片足をローテーブルに乗せて腰に手を当て、冷たい瞳で男たちを見下していたのだ。ガラス製のテーブルには大きなヒビが入り、その上に置いてあったマモンのコーヒーカップは、揺れて中身が半分ほど零れてしまう。

 苦虫を噛み潰したような顔をしたサタンと、驚いた顔をしたマモンが揃ってレヴィアタンを見上げていた。

「挨拶は社会人の基本中の基本でしょう! それが悪の組織でも、普通の会社でもよ!!」

 レヴィアタンの蛇の腕輪から、しゅうしゅうと黒い煙が出てきて、思わずアスモデウスは一歩後ずさる。

「わかったから、その毒霧をどうにかしてくれ」

 サタン、と呼ばれた軍服姿の男は、白い手袋を付けた手を口元に当て、眉間に皺を寄せた。レヴィアタンが無言でパチンと指を鳴らすと、周囲に立ち込めた黒煙が消えていく。

 そして彼女は、くいっと顎で隣を指し示した。するとマモンが立ち上がり、右手を差し出してくる。

「マモンだ。武器や秘密道具の製作を担当している。人間は嫌いだ。以上、よろしく」

「あ、よろしく……」

 呆気にとられていたアスモデウスが彼に向って手を伸ばしたが、ちょんと触れた手は、すぐに離れてしまった。

 役目を終えたとばかりにマモンはソファに座り直すと、再びタブレット端末の操作を始める。

 深い緑色の髪に、同じ色合いのスーツとネクタイ。前髪を長く伸ばして目元を隠しているが、よくよく見れば、綺麗な顔立ちをしている。金色の毛皮を首に巻いていて、片方は狐の顔、反対側はふさふさの尻尾だ。本物だろうかと、アスモデウスはつい目を凝らして見つめてしまう。

 そんなアスモデウスの姿を見ていたサタンは、ふいにクックッと笑みを漏らした。

「相も変わらず、男を見れば目の色を変えるんだな。すでに身も心も色欲の悪魔だ……」

「はあ?」

 聞き覚えのある声に、アスモデウスはさっとサタンに目を向ける。

 黒とグレーを基調とした軍服姿のこの男は、黒髪をうしろに撫でつけていて、優雅な手つきでコーヒーカップを持っていた。薄い唇は弧を描いているが、切れ長の目は笑っていない。

 いかにも高圧的で不遜な態度に既視感を覚えて、アスモデウスは彼を上から下までまじまじと見た。

 そしてはっと気づく。

「あ、あんた――」

 この、目を合わせたものを震え上がらせる眼力、自分以外の人間を(さげす)むような態度、氷のように冷たい声。アスモデウスはこの男を知っていた。

「お初にお目にかかる。俺はサタンだ。ここでは情報操作や情報収集の任に就いている」

 口ではそう言うが、お互い初対面ではないことにはすでに気づいていた。

「ここで会ったが百年目……」

 アスモデウスはサタンを睨みつけながら、手をぎゅっと握りしめる。

 忘れもしない……いつかぎゃふんと言わせてやるリストの一番最初に乗っている人物。言い方を変えれば、いつかぎゃふんと言わせてやるリストを作ることになった張本人――



◆◇◆



 その昔、あれは四年前のこと。

 十六歳のアスモデウス、ことメグミは、芸能人になってちやほやされたい、という曖昧で途方もない夢を持って家出同然で上京した。

 スーツケースを引きずりながらシブヤの街を歩いていたところ、偶然にも芸能プロダクションの社長と名乗る男に声を掛けられたのだ。

 夢が叶う、と喜び勇んでついて行った先は、寂れた雑居ビルの一室。

 そこで同じ年頃の少女たちと衣食住を共にしながら互いを高め合い、そして夢を現実にするべく、時にはきわどい衣装を着てプロモーションビデオの撮影に挑んだり、仕事を紹介してくれると話してくれた有名テレビ局のプロデューサーや、制作会社の社長と酒を飲みながら面接をしたり……まあ、それ以上のこともしたりしながら、芸能界デビューを目指して日々精進していた。

 そんなある日のことだった。

 下着メーカーの仕事として、布地の少ないセクシーな下着を身に着けてのプロモーションビデオの撮影中。突然、スタジオ内にスーツ姿の男が何人も押し入ってきた。そして三つ折りの白い紙を広げ、頭上に掲げながらよくわからない事を叫び始める。

 スタジオ内を逃げ惑うスタッフは一人残らず拘束され、撮影は中止。

 呆気にとられているうちにメグミは、スーツ姿の女性にバスタオルを巻かれて外に止めてあった車に押し込まれてしまう。

 どうやらこの女性は警察官だったらしい。

 優しい声を掛けられて、あれよあれよと別の場所に連れて行かれて着替えさせられ、椅子と机しかない小さな部屋で延々と待たされた。

 そしてメグミがイライラし始めた頃に現れたのが、この男だった。

「ちょっと、ここどこよ? いい加減、ウチに帰りたいんだけど。あと、シャチョーは?」

 質問を投げかけたメグミを、感情のない目で一瞥すると、男は無言で向かいの椅子に座る。

「貴様は俺の質問にだけ答えればいい。それ以外は口を閉じていろ」

 言いながら足を組むと、真正面からメグミを睨みつける。

「さて、仕事と称して関係を持った男の名前をすべて吐け。どうせ偽名だろうから、特徴と人相もだ。貴様の容量の少ない脳に入っている曖昧で不正確な情報でも、(上司)が必要だと言うのでな」

 不遜な態度に、メグミは眉根を寄せた。そして、女慣れしていない堅物そうなこの男を、少し困らせてやろうと思いついたのだ。

「ねえ、オニーサン。教えてあげたら何くれる?」

 メグミは座り心地の悪いパイプ椅子から立ち上がり、男の背後に回った。撫でるように肩に触れ、顔を寄せて耳にふっと息を吹きかける。

「それとも、あたしに何して欲しい?」

 社長に仕込まれた色仕掛けで、メグミは何人もの男を喜ばせていた。彼らはこぞって芸能界へのコネクションを約束すると共に、ちょっとしたお小遣いをくれたのだ。

 だから、こんな男を誘惑するなんて簡単なことだと思っていた。

「――ほう、警察相手に色仕掛けとは、まったく反省が見受けられんな」

 男は自分の肩に乗ったメグミの手に触れると、力を込めて掴み、強引に引いた。

「きゃ――」

 視界が反転したかと思えば、メグミは固い机に背中を押し付けられ、両腕を拘束されてしまう。

 目の前には不気味に笑う男の顔。

「な、なにすんのよ! ケーサツだからって、暴力が許されると思ってんの!?」

「未成年だからって痛い目見ないと思うなよ。ガキが調子に乗るな」

 むっとしたメグミは、まだ自由な足で男の急所を蹴り上げようとした。しかし、気づくが早いか、彼は自身の身体を押し付け、足でメグミの膝を割る。じたばたともがく足は空を蹴り、もう片方の足は机に押し付けられていて痛い。

「それから、色仕掛けっていうのはこうするんだ」

 男はそう囁くと、メグミの耳に軽く歯を立てた。低い声と耳朶への刺激に、思わず背筋を震わせる。

「やっ」

 逃げようとしたメグミの首筋に、男の唇が這いまわり鎖骨へとゆっくり移動していく。

「ちょ、やめっ……」

 顔をのけ反らせて抵抗すれば、頬を掴まれ、無理矢理前を向かせられた。

「逃げられると思うなよ」

 宣言するなり唇が塞がれる。噛みつくようなキスで呼吸がまともにできない。締め上げられている腕は痛み、次第に指先の感覚が失われていく。

 数時間にも感じられた数分後、男はやっと顔を上げ、メグミの拘束を解いた。

「ゴメンナサイ、は?」

「ご、ごめん、なさい……」

 息も絶え絶えに呟き、怯えた目を向けるメグミを見て、彼は嬉しそうに歪んだ笑みを見せた。

 そのあとの数時間にも及ぶ厳しい尋問に、抵抗する気をなくしたメグミはすべて正直に答えた。

 結局、これが元で所属していた芸能事務所――今思えば、事務所ではなかったかもしれないその会社は潰され、社長、以下お世話になったスタッフは全員逮捕。

 仕事を紹介してくれると話してくれた自称・有名テレビ局のプロデューサーや制作会社の社長も、児童売春やら詐欺行為で芋づる式に捕まり、メグミの芸能人デビューは露へと消えた。

 住む家と目標を見失ったメグミは、生活費を稼ぐためにキャバクラで働き始め……そして今に至る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ