第3部:記憶と、逃避と、しょうもない悪友
「あ……」
そうか。
クリスマス、か。
「ごめん、オヤジ。すっかり忘れていたよ」
クリスマス。
クリスマス。クリスマス。
(……覚えている)
かつてとは違って、覚えている。
その意味も、価値も、
『――いつか2人で、この日にお祝いしようね』
10年前の彼女の言葉も、何もかも。
「それじゃあ、俺は鳥を買ってくるよ」
「おう、行って来い。ほれ、こいつは代金だ」
オヤジに差し出されたずっしりと重い金貨の入った袋を受け取ると、壁にかかったコートを羽織りながら外へと出る。
ギイィィ、とスイングドアが揺れ、軋む音を背に、僕は街へと一歩、一歩と足を踏み出した。
「……さぶ」
お昼を過ぎて刻一刻と夜へと近づく中、曇り空や建物が密集しているせいもあって辺りは薄暗い。
早く買い物を済ませようと、金貨袋を懐に隠しながら僕は歩く。
歩きながら、
(彼女は、どうしているだろう……?)
思い出す。
5年前、強盗騒ぎに紛れて屋敷を逃げ出した時のことを。
あの時は、殺されるかもしれないという恐怖やこれまでの苦痛から逃れられた喜びが大きくて、ただただ無我夢中で走っていた。
誰も見張りのいない、開け放たれた門を出てからもそれは変わらなくて、隣に彼女がいないことに気付いたのもずっと後、いざ街を出ようという時のことだった。
どこに行ったんだろう、と思った。
急に不安になって、彼女を探しにもう一度屋敷に戻ろうか考えたこともあった。
どうしたんだろう。途中で捕まったんだろうか。囮になるために引き返したんだろうか。
僕を、守るために?
僕みたいな、自分の事しか考えられない、どうしようもない人間を助けるために?
その彼女は、今、どうしている?
強盗に捕まって、殺された?
いや、もっと酷いことも……?
考えれば考えるほど、悪い事ばかり頭に浮かんできて、生まれる感情とは裏腹に、僕は街から少しでも早く遠ざかろうと足を動かし続けていた。
だから、僕は知らない。
それからの彼女を、僕は知らない。
今となっては知るすべもないことだと、言い聞かせて。
今は今の僕を生きるべきなのだと、さっさと忘れるべきだと目を逸らして。
だから、だから、
「――よっ、アイン」
「っ……?」
不意に背後から飛んできた、人の声。
低く、やけに明るい男のそれに反射的に身をすくめながら振り返ると、
「……なんだ、ライアか」
見知った顔に、僕は緊張を解いた。
細く攻撃的な目に整った顔立ち、明るい茶色の髪はある程度手入れはされてこそあるものの、伸ばしっぱなしの印象を与える。
「なんだ、とは酷い言い草だな」
ニヤニヤと笑いながら、そいつ――ライアは、僕と並んで歩き出す。
「スリか、強盗かと思ったよ」
「この辺じゃもう、そんな奴らは粗方潰し終えた後だろう」
軽快にそう言って、ははっとライアは笑う。
ライアは、この辺を仕切る組織の頭を務めている男だ。役人とは別に治安維持を行っていて、賄賂だの何だので買収されている役人どもよりはずっと頼りになる。