第20部:先往く彼女と還る僕(終)
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「――よぅ、アイン」
騒々しい音の中、親しげに呼ぶ声。
振り向けば、そこには親友がいて、
「来たか、ライア」
ここ数か月でライアの率いる自治組織は規模を大きく広げたようで、人相の悪い顔もご機嫌なぶん、いくらかマシになって見える。
「調子はどうだ?」
「見ての通り、まずまずだな」
適当に会話を交わしつつ、僕は上等な客向けの高い酒のある棚から、ウイスキーの酒瓶を取り出す。
「いつものでいいか?」
「ああ、頼むよ」
トクトクトク、と小気味いい音を立てて瓶の中身を、砕いた氷の入ったグラスに注ぎいれて差し出す。
ありがとうな、と言ってグラスを受け取ったライアは、そいつをちびりちびりと舐めるように飲む。
「……今日は、まじめな話か?」
「ご名答」
親しい仲ゆえか、ライアがこの店に来る理由は、酒の飲み方でだいたい分かる。
ライアは、着古したジャケットの胸のポケットから、手のひらにも満たない小さな袋――透明で、中身である白い粉末が外側からでも見えるようになっているモノだ――を取り出して言う。
「例のクスリの件だ」
「ブリスの?」
ライアが頷く。
「オマエにとっちゃ時既に遅しってヤツかもしれねぇが、やっとこさ捕まえたって感じだ」
「……そうか」
ブリスと過ごしたクリスマス・イブの夜から、早くも一年が経とうとしていた。
当のブリスはあれから五日後――つまりは年が明ける前に死に、身よりのないこともあって町の共同墓所に葬られた。
あの夜の時点で、動いて喋って生きているという点を除けば死体と見紛うような状態だったせいか、彼女の死に顔を見ても、何も感情は湧かなかった。
「嘘つくな、無表情でボロボロ涙流してたくせに」
「余計なねつ造をするな」
人のモノローグに口を出すのは人としてどうかと思う。
「はぁ……まぁ、本物とはほど遠い偽物、そいつを一瞬でも拝むためにクスリにたかるバカども、といやぁロクデナシに聞こえるが、脳みそがやられてねぇぶん、いろんな意味で面倒な連中だったよ、この件は」
「……お疲れさん」
毒も依存性もなく、自らの意思で幻を求める。
ブリスがそれを求めた理由は、そのすべてを彼女の生涯が証明しているから、たとえライアがどこかのジョークのような口調で話しても笑う気にはなれなかった。
「まぁ、そいつらに原価の数十、数百倍の値で売りつけて腹を肥やすゴミどもにかけてやる慈悲はないがな」
「少しは、情けをかけてやれないのか?」
「ウチじゃ、薬物は御法度だ。例外はない」
ぴしゃりと言ってのけ、ただ、とライアは付け足す。
「人手がもったいねぇからサクッと殺したが、それがオマエの言う〝情け〟ってのになり得るのかもな」
「……」
僕は、何も言い返さなかった。
これ以上、僕とライアの〝ライン〟を踏み越えないようにと思いながら、僕はカウンターの内側でグラスを磨く。
「アイン……オマエ、妙に冷静だな」
「そうか?」
全く、いつもどおりのつもりだったが。
「取り乱すとは思っちゃいないが、もう少し反応があるモンだと思っていたぜ」
「そこまで、子供になりきるつもりはないさ」
むしろ、僕にはその辺の感情が欠落している部分にこそ、問題があるように思えるし。
「まぁ、……オマエが、あいつが死んでもマトモでいるってのを確認できただけで、今日は十分だよ」
「そうかい」
カウンターとウイスキーのグラスを挟みながら交わすのは、そんな会話。
いつものように僕の調子を確認する会話は、気を遣われているというありがたみの反面、鬱陶しくも感じる。
しばらくして、グラスの中身と、サービスで出したつまみの皿を空にした親友は席を立つ。
「お代はここに置いておくぞ」
「あぁ……って、今日は早いんだな」
思ったことをそのまま言うと、ライアは照れたように笑う。
「今日はクリスマス・イブだからな。その辺のかわいい子を引っ掛けて、少しは華のある日にしてぇんだよ」
「そうかい、そうかい」
このまま放っておくと猥談にまで持ち込まれそうだったので、さっさと悪友を外に送り出すことにした。
スイングドアを開けた先は、毎年そうであるように冷気が渦巻き、体を震わせる。
「……なぁ、アイン」
「何だ?」
ぽつり、とライアが切り出した言葉に応じる。
「生きろよ」
「え?」
「ブリスは――あの女は、過程はどうであれ、自分のやりたいことをやって死んだ。だからって、オマエまで死ぬ必要性なんかねぇっつってんだ」
「……はぁ」
「生きるも自由、死ぬも自由だが、オレはまだ、そう簡単に友人を死なせたいわけじゃねぇんだ」
「…………」
「だから、ほら、アレだ……とにかく、生きろ。欲望のままに生きるのも結構だが、少しは考えろ。オレもオマエも、先はまだまだ長いんだから」
「……はいはい」
柄に合わないことを言ったと感じたのか、やけに照れくさそうにボリボリと頭皮を掻きながら小走りに去っていく親友を見送って、僕は空を見上げる。
「曇り空……雪でも降りそうだな」
ランプを白が反射する幻想的な光景。
楽器の代わりに二人で口ずさんだクリスマス・キャロル。
一夜を共にした彼女の青白い肌、わずかに朱を灯した唇。
まるで彼女が呪いでもかけたかのようにそれらは記憶のそこかしこにこびりつき、あの夜を思い起こさせる。
「あぁ……ロクでもない、ロクでもない」
ロクでもない、どうしようもない日々だ。
毎日を煙ったい屋根の下で過ごし、顔を突き合わせるのは酔っぱら内のおっさんか裏社会の人間ばかり。たまにかわいい女がやってきても、だいたいが破滅願望持ちだとすぐにわかる。
ロクでもない、ロクでもない。
彼女のいない世界など、今の僕には無価値に等しいどころか、マイナスにまで振り切ってしまっている。
死なない自分が、今でも不思議で仕方ないほどだ。
だけど。
それでも。
『生きてね、アイン』
『死んじゃだめ、だよ?』
……。
…………。
………………。
「……今度、墓参りにでも行くか」
生きねばならないから。
彼女が最後に、それを望んだから。
初冬の寒さに身を震わせながら、僕は腐りかけのスイングドアを肩で押した。




