4:6の女の子
たまたま参加した、休み時間のおふざけ。 あたしとあんたとあと4人くらいで、次の英語の小テストの点数バトル。 負けるつもりなんて無かった。
結果は私は下から二番目。 10点満点中9点、なんだか納得いかなかった。 他のみんなは余裕の表情、でもあんたは本気で悔しがってる。 10点満点中3点、ぶっちぎりで最下位。 もう勝負にもなってないって。
負けた二人に罰ゲーム、なんて誰かが言い出した。 あたしはジュースでも奢ればいい? なんて適当に言ったんだけど。
今日の夏祭り、二人で行け!
面白半分な提案、でもあたしは面倒で仕方なかった。 ミスして1点逃したことを心底後悔した。 面倒だな、そう思ってあんたを見ればなんでか分からないけどガッツポーズしてる。 意味わかんない、罰を喜ぶなんてバカじゃないの? あたしはそう思ってた。
§
着慣れない浴衣、お母さんに余計なこと言わなければ良かった。 なんだかあたしが気合入れてるみたいで嫌だな。
別にあんたと祭り行くのは嫌ではない。ただの友達だし、特別な感情もないし。 だからこそ、勘違いされるのが嫌だった。 別に皆で行けばいいじゃん、ワイワイ楽しいでしょ? あたしは不満を抱いて待ち合わせ場所に向かった。
近くのコンビニに、背の高いのが立ってる。あたしは別に急ぐこともなくあいつの元へと向かった。
「待った?」
なんて無愛想に聞いてみた。 でもあんたはあたしを見たまま固まっちゃって。 おーい、なんて言ってみても反応は無い。 しょうがないから軽くほっぺた叩いてやった。
「何固まってんの」
「え! あ、いやごめん。 ま、まぁあれだよな。 女の子は色々準備かかるよな!」
あ、絶対勘違いしてる。 あたしは直感的にそう思った。 完全に自分のために準備してきたと思ってる、だから着物なんて着たくなかったんだ。 あたしは機嫌が悪くなって、一人歩き出した。 あいつは後ろから慌てて付いてくる。
お祭りは人混みで歩きづらい。 鼻緒が痛い、やっぱり靴でくれば良かったと思った。 そんなあたしをあんたは気にしながら、いつの間にか前を歩いてる。 まぁ男だしね、そりゃリードするのが常識だよね。 あたしたちは目的もなく夜店を回った。
カキ氷で二人で舌を青くしたり、射的であたしの腕前見せつけたり、高校生にもなって金魚すくいに本気になったり。 来る前の不満は、いつの間にか楽しい時間のおかげで薄れてた。
「美優、足痛くない? どっかで休む?」
あんたは突然そう言った。 楽しい気持ちのあたしには完全に不意打ちだった。
「え、あー、うん。 ちょっと、疲れたかなぁ……」
「じゃあ、あそこで休んでなよ。 俺、なんか飲み物でも買ってくるからさ」
そう言って、あんたはあたしを置いて人混みの中へと入っていった。
ベンチに座って、一息ついて。 さっきの事を思い出して顔が少し熱くなる。 な、名前呼びやがった…… いや、でも別に付き合い長い方だし他意はないでしょ。 そう考えてみても、熱は下がってはくれなかった。
あいつとは気が合う友達。 だから学校では一緒にいることは意外と多い。 「付き合ってんの〜?」 なんて周りは冷やかしたりするけど、あたしもあんたも否定してる。 お互い仲のいい友達、それだけだ。 それだけの、はずなんだ。
考え過ぎのあたしの脳を、あんたの声が呼び起こす。 あたしは慌ててラムネを受け取り、口を塞ぐため、そして熱を下げるためにラムネを勢い良く飲み込んだ。
「吹くなよ?」
隣のあんたは、そんなこと言って笑ってる。また少し、熱が上がった気がした。 ラムネを口から離して 「うっさい」 と一言。 そして再びラムネで口を塞いだ。
時計を見ればもうすぐ花火の時間だった。 あんたもそれを確認してーー 突然あたしの腕を掴んで立ち上がった。
「急ご、始まっちゃう!」
あたしは引かれるまま、走り始めた。 だ、だから…… 不意打ちやめてって!
§
花火を見に来た人達の中、二人して息を切らしてる。 「間に合ったぁ」 なんて笑ってるけどさ、あたし物凄く足痛いんだよ。 走るなら言ってよ、てか…… いきなり腕を引っ張るな。
「お、いたいた」
後ろから聞き慣れた声がして、二人とも振り向いた。 見れば罰ゲーム提案者とその他諸々。 当然ながら、あんたらも来てるよね。 てか、やっぱり皆でくれば良かったじゃん! 笑ってる提案者をあたしは睨みつけた。
「はしもと〜、どうよ? デートは楽しいですか?」
「はぁ! で、デートじゃないし!」
からかって来た男子を軽く蹴ってやった。 いてて、なんて言いながら笑ってる。 くそ、ムカつくなぁ!
「そうだよ。 デートじゃないよ。 俺と橋本は…… 友達だしね」
「えー? うえだぁ、それじゃつまんないでしょぉ」
「ごめん、でも橋本に失礼だからさ。 じゃ、俺らまだ罰ゲーム中だから」
そういって、あんたは歩き出す。 あたしは慌ててそれを追いかけた。
なんか嫌だ。 あいつらにからかわれた事とかじゃなくて。 なんか、なんか、なんか嫌だ。 デートと言われて否定したこと、友達だと言いきったこと、二人でいることを罰ゲームのせいにしたこと。 全部なんか、嫌だった。 あたしは、普通に楽しかったのに。 上田はそうじゃないってことなの?
そんなあたしの頭上に、大きな花火が打ち上がる。 人混みの中、二人で立ち止まって空を眺める。 綺麗だな、素直にそう思った。
「ごめん」
花火が上がるまでの、少しの静寂。 隣から聞こえた言葉に、あたしは上田をみた。
「別に、橋本のこと嫌いではないから。 今日一緒に来れたのも、その……嬉しいし」
こちらをまっすぐ見つめて、そう言った。 その視線は再び夜空に向けられた。 少し明るくなった顔は、どこか赤くなってるように見えた。
そうか。 上田は別に、イヤイヤ来たわけじゃなかったんだ。 そうかそうか、それは良かった。 うん、良かった。
「あたしも上田と来れて嬉しかった」
特に何も考えず、あたしはそう言った。 ……え、なんて言った? あたし今、ものすごいこと言ってしまった? ま、また顔が熱く…… 恐る恐る、上田の顔を見る。 ……花火の音で、聞こえなかったかな? 上田は空を見上げたままだ。 あたしは少し安心し、夜空の花火を見上げた。
あたしの掌に、不意に指が触れた。 ……偶然? でも、離れる気配はなくって。 二人とも、視線は夜空に向けている。 気づいてない? そう思ったけど。 上田の掌は、あたしの掌に優しく重なった。 ゆっくりと、握り締める。
あたしはそれに応えるように、握り返す。 きっと誰にもばれていない。 二人だけの、秘密。
不意に目があって。 上田があたしを見つめながら、口を開いた。
夏の終わりを告げるように、花火の音が鳴り響く。 夏の暑さを冷ますように、秋の訪れを感じさせるように。 優しい風が吹いている。
それでも。 重なった掌の熱は、まだまだ冷めることはないみたい。