(10):5 の女の子
好きって気持ちは、隠さなきゃ。
幼馴染の隼人はいわゆる人気者、主に女子から。 私はいわゆる独り者。 隅っこでキョロキョロ周りを気にするタイプだ。
幼馴染という典型的な関係は、私に恋心をすんなりと植え付けた。 かっこいいし、優しいし、気が利くし。 惚れるな、と言う方が無理難題だ。 でも隠さなきゃいけない、この思いは。 だって……
「洋子ちゃんさぁ、隼人に近寄らないでくれないかなぁ? ほら、分かるでしょ? 雰囲気ってやつ」
え、近付いてないんですけれど。 いや、分かってるんだけどね。 きっと隼人が私のことで何か言ったんだ。 それを聞いて面白くないんだよね、きっと。
そんなことを、女子グループの中心人物らしき人に呼び出されてまで言われてる。 まぁ仕方ない、これも幼馴染の宿命なんでしょうから。
「うん、ごめん。 隼人くんには近付かないから。 安心して」
「ほんとにぃ? とか言って、隼人に言われたらすんなり行っちゃいそうじゃん。 あんた、簡単そうだし」
ぐぬっ。 か、簡単とは失礼な。 まぁでも隼人に誘われたらドキドキもするし行く気満々になる自身はあるけど。 そりゃ仕方ないじゃん、あなたと同じく恋してるんですよ、私も。
でも、恋してるから隼人の迷惑にはなりたくないんだよ。 勝手な気遣いで、ネガティブ思考なのは分かってるけど。 それが私なりの隼人との付き合い方なんだ。
§
とある美術の時間。 たまたま、本当にたまたま。 隼人と私がお互いの似顔絵を書くこととなってしまった。 隼人のお友達が「男同士とか気持ち悪りぃ!」 なんて言っちゃったからだ。 なんてありがた迷惑なハプニングなんだろう。 ギリギリまで拒否したけど……
「洋子。 いいから来いよ」
なんて、隼人が悪魔のささやきをしちゃうから。 そんなの行くに決まってるじゃん! 周りの(主に女子) の視線が痛くて仕方ないけど、隼人が誘ったんだし! 私からじゃないんだから! と言い訳しながら現在隼人と向かい合わせになってる。
緊張するなぁ。 もう10年以上の付き合いだけど未だに慣れない。 だってひたすら片想いだし。 長いこと『好きな男の子』 なんだし。
…… 隼人は、どうなんだろ? 今も昔も、変わらず『幼馴染の女の子』 なのかな? そう考えると、結構辛いなぁ。 中学までは結構話せてたけど、高校入ってからさっぱりだしなぁ。 おんなじ高校だって知った時はガッツポーズしたけど、現実甘くないよなぁ。 だって実際、連絡先も知らないし……
「洋子、書けた?」
「へ? あ、いや、その……」
「ぼーっとして。 俺なんか見てない感じだったけど」
そう言って隼人は笑ってる。 いやいや、バッチリ見てたんですよ。 隼人を見ながら、ぼーっとしてたんですよ。 なんて言えたら私、すごく幸せなんだけどなぁ。 美術の時間、延長しないかなぁ……
そんな私の思いも届かず、無情にも鐘の音が鳴り響く。
「よーうーこーさーんー? はやとぉ、ちょっとだけ洋子さん借りてもいい?」
「……なんかするの? 」
「んーん! ちょーっとお話しするだけだよ〜」
そう言って、ニコニコしている女子グループのリーダーさん。 その笑顔に優しさはない。 作り物の笑顔だ、スマイル0円だ。 この後起こることが容易に想像できる。 し、しまった…… どうしよう。
§
「あんたさぁ、マジなんなん」
「隼人に近付かないって言ったんでしょ?」
「ほんと、卑怯だわぁ」
なんで3対1なんでしょうか。 まぁでも当然か、隼人を好きな女の子は沢山いる。 好きの度合いは違えど、隼人は人間的に好かれやすいからね。 さてさて、この状況…… どうしようか。
「あの…… あ、あれはその。 お、岡元くんが変なこと言い出したから! そ、それで仕方なく……」
「うっわ! 人のせいにしたよ! どーせあんたが岡元になんか言って変わってもらったんじゃないの?」
「マジで⁉︎ うわ、腹黒じゃん!」
腹黒なのはどっちですか。 ラッキーと思った私に言う権利ないかもですが、隼人の前では猫かぶりなあなた達の方がどす黒い腹をしてると思われますが。
「あ、あの。 と、とりあえずごめんなさい。 もうあんなことないようにしますから」
そう言って、私は頭を下げた。 謝る必要も、頭を下げる理由も正直分からない。 でも、私が変に反発したら隼人の迷惑になる気がしたから。
「ほんとだよ。 いい、あんたはおとなーしく教室の隅っこにいればいいの。 隼人とは釣り合わないし、似合わない」
……釣り合わない、かぁ。 似合わない、そうかもね。 でもそれは、あなた達には言われたくない。 もしそれを言っていい人がいるなら、それは隼人だけだ。 私はなんだか、悔しくなってーー
「あ、あの! は、隼人だって、思ったこと、やりたいこと、あると思うんです!」
「は?」
「み、皆さんは。いつも隼人に近い距離にいて。 そ、それは友達だから当たり前、なんですけど。 で、でも! は、隼人は拒否とかしないし、誰でも受け入れる優しいところがあるから。 えっと、つまり、その……」
「は、隼人だって! その…… は、話したい人と話したり、したいんじゃないかなぁ、とか思ったり……思わなかったり」
うわぁぁぁ。 ぜ、全然まとまりない。 何が言いたいか伝えられたかな?
「なにそれ。 私たちが隼人の迷惑になってるって言うの⁉︎」
「てか、話したい人って。 なに、自分がそうだとか言いたいの?」
「てか、いきなり呼び捨てとか調子のんないでよね!」
わぁぁぁ、すっごい怒ってるよぉ。 ど、ど、どうしよう。 だ、誰か……
「そのへんにしとけよー」
突然聞こえた声。 その方向をみんな一斉に見る。
「……岡元くん?」
「洋子ちゃん、怖かったでしょぉ? ほーんと、女の裏の顔は怖いねぇ」
そう言って、ニヤニヤしながらこちらへ歩いてきた。 た、助かった、のかな? でも…… 正直、頼りないよぉ。
「岡元、なに? 今、大事な話してるんだけど」
「なに? 洋子ちゃんへの嫉妬ぶつけるのがそんな大事なの?」
「はぁ? こんなのに嫉妬とかありえないし」
「ふむふむ。こんなの、ですか」
「おーい、洋子ちゃんこんなの扱いだってよ!」
岡元くんは、急にそう叫んだ。 叫んだ方向をみて、女子グループの三人の表情が固まった。
「洋子、大丈夫?」
「う、うん。 へ、平気です」
「そっか。 ……でさ、なにしてたの?」
「え? ……あの、ほら! わ、私たちただ、隼人の良さについて話しててさぁ」
ぎこちない笑顔で、リーダーさんは話し出した。 …… きっと、冷や汗が半端ないだろうなぁ、と思った。
ちらっと、隼人の方を見る。 いつもと同じ優しい笑顔だ。 良かった、不快な気持ちにさせてなくて。 後はこのまま、消え去れば……
私はそう考えて、ゆっくりと後ろに下がる。
「洋子、教室まで一緒に行こう」
そう言って、隼人が私の腕を掴んだ。ちょ、バカバカバカ! こんな状況でなにしてるの!
「い、いや。 ひ、一人で戻りますから」
「なんで? おんなじ教室だし問題ないでしょ?」
問題ありありだよ! てか、すっごい見られてるから! ちょ、本当にダメなんだって!
「なんで! 隼人、そんなやつにまで優しいの⁉︎ おかしいって! 釣り合わないじゃん、そんな暗い女! あたしらとは真逆じゃん!」
リーダーさんが、突然大声でそう言った。
そうなんですよ、隼人。 そういう色々な事情で、私と隼人は住む世界が違うんですよ。 隼人は中心なんですよ。私は蚊帳の外まで行かずとも、中心からは程遠い位置なんですよ。
未だに腕を掴んだままの隼人をチラッと見る。 なぜか、不思議そうな顔してる。
「釣り合わない、とか。 真逆、とかさ。 誰かが決めたの?」
「……え?」
「俺にはそう言うのよく分かんない。 単純に、俺にとって洋子は洋子だから。 俺と釣り合わないとか、真逆とか思わない。 洋子は、俺の大事な幼馴染だから」
そう言って、隼人は私の腕を引く。 それを「待てよー」 なんて、岡元くんが追いかけてくる。
隼人は私を幼馴染と思ってるのは分かった。 じゃあね、もしもね。
私が「好き」って言ったら、なんて答えてくれる? 変わらずに『大事』 と想ってくれる? こうやって、腕を引いていてくれる?
怖がって出てこない、私の本音。 その本音を包み込んでる殻を破るのはさ。
どうやったって、隼人にしか出来ないんだよ。
幼馴染設定は、ベタですかね?