10:=10 の女の子
「あの、芦原くん。 その…… 好きです!」
放課後、校舎裏での精一杯の告白。 心臓早い、顔見れない。 沈黙嫌だ、何か喋って〜! でも断られたら泣いちゃうかもしれないから出来ればオッケーと言って、なんてワガママ抱えて返事を待ってる。
「うん、僕も木下さんのことは好きだ。 付き合うのは問題ない、こちらこそよろしく」
返事は私にとって一番嬉しいものだった。 でも結局泣きそうになってる、どんな結果でも涙は堪えられなかったんだ。 でもこれは嬉しい気持ちの涙だからいいんだ。
「ほんと? 本当に、いいの?」
「え? ……付き合うのが君に迷惑なら断るけど」
「んーん! 全然、むしろ嬉しい。 ……ははっ。 良かったぁ……」
落ちそうな涙を指ですくいながら、自然と顔は嬉しくて緩んじゃう。
「…… その顔は、理由の一つになりそうだな」
「何か言った?」
「いや、何も。 じゃあ帰ろうか、途中まで一緒だし、送るよ」
そう言って、私に手を差し伸べてくれた。すっごい幸せ、好きな人と気持ちが一緒なんてそれだけで夢みたいだ。 こんな夢みたいな時間、いつまでも続けばいいなぁ……
私はその時、本気でそう思ってた。
§
……三ヶ月後。
「芦原くんの気持ちが分からない……」
現在、机に倒れこみながら私は頭を抱えていた。
「なーにそんな悩んでんのよ。 絵美、あんたバカなんだから。 生まれ変わりでもしない限り悩んでも仕方ないでしょ、バカなんだから」
「バカって二回言った! ねぇ、そんなバカなの私は!」
「うーん、たまにドジっ子アピール? って思うことがあってイラっとする時はある。 でもそれが自然と出来るから大丈夫なの…… って心配になるくらいバカ」
「うぅ、親友をそこまでけなすかね」
「で、何をそんな足りない脳みそで悩んでんのよ」
秋香は心配してくれてるんだろう。 まぁストレス発散もぜっったいに含んでるけど。 私は唸りながらも相談してみることにした。
「うぅぅ…… あのね。 芦原くんと付き合って、三ヶ月なの」
「あー、なに幸せ悩み? うわぁ、爆ぜてよマジで」
「ち、違うんだって! その…… 幸せではあるんだけど……」
「そのモジモジした女の子らしさアピールみたいなの、マジ爆ぜて」
「だ、だからぁ。 その、ね。 さ、三ヶ月経ったんだけど、何も……変わらないと言うか」
「え、何二人の愛は変わらぬままみたいなこと言いたいの? うわぁ、バカなのに変に凝っててウザいわぁ、爆ぜて」
「秋香ちゃん。 彼氏とさいきんーー」
「それ以上言う度胸ある? あるなら言いなさい」
冷徹な眼差し、みたいに言うのだろうか。 とにかくこの場の温度が本当に下がったみたいに感じたので、私はそれ以上は言わずにーー 思いきって悩みを口に出してみた。
「…… 上手く言えないけど。 悪い意味で、付き合う前と何にも変わってなくて」
「なに、チューもしてないんかい。 つまんないの」
「そ、その。 こ、この前ね! そ、その…… き、き、きkissをしそうになな、なったたんですよ!」
「なんで発音良くなったよ」
「そ、そしたらね……」
§
休日に二人でDVD鑑賞。 本当は映画館デートでも、と考えたけどお互い見たいものも無かったので。 結局芦原くんの家にお邪魔して、お家デートとなった。
「今日父さんも母さんも帰ってこないからさ。 最悪泊まっても問題ないから」
そんな爆弾発言を玄関でされた私は、その後のDVDの内容なんて入ってくるはずもなく。
ドキドキしたまま、ただテレビの方を見てるだけだった。
終わった。 内容、まったく分かんなかったけど。 恐る恐る隣を見ると、目が合ってしまいーー 芦原くんの身体がゆっくり近づいてくる。
「あ、しはらくん?」
「動かないで」
低い声、やっぱり男の子だ。 いつもクールで、でも少し顔は幼くて。 ……なんて思ってたのがバカみたいだ。 今、目の前の男の子は私を真剣に見つめてる。 私の顔に、そっと手が触れる。 そこで私は思わず目を閉じた。
きゃぁぁぁぁぁぁ! あ、芦原くん意外と肉食系だったの! クールに見えてじょ、情熱的な恋愛思想なの⁉︎ うわぁぁ、手が顔に触れてるよぉ! ボディタッチなんて慣れてないよぉ、芦原くん手とかあんまり繋いでくれないしなぁ。 てか、ど、どうなるの。 私はどうなるの? ど、どうしちゃうのぉぉぉ!
「木下さん」
気持ちの準備が出来ずに、心臓はドキドキしたままだ。 芦原くんの声に、ゆっくりと目を開けてみる。
「これって、もしかして付けまつ毛と言うもの?」
そう言って、不思議そうな顔で私のまつ毛に軽く触れている。
「え、も、もしかしなくても……付けてるまつ毛です……」
「ふーん…… 似合わなくはないけど。 僕はあんまり好きではないかも」
そう言って、離れてしまった。 つ、付けまつ毛が、気になってたんですね。 お、お姉ちゃんに聞いて頑張ってみたんですが…… というか、え、お、終わりですか?
「あ、芦原くんはさぁ」
「うん、なに?」
「わ、私のどんなところが、す、好きですか?」
「……ああ。 それはーー」
§
「とりあえず好きだけど理由が定まらないから今求めてみてる、と」
「絵美、別れなよ。 あいつ絶対おかしいって」
「や、やだよ! そ、そんな簡単に出来ないって」
「だって変じゃん。 この前もさぁ、あんたの弁当から卵焼きパクって『うん、この味は好きだ』なんて言うやつじゃん!」
「あれは個人的に嬉しかったんだけど……」
「だぁぁぁぁ! もう!」
秋香は突然私の肩を掴み、顔を近づけてきた。
「あのねぇ、あーゆうのは絶対大事にしてくれないの。 そのくせこっちが素っ気なくしたら告白された立場利用してあんたを責めてくんのよ!」
「……まるで経験があるみたーー」
「わ、か、れ、な、さ、い」
こ、怖いよぉ。 心配してくれるのは嬉しいけど。 でも、いくら秋香の言葉でも、これだけは譲れないんだ。
「やだ、別れないよ。 芦原くんが私のことをなんとも思わなくなるまでは、別れない」
「……なーんでそんなにあいつが良いのかなぁ。 なに、弱みでも握られてんの?」
弱みなんて握られてない。 そんなこと、芦原くんはしない。 そんなんじゃなくて、これはそうーー 恩返し、みたいなもの。 まぁ、今は単純に好きなんだけど。
「木下さん」
聞き慣れた声が後ろから聞こえて、私は瞬時に振り返る。
「調子悪いの?」
「あんたのせいでな」
「ちょ! あ、あははぁ。 だ、大丈夫だよぉ、元気元気!」
(誤解招くこと言わないでよぉ!)
(あん? あんなやつにあたしの絵美を任せられるかっての!)
秋香の今にも飛びかかりそうな気持ちを必死に抑えながら、芦原くんには若干引きつった笑顔を見せた。
不意に、芦原くんが私の顔に手を伸ばす。
「あ、あの……」
「まつ毛、取ったんだ」
「あ、はい。 ど、どうでしょうか……?」
私は顔を上げられないまま、芦原くんの手の感触で顔が熱くなっていた。 ぜ、絶対バレてる……
「うん」
そう言って、芦原くんの手が離れる。 私は釣られるように、その手を追うように顔を上げた。
「やっぱり、そのままの方が僕は好きだな」
待っていたのは、芦原くんの優しい笑顔。 そんなの、ズルイよ。 そんな風に思いながらも、私は視線を外せずにいた。
「次、移動だから。またね」
そう言って、芦原くんは行ってしまった。
「この……… ジゴロめーー!!!」
秋香がなぜか悔しそうな顔しながら、 迷惑なんて考えてないと言わんばかりの大声を叫んでた。
三ヶ月経っても、芦原くんの気持ちはよく分からない。 きっと振り回されてる、というんだろうな。 でもね、一個だけ分かったことがあるんだ。
§
「理由、ですか?」
「そう。 木下さんのことを好き。 その答えは出てるんだけど、なんでその答えが出たのかが分からないんだよね」
「は、はぁ……」
「つまり……」
a+b+x+y+5=10
「こういう感じかな。 『好き』と言う感情を10として、僕はそれを先に出してしまったんだ。 だから正直どんなところが好きか、と聞かれたら困るんだ」
む、難しいというかぶっちゃけなにを言ってるか意味不明というか。 と、とにかく……
「わ、私のことは好き、なんでしょうか」
「……うん、まぁ。 それに、好きでもない子を家には呼ばないよ」
少し照れ臭そうに見えて、私はちょっとキュンとした。 レアな芦原くんを見れて、ちょっと嬉しい。
しかし、難しい考え方もあるんだなぁ。 恋なんて、好きか嫌いか、それだけだと思うんだけど。 やっぱり頭が良い人は違うのかな?
そう思いながら、芦原くんの書いた暗号文を見る。 …… ふと、気になって聞いてみた。
「この『5』って、なんなのかな?」
「……ああ、それはーー」
君の笑った顔が、一番の理由……みたいだ。
耳まで真っ赤にしながら、芦原くんはそう言ってくれたんだ。