10:10の男の子
「圭介、少しは勉強しなよ」
「は! こんなん覚えても将来使わねぇし!」
「そんなことも覚えられないなんて圭介は将来使えない大人になるんじゃない?」
こんなやりとりが日常。 そんな彼女を大好きなのが、俺の通常。
§
一年の頃からクラスは同じ。 仲良くなったきっかけは、たまたま席が近かったから。 結構人見知りみたいで、最初はオドオドしてた。 それを面白半分で話しかけたらなかなか面白い子だったわけだ。 それからどんどん仲良くなって、2年になってもクラスは同じで、すげー嬉しくて。 今も変わらず仲はいいけど、もうすぐ3年生になるからクラス替えが少し怖かったりもして。
今はお互い隣同士。 彼女を、鈴を見つめる日常だ。 授業中の真面目な顔にときめいてみたり、笑える話で楽しませて、笑顔に見惚れてみたり。……手鏡取り出して、前髪を気にしてる姿を見て「誰か意識してんのかな?」なんて些細なことでへこんでみたり。 そんな日常。
好きって言いたい。 黒川 圭介は渡井 鈴を好きなんだー! って黒板に誰か描いてくんないかな…… そんな他力本願するくらい、実際の俺は意気地なしだ。 鈴の気持ちなんて分からない、実はめんどくさくてうるさくてウザい男、なんて思われてるかもしれない。 そう考えてしまうと告白なんて出来るわけない。
だって、拒否されたら…… もう俺の高校生活、いや生活のリズムの中で鈴の存在は大きいわけで。 それが無くなるかもしれない、そんなのほんと無理。 泣くわ、普通に。 だから、告白はしない。 しない、けど……ちょっとだけ、勇気出す。
§
「原。お前さ、妹いたよね?」
昼休み、学食にて親友の原に相談を持ちかけた。
「ん、いるけど」
「……一生のお願いだ、妹さんをくれ!」
「……なかなかデンジャラスな発言だな。 確かに一生をかけてもらえるなら兄としては嬉しいけど。 うちの妹、まだ中1だぞ?」
「大丈夫! 中学生は意外と好きだ!」
「その発言は時と場合を選べよ。 ……んで、結局要件は何? まさか本当に俺の妹が欲しい、って意味ではないだろ?」
「……実はーー」
§
学校が終わり、俺は原の家にお邪魔していた。
「おかえりー。 ……おにいちゃん、お友達?」
「ああ、中学生が大好きとか危ない発言する友達だ。 お前も気をつけろよ」
「だ、だからそれは誤解だって!」
必死に否定する。 これを成功させるためには妹さんの協力が必要不可欠である。 変に警戒されるのは避けなければ!
「それじゃ、圭介さん? 早速始めましょうか!」
妹さんに連れられるまま、俺はリビングへと向かった。
「……と。 まぁ手順はこんなものです。 私も手間のかかるものはあまり出来ないですが、これくらいなら圭介さんでも出来るかと。」
「うん、分かった。 よーし、やってみるぜ!」
教えられるまま、慣れない手つきで作ってみる。 鈴のため、と思ってみれば自然と本気になれるもんだった。
「好きな人に渡すんですか?」
「へ⁉︎ い、いやその……」
妹さんの突然の発言に物凄い動揺する。 「手は止めない!」なんて注意された。
「その、好きと言うか。 だ、大事なやつ、なんだよ。 だからたまには、こう……いつもありがとう、みたいな? と、友達への感謝的な!」
「ふーん」
そう言って、妹さんの顔がわっるい笑顔になった。 くそ、なんか悔しい。 てかその顔兄貴にそっくりだぞ、さすが兄妹だな。 そんな会話が聞こえていたのだろう、ソファーでくつろぐ原がこちらに向けて話し出した。
「そいつはね、2年間も片想いしてるくせにまったく進展しない困ったちゃんなんだよ。 意識してるくせに素直になれない、少女漫画のヒロイン的男なんだよ」
「そーなんだ。女々しいですね」
ぐっ。 原兄妹のダブルパンチはとても強力だな。言い返してやりたいが、機嫌を損ねるわけにはいかない。 我慢、ガマンだ俺!
§
「……ど、どうでしょう」
「うん、悪くはないと思います。 初めてにしては上出来かな」
「おお、たいして取り柄のないお前にしては上出来だろ」
最後まで毒を放つか、こいつは。 まぁしかし、なんとか完成だ。あとはこれを鈴に…… そこで俺は固まってしまった。 あれ、そういえば。
「……原、これって俺1人で渡さなきゃいけないの?」
「何を当たり前のことを」
「……ついて来てーー」
「甘えんな、頼るな、ビビるな、当たって本当に砕けろ」
「ふふ、圭介さんホントにチキン野郎ですね」
「は、ははは……」
明らかにバカにされたのは分かったが、俺はその時鈴にこれを渡す状況を考えるので精一杯だった。
§
「じゃあな。 2人とも、ホントありがと」
「渡せないに100円」
「じゃあ私は渡せないに50円」
「いやそれ賭けになってないし」
なけなしのツッコミを入れて、俺はトボトボ帰路についた。
「……圭介さん、大丈夫かなぁ?」
「大丈夫だろ」
「お兄ちゃん、そんな他人事な。 友達なんでしょ?」
「大丈夫だって。 あいつらにはただきっかけが無いだけだから」
§
お腹痛い、朝から絶不調。 この日をこれ程意識したのは初めてだ。 鈴はまだ来ていない、カバンの中の物をあらためて確認し、また緊張が押し寄せてくる。
「圭介、おはよ」
不意に上から声が聞こえ、顔を上げる。
「お、おはよ。 き、今日は早いな」
「え、普通じゃない?」
鈴は不思議そうにこちらを見る。 ちょ、見んな見んな、いま俺、今年度最上級の緊張を背負ってんだから。絶不調だから、いつものキレが無いから。
「けいすけ〜」
この声は。 見れば、教室の入り口でこちらに手を振る原の姿。 た、助かった。 そう思う俺をよそに、原はこちらに向かってくる。そしてーー とんでもない爆弾を落とした。
「 ハッピーバレンタイン! これ、妹からお前に。 昨日は楽しかったですよ〜、今度また来てくださいね〜、だってさ」
そう言って、俺は小さな紙袋を受け取った。……えっ〜と、これはーー
「良かったじゃん、今年はもらえて」
あらぬ方向から声がした。恐る恐る横を見れば、鈴が笑っている。
「え、いやこれは……」
「圭介、今年も貰えないかもと思って作ってあげようか迷ったけど、作らなくて正解だったみたいだね」
「あの、鈴さん?」
「でも、中学生かぁ。 圭介、年上としてリードしてあげなよ? 」
まずい、泣きそう。 違うんだって、これはそう、社交辞令的なものなんだって。 だから、だから…… 俺はそこで立ち上がりーー
「ち、違うんだー!」
そう言い残し、俺は教室から逃げ出した。
§
昼休み、 学食にて。
「圭介、顔死んでるよ」
「もういっそ殺してくれよ…… てか! お前が余計なことするから!」
「ほう? 俺が行かなければ今頃すんなり渡せていたと? ふーん、圭介くんおっとこまえだなぁ」
「ぐっ。 で、でも流石にヒドイだろ」
「あのなぁ、むしろあの流れでお前も渡せば良かったじゃん。 渡すだけなら出来ただろ? まぁ気持ちは伝わらないだろうけど」
そう言って、のんきにラーメンをすする。こいつぅ、美味そうに食いおって! 俺はもう食欲わかないくらい絶不調だっつうのに!
「んで。どうすんの」
「……がんばって、渡す。 せっかく作ったのに、渡せないのは結構ツラい」
「ふーん、まぁがんばれ」
「おお!」
俺は気合を入れ直し、目の前の親子丼を無理やりかきこんだ。
§
……わー。時間の流れは早いなぁ、もう掃除のお時間じゃない。 てかマジでやばい。やばいやばいやヤバイスト。 ヤバイが最上級だよマジで。
いやだって、鈴の態度があまりにも普通だからさ。 これはそれとなく渡せるとか考えてたのにさ、タイミングがさ……
「じゃあ渡井さん、ゴミ捨てよろしくねぇ」
その時聞こえた。 見れば、鈴がゴミ袋を両手に持ってる。 よく見れば鞄も。 そのまま帰る気か、じゃあこれ逃したらーー
「鈴!」
教室を出た鈴を、俺は呼び止めた。
「圭介、どしたの?」
「その、あれだ。 ご、ゴミ捨て手伝うぞ!」
「いいよ、私結構力あるし」
「……だー! もう、一個貸せ! ほら、行くぞ!」
そう言って鈴のゴミ袋を一つ奪い、俺は歩き出した。
§
「よし。 ありがとね、わざわざ手伝ってくれて」
「お、おう。 こんなん楽勝だし!」
……沈黙。 この後の流れはあれだ、じゃあねでバイバイパターンだ。 しかし、俺の鞄には大事なものが入ってる。 それを渡せずして何がバレンタインて話だ。
「鈴、あのさ……」
「付き合うの? 」
「へ?」
唐突な質問。 なんのことだかさっぱり分からなかった。
「その…… 原くんが、そんなこと言ってたから。 妹が、け、圭介のこと気に入った、みたいな」
あ、あのやろー‼︎ 何をデマ流してんだ、それもよりによって鈴に言うか普通⁉︎ どんだけ性格悪いんだよ!
「いや! 無い無い、ないから! だって俺は……」
鈴のことがーー
言いかけた言葉を飲み込んだ。 あー、もう! 考えてた段取りと全然違う! 本当はもっと落ち着いた雰囲気で渡したかったのに! そう思いながら鞄の中から、チョコを取り出した。
「す、鈴!」
「は、はい」
「ば、バレンタイン、おめでとー!」
そう言って、目の前に差し出した。 怖くて顔見れないわ。 え、てかなんか言ってくれよ。 沈黙マジ勘弁なんだって!
「……義理?」
鈴はそう言った。 こちらをまっすぐ見て、真剣な表情で。 な、なになになに? え、これどう答えんのが正解?
「……ほ、ほん……」
「ほん?」
「……との友チョコ。 ほ、本当に大事な友達だから。 その、鈴が嫌じゃなければ、こ、これからもよろしくお願いします?」
何言ってんだ俺は。妹さん、俺は本当にチキン野郎みたいです。
「……ふふっ。分かった、ほんっとの友チョコね。 ……嬉しい、ありがと」
そう言って、鈴は笑った。 いつもの鈴の笑顔だ、そう思うと泣きそうになった。
「そ、そっか。 良かった良かった! じゃ、じゃあ俺はこれで……」
泣きそうなのと、恥ずかしさがあったから早くその場を立ち去りたかった。 渡すことは出来たし、一番伝えたいことは言えなかったけど。
「待って」
鈴はそう言って、鞄から何かを取り出した。
「……何それ」
「その。 圭介、貰えないと可哀想だなって。 その、ほ、本当の、友チョコだよ」
「え、あ、うん……」
「……手作り初めてだから、自身無いけど」
「ん? なんか言った?」
「なんでもない。 ほら、いらないの?」
……ははっ。なんだこのサプライズ。 スッゲー嬉しい。 俺はそれを受け取ってーー
「しょうがないから、貰ってやるよ!」
なんて、笑いながら答えた。 素直じゃないな、でも今は、それでもいいか。
……その笑顔は、反則でしょ
もう、降参だよ……