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結衣のライバル

 個室へ戻った結衣はとても興奮していた。憧れの遼はやはり素敵な人だった。今まで想像だけで描いてきた小説も、これでペンが進む。


「とても満足しているようね。アユミさんに相談して良かったわ」

「お母さんには感謝している。また会わせてもらえるよね」

「遼くんは何て言ったの?」

「会いたいって言ってくれた」

「凄いじゃない。会話が弾んだのね」

「うん、とてもいい人だった」

「私からアユミさんに話しておくわ」

 この一言が結衣の中で、非常に気に掛かった。


「アユミさんはどうして私と遼を会わせたんだろう?」

「私達の熱意が伝わったんでしょう」

「もしあの二人が交際していたとしたら、本当は会わせたくないはずよね」

「結衣、それは勘ぐり過ぎ。アユミさんはそんな人じゃないわよ」

「それはわかっている。けど……」

 結衣は遼と会って、初めてアユミのことを意識した。何だか不思議な気持ちだった。


 アユミ。本名井上亜由美。緑ヶ丘高校バスケ部主将。チームを全国大会出場に導いたキャプテンシーを持つ。とても華やかな経歴の持ち主である。何から何まで結衣には及ばない。そんな人が遼の前にいる。恋をしたってかないっこない相手である。

 結衣はネットでアユミを検索して、深いため息をついた。彼女の評価は絶賛ばかりだったからだ。


「何ため息ついてんだよ。いつもの結衣らしくないね」

 結衣が見つめると、荻野和久が立っていた。彼は結衣と同じ病棟にいる患者である。

「私だって落ち込むことはありますよ」

「どうして落ち込んでいるの?」

「何でもいいじゃん。あんたには関係のないことだよ」

 冷たくあしらわれて、和久は反撃する。


「憧れているバスケの遼のことかな」

 結衣の顔色が変わった。どうやらビンゴのようである。普段から結衣は和久に、遼のことを熱く語っていた。だから和久も詳しかったのだ。


「ほら、当たった。遼、ケガしてしまったんだよね。気の毒だね」

「そう、ケガしてこの病院に運び込まれたの。私、彼と会ったんだ」

「ええ、本当に?」

 目を大きく見開いて、和久は驚いた。

「とてもいい男だったよ。私がカズに話した通りの人だった」

「それは良かったね。それは何より」

 和久の表情は引きつっていた。しかしすっかり舞い上がっている結衣は気づかない。


「遼に会ったのなら、小説作りはうまくいきそうだね」

「それはまた別。思った通りにはいかないわよ」

 遼を題材にして結衣が小説を書いていることも、和久は知っていた。叶わぬ思いを小説でと言ったところだが、現実に会ってしまったらどうなるのだうと和久は思っていた。


「その小説の中に、俺は存在しているの?」

「カズ?そりゃもちろん登場するわよ」

「どんな設定なの?」

「遼の親友。何でも相談できる相手っていう設定。なかなかいいでしょう?」

「小説の中では俺はあいつの親友なのね」

 和久は首を傾げる。出来れば遼の恋敵役にしてほしかった。それなら現実に近づけたのに。


「最近体の調子はどうなの?」

「一進一退だよ。良い日もあれば、悪い日もある。こればかりは神様が決めることだから。俺は最善を尽くすだけだよ」

 和久は結衣がここに来た時から、もう既にいた。彼に励まされたことが何度もある。同じ年齢ということもあり、話もしやすかった。

「早く良くなるといいね」

「結衣こそ。早く退院できたらいいね」

 二人は笑っていた。結衣は和久の前だと、とてもリラックスできた。


 遼が入院して四日目が過ぎた。ようやく母親の奈津子が病院へ姿を見せた。普段は生命保険の営業の仕事をしていて、忙しい。


「本当にごめんなさいね、アユミちゃんには迷惑を掛けてしまって」

 さっそく奈津子は、アユミに詫びた。

「いいえ、別にいいんです。私も大会が終わって、ちょうど暇してたところですから」

 本当は全国大会へ向けて、アユミは練習に取り組んでいた。その合間を縫って、アユミは遼の世話をしていた。遼は申し訳ない気持ちでいっぱいである。それなのに奈津子は仕事が忙しいと言って、アユミに頼ってばかりいた。それが不満であった。


「仕事が忙しいんだろ。無理して来なくてもいいし」

「ちょっと遼。それは言い過ぎなんじゃないの」

 アユミが間に入る。しかし奈津子は遼の言い分に、反論はしなかった。

「私が悪いの。私が仕事ばかりに熱入れているから」

 奈津子はいったん反省はするものの、結局は仕事を優先してしまう。だからこうなることは遼も予測していた。


「用が済んだのなら、もう帰ってもらっていいよ。僕は一人で大丈夫だから」

「そう……」

 力なく奈津子は言った。

「アユミちゃん……申し訳ないけど、先に帰らせてもらうわね」

 アユミは小さく頷いた。とぼとぼとアユミの前を通り過ぎていく奈津子。そして病室はいつものように、遼とアユミの二人になった。


「ねえ、遼。あれでいいわけ?」

「これでいいんだよ。帰れって言ったら、本当に帰ってしまうんだからさ」

 呆れるように遼は言った。


「遼、また結衣さんと会ってみる?彼女、読んでほしい本と小説があるんだって」

 アユミからの提案に、遼はうんうんと頷いた。

「今晩は嫌なことがあったから、明日はいい日にしたい。よろしく頼んだ」

「わかった。それじゃ直子さんに伝えておくね」

 アユミは頷くと、二人と連絡を取るために病室を出た。

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