表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/44

遼に会いたい

 古川遼は病室のベッドから外を眺めていた。外に広がる光景は当然ながら何も変わらない。ただただ退屈。右足を動かす自由を失った遼は、絶望の真っ只中にいた。

 

 膝には何重にも巻かれた包帯。当然ながら、明日からの試合出場は絶望。本当に無念である。


 机の上にある一冊のノートを見る。今までの試合で、遼が書き上げてきた研究ノートだ。

試合が終わるたびに、反省点や相手チームの選手分析など、事細かにメモを取ってきた。わずかに試合に出場できる可能性をかけて持ってきたが、これも必要ない。そうだとわかると、このノートが必要ないものに見えてきた。遼はノートを取ると、壁に向かって投げつけた。乾いた音が部屋中に響いた。


「大切なノートを投げたらダメだよ」

 遼が投げつけたノートを拾い上げたのは、同じ高校の女子バスケ部に所属する井上亜由美だ。アユミはノートを机の上へ戻した。


「もうこのノートは必要ないよ。持っていても仕方ないだろ」

「そんなことないよ。これは何かの役に立つかもしれない」

「だったらアユミにやるよ」

「本当に?」

 アユミの目が輝いた。

「俺が持っていても仕方ないし。アユミに委ねるよ」

「それなら私がもらうね。一体どんなことが書いてあるんだろう、読むのが楽しみだな」

「勝手にすりゃいい」

 再度遼は外を見渡した。先程見た景色と全く同じ風景。一体何日この風景を見続けなければならないのだろう。遼は大きくため息をついた。


「明日は決勝戦だよな。早く帰らなくてもいいのか?」

 遼が心配した様子で、アユミに訊いた。

「家にいると不安になるから、ここにいたほうがいい」

「勝手にすればいいよ。どうせ俺はここを動くことができないし」

「それに一人だと話相手がいなくて、暇でしょ?私がいたほうがいいじゃない」

 アユミの言葉には耳を貸さず、せっかくがいるのだから、何か買ってきてもらおうと思案していた。


「アユミ、下のコンビにでおにぎりと雑誌買ってきてよ」

「ええっ、私はパシリじゃないわよ」

「もちろんだよ。でもこの右膝を見てごらん。とても買いに行ける状況ではないよね」

「ううん、もう。わかったわよ、買ってきてあげるわよ」

 アユミは渋々承諾した。遼から代金をもらうと、コンビニへ向かう。


 アユミが廊下へ出ると、見知らぬ女性が一人立っていた。どうやらアユミを見つめているようである。遼の知り合いでもなさそうだし、一体誰だろうか。とりあえず挨拶でもしておこうとアユミは思った。


「こんばんは」

 お辞儀をしたアユミに、女性が挨拶を返してきた。

「こんばんは。あなたは古川遼さんの関係者の方ですか?」

「ええ、そうです」

「では遼さんの交際相手の方?」

 初対面なのにずけずけと尋ねてくる女性。アユミは気分を害したが、頭では冷静に対応しようと試みた。


「交際相手ではありません。彼は友人の一人です」

「そうなんですか。大変失礼いたしました」

 女性は頭を下げると、袋の中から菓子折りを出してきた。

「申し訳ないんですが、この菓子折りを古川遼さんに渡していただけませんか。私と娘からの入院見舞いです」

「私と娘?」

 出された菓子折りにアユミは困惑した。誰ともわからない人に頂いても困る。戸惑っているアユミを見た女性が、異変に気づいた。


「これは失礼しました。紹介が遅れました。私、橋本結衣の母親の直子と申します。今日は入院中の娘に代わって、ここへ来ました」

「入院中の方なんですか?ではここの病院に娘さんが、入院されているんですね?」

 ようやくアユミは理解出来てきた。恐らく遼の入院を何かの媒体で知って、ここに運び込まれてきたことを知っている人物なんだろう。


「そうです、あなたの言う通り。娘は別の病棟で入院しています」

 アユミの予感は当たった。そうであればこの菓子折りは頂いても、問題はないだろう。アユミは受け取ることに決めた。

「ではこの菓子折り、遼に渡しておきます。お心遣いありがとうございます」

 丁寧に挨拶をして、アユミは直子の前を通り過ぎようとした。しかしアユミは再度呼び止められた。

「すいません。一つだけお願いしたいことがあるんですけど、よろしいでしょうか?」

 今度は何の用事だろう。偶然出会った女性に、アユミは時間を取られることになった。



 30分ほど経って、ようやくアユミは戻ってきた。おにぎりと雑誌を買うように頼んだだけなのに、随分と遅かった。だがアユミはやれやれといった表情である。


「コンビニ混雑していたの?」

「ううん、全く。おにぎりと雑誌はすぐ買えたわ。けれども廊下で、女性とすれ違ったの。遼のファンよ。この病院にもあなたのファンはいるのね」

 自分のファンに捕まったということで、遼は何も言えなくなった。アユミが巻き込まれたのは何か申し訳ない思いであった。


「それは運が悪かったね」

「ううん、別にいいのよ。それだけ遼が注目されているってことだから。はい、そのファンの人からの入院見舞い」

「サンキュー」

 おにぎり、雑誌、菓子折りと増えた。何から手をつけよう。退屈しのぎに雑誌でも読もうか。それともアユミと一緒に、頂いた菓子折りでも食べようか。


「そのファンの人から一つお願いをされちゃった。聞いてもらえるかな?」

「協力できることなら応えてあげたいけど」

「なら話すね。実はファンの人、同じ病院で入院していてさ。病棟は違うんだけど、遼と会って話がしたいって言うんだ。一応許可は遼に話してからということにしてもらっている。ちょっと考えてみてくれないかな?」

 アユミからの提案に、遼は驚いた。


「会うのは別にいいけど、その人はどんな人なの?」

「高校生の女の子。私達と同い年って言っていた。私が話したのはそのお母さんだけどね。一応写メももらってきたけど、確認してみる?」

 なかなかアユミは気が利く。会うか会わないか決めずに、さらに写メをキープしてきた。確認してみてやばそうなら、断ればいい。


「じゃ、見せてもらえるかな」

「はいはい、これが会ってほしいと言っている女の子です」

 アユミの携帯を受け取ると、さっそく写メを確認した。写メには、長い髪の女性が写っていて、学生服姿の写真だった。目は二重でパッチリしている。さらに鼻は高くて、口は小さい。ズバリ遼の好みのタイプの女性だった。


「かわいい子じゃん。よくこんな子のお母さんが、俺に会いたいとか言って来たよね。俺は芸能事務所のスカウトじゃないぜ」

 遼の表現に、アユミは笑った。


「どうやら遼のタイプの女性のようね。会ってくれるよね?」

「もちろんですよ」

 遼からOKが出た。さっそく直子に報告しなければならない。


 一方、結衣と直子の二人は緊張した様子で、アユミからの連絡を待っていた。

「会ってくれるかな?突然だから、驚いているだろうな」

結衣が不安がっているので、直子は励ました。

「きっと大丈夫よ。アユミさんが話をしてくれるって言ったから。彼女頼りになりそうよ」

「アユミさんって誰?古川遼の母親?」

「ううん、遼さんの友人だって。同じ高校に通っているそうよ」

「ふーん、そうなんだ」

 結衣の勘からして、遼とアユミには何らかの関係がありそうな気がした。けれどもそんなことは言っていられない。頼りになるのは彼女だけだ。

 そして直子の携帯が鳴る。相手はもちろんアユミだった。緊張した面持ちで、直子は携帯に出た。

 

「もしもし、アユミさん。遼くんは会ってくれるって?ありがとう!」

 

 直子の返答に、結衣は手を叩いて喜んだ。こんな機会はまたとない。直接会えることに結衣は興奮していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ