明と暗
「アユミさんは遼と過ごした時間が長い。つまり遼はアユミさんに安心感を抱いていると思うんです。これはプラスじゃないですか」
「長く一緒に過ごした時間はプラスになるの?」
すがるような想いで、アユミは和久に尋ねた。
「それは人それぞれだけど、遼はアユミさんを肯定的に評価していると思います。今回失恋したことは事実ですけど、諦めなくていいと思いますよ」
冷静に話す和久を見て、アユミは感心していた。この分析は正しいのかわからないけど、妙な説得力がある。
「私、その話を信じてみようかな」
「信じるしかないでしょう」
笑いながら和久は言った。それにつられてアユミも笑った。暗かった気分が、少しだけ明るくなった気がした。ここに来て良かったとアユミは思った。
「二人はまだ付き合ったばかりです。高みの見物で眺めていたらいいじゃないですか」
「凄いこと言うね、和久くん。和久くんは結衣ちゃんの味方じゃなかったの?」
「あはは、そうでしたね。でも今はアユミさんが困っているんだから、相談に乗ったまでです。でもあとは僕はノータッチですよ」
自然とアユミは笑みがこぼれた。
「それでは僕もアユミさんに話を聞いてもらおうかな」
そう言ってベッドの傍にある水を、和久は一口飲んだ。さらに天井を見上げて、深呼吸をした。
「誰にも話さないでおこうと思ったけど、やっぱり誰か一人には話してみたくなった。それがアユミさんで良かったと思う」
和久の秘密?アユミはそう思った。
「僕、両親と主治医の話を偶然聞いてしまったんです」
アユミの顔が険しくなった。けれども和久は構わず話を続けた。
「その話の内容とは僕の容態が順調でないこと。そして僕の寿命がそう長くはないこと」
突然の和久の告白に、アユミの頭は真っ白になった。動揺している様子が、和久にバレバレだ。
「ごめんなさい。急に言われたものだから……」
「当然の動きだと思うよ。僕も聞かされたら、そんなリアクション取ると思うから。だから気にしないで」
和久にフォローしてもらったものの、アユミの動揺は収まらなかった。そういう病気だとは理解していたけど、症状が悪くなっているとは思っていなかった。
「でもどうして私なんかに話してくれたの?」
「一人で抱えるつもりでいたんだけど、やっぱり無理だ。アユミさんの顔を見て、つい話してみたくなった」
正直な感想を和久は述べた。辛い話なのに、和久はホッとしたように見えた。
「結衣さんは知らないの?」
「知らせないよ。あいつが知ったら、元の結衣に戻ってしまう。せっかくいい感じでやっているんですから。くれぐれもあいつには黙っていてくださいよ」
「わかった。絶対に話さない」
重要な秘密を和久と分かち合うことになった。二人に特別な感情が生まれた瞬間だった。
「何か私に出来ることはあるのかな?」
「ありますよ。こうして定期的に会いに来てもらえたら、僕は嬉しいです」
「わかった。来れる時は来れるようにするから」
「ありがとう。とてもうれしいです」
こう約束してアユミは和久と別れた。病室を出た瞬間、張り詰めていた糸がプツンと切れた。足元から崩れ落ちるアユミ。両目からはとめどなく涙が流れてきた。どうしてあんなにいい人が、こんな目に遭わなくていけないんだろうか。やるせない想いでいっぱいであった。
結衣が約半年掛けて書いた小説がついに完成した。例の遼を題材にした小説だ。最初に読んでもらいたい人はもちろん遼である。結衣は遼を呼んで、さっそく読んでもらうことにした。
「ついに完成したんだ」
「やっとだけどね。読んでもらえるかな?」
「もちろんさ。さっそく読ませてもらうよ」
スマホを手にした遼はさっそく結衣の小説を読み始めた。病室では原稿用紙で書いていたけど、それを推敲して新たにパソコンで書き直した。まさか自分が題材にされていたとは思っていなかっただろう。果たして遼はどんな反応を示すのか。
「これバスケの小説だよね?モデルってもしかして……」
「そのもしかしてだよ」
「嘘だろう。オレこんなに格好良くないって」
自分がモデルにされたことを、遼は照れまくった。結衣の小説はほぼ忠実で、ケガから復活して全国大会優勝というところで幕を閉じている。
「全国大会優勝って。現実はまだ大会前だよ」
「遼のチームなら心配ないって。絶対優勝出来るから」
先に小説で優勝予約をされてしまった遼。これにはやれやれといった様子だった。
「後気になったのが和義っていう子なんだけど。これモデルは和久くんだよね」
「そうだよ」
ほぼノンフィクションで作った小説はこれが初めての結衣。小説の中で和久は懸命の闘病を経て退院することになっている。
「現実でも和久くんが早く退院出来るといいね」
「そうだね。私もそう願っている。早くこの完成した小説を和久に見せたい」
「きっと喜ぶと思うよ」
ようやく完成した小説。結衣は幸せな気持ちでいっぱいだった。