待ち時間
アユミがデートの場所として希望したのはテーマパークだった。当初は買い物に行きたいと話していたが、急遽変更になった。言うまでもなくこの周辺で有名な場所といえば、TDLになる。
朝10時TDL最寄り駅、JR舞浜駅。待ち合わせ場所に指定された所へ向かうと、アユミがディズニーのカチューシャを着けて、立っていた。普段とは違うアユミの様子に、内心遼はドキドキした。
「アユミ、ディズニー好きだったんだ」
「うん、そうだよ。話したことなかった?」
すっかりアユミはお姫様気分になっている。今日一日はシンデレラといったところだろうか。果たして遼は王子様になりきれるのだろうか。
「はい、これは遼のカチューシャ。どれか好きなのを選んでね」
袋の中からアユミは、いくつかのカチューシャを取り出してきた。とてもカラフルなもので、眺めているといい。けれども今日はこれを付けなければならない。急に遼は恥ずかしくなってきた。
「別につけなくてもいいよね?」
「ダメダメ。ここに来たからにはその気になってもらわないと」
アユミに促されて、遼は黒のカチューシャを付けた。取り付けたアユミは満足そうだ。
「これで準備万端。あとは楽しもうね」
入園後のアユミは遼を連れて、あちらこちらと巡った。最初は緊張もあって楽しめなかったが、時間が経つに連れて雰囲気に慣れてきた。
「ねえ楽しんでいる?」
アトラクションの順番待ちで、アユミが尋ねた。
「楽しんでいるよ」
「なら良かった。そのカチューシャ似合っているよ」
「そりゃどうも。ところで待ち時間退屈じゃない?平日に来れたら、良かったね」
祝日のTDLは家族連れが多く、当然込み合う。今待っているアトラクションだって90分待ちだ。まわりには携帯を持って、時間を潰している人達がたくさんいる。
「私は全然退屈じゃないよ。こうして遼と一緒にいれるんだから。それに待ち時間は色々なことが話せるでしょう。普段はなかなかないことだから」
言ったアユミは照れていた。しかし遼はスルーする。あえて聞かなかったように。
「アユミって本当にいい奴だよな」
遼がポツリと言った一言に、アユミは激しく反応する。なぜなら遼がアユミについて話すことは滅多にないからだ。結衣のことはたくさん話すのに。
自分のことには関心がないのかと思ってしまう。
「私はいい奴なの?」
「いい奴さ」
「具体的にどういうところがいい奴なの?」
「具体的に聞かれると困るね。何て答えたらいいんだろう。アユミは僕のことを理解してくれているし、僕もアユミのことを理解しているって感じかな。だからわざわざ説明しなくても仕草だったり、表情で分かり合えるというか。まあそんな感じ」
遼からこの言葉を聞き出せただけで、アユミは満足していた。理解しているかどうかはわからないけど、信頼してもらっているのは伝わってくる。
「バスケはいいスポーツだということさ」
「そうだね。分かり合えるバスケは素晴らしい」
バスケを通じて、二人は繋がることが出来た。アユミにとって待ち時間はとても短く感じられた。この時間が永遠に続けばいいと思った。
※
(今日はアユミとTDLに行ってきます。でもこれはデートではないからね。入院でお世
話になったお返しなのです。 遼)
このメールが朝早く来てから、結衣は落ち着くことができなかった。正直に遼が言ってくれたのは嬉しいけど、相手がアユミとなら話が違ってくる。これは間違いなくデートなのだ。焦る思いが募った。
「橋本結衣、ピンチって感じだね」
友人の麻耶が焦る結衣をからかった。
「もう本当マジ勘弁してよ。真剣に考えている?」
「考えているわよ。結衣は彼の本心を知りたいんでしょう?」
「本心?」
「そうよ。遼くんが結衣のことをどう思っているのかということ」
「えっ?別にそこまで知りたくはないな」
弱気な結衣に、麻耶は渇を入れた。
「そんな弱気ならアユミという女性には勝てないわよ。やはりここで何か仕掛けないとね」
「仕掛けるの?たとえば?」
「私に任せなさい。ここで何かアクションを出さないとね」
麻耶は何か考え事をしているようである。うまくいけばいいのだけれど。