憧れの人
『古川遼、ケガで県大会絶望』
今朝のスポーツ紙を読んでいた結衣は、この記事を見つけて唖然とした。すぐさま母の智子に尋ねる。
「ママ、これどういうこと?」
智子は昨日、古橋遼が出場していた試合を観戦に行っていたはずだ。だからこのケガのことは既に知っているはずだ。
「ごめんね。私の口からは言えなかった」
「そうか。私に気を遣ってくれたんだね。それにしてもバッドニュースだね。こんな大事な時に……ショックだな」
応援していた遼のケガに、結衣は落胆した。
「ケガの具合はどんな感じだった?」
「膝をケガしたみたい。担架で運ばれていた」
「それじゃしばらく入院だね。可哀想だな」
長い療養生活を続けている結衣にとって、遼の活躍は一つの楽しみだった。
「ママ、ちょっと外に出たい」
ブルーになった結衣は気分転換がしたくなった。外の空気を吸ってみたくなったのだ。
「いいわよ。連れてってあげる」
ベッドから車椅子に乗り換えて、病室を出て行く。今は体調が優れなくて車椅子だけど、調子のいい時は歩ける。結衣は早く体調を良くして、高校生活へ戻りたいと考えていた。
一階に下りて、外来の人が多く集まる総合受付へやって来た。外へ出る時、結衣は必ずこの場所に立ち寄る。笑っている人、くたびれている人、そして落ち込んでいる人、様々な人間模様を見ることができる。
「結衣はこの場所が好きね」
「病院で人が集まっている場所は、ここしかないから。ここへ来ると、創作意欲が沸いてくるの」
「そうなの。それはいいことね」
今朝も結衣は人々を観察していた。もちろん病院なので年老いた人が多いのだが、中には小さな子供もいる。結衣と同じ年齢くらいの人もいる。その人達を見ると、なぜこんな場所にいるのだろうと、想像してしまう。
「あれっ、どこかで見覚えがある人がいる」
母の声に、結衣は視線を送る。確かに結衣も見覚えのある人物である。背が高くて、スラッとした後ろ姿。あの人物は紛れもなく……
「古川遼じゃない」
結衣と智子が声を合わせて叫んだので、受付にいた数十人が二人を訝しげに見た。ここは病院である。二人は係員に注意を受けた。
「古川遼、ここへ運び込まれたんだ」
「ひどい様子だったね。包帯グルグル巻きだし」
「可哀想ね。これから大事な試合が続いただろうし」
「無念なのは本人だよ。古川は努力してきたんだよ、毎日毎日」
結衣の影響で母の智子も、彼のファンになっていた。
「ここの病院にいるということは、古川に話し掛けられるかもよ」
「そんなのありえないってば」
手を振って否定する結衣だったが、母にけしかけられて顔が真っ赤になった。
「照れている顔を見ると、本当は好きなんじゃない?」
「ちょっとやめてよ、まだ一度も話したことがないんだよ。どんな人かもわからないのに、好きになるなんてありえないでしょう」
母の智子は確信していた。結衣はこう言っているけど、本当は遼のことを好きでいると。