はじまりのよふね
物心がつく少し前にはもうそれは見えていたし当たり前の光景だった。
それが何なのか考えることもなく、毎日変わっていくそれが面白くもありそれを比べては喜んだ。
数を覚えるうちにそれが多いのか少ないのか分かるようになり、両親と祖父母ではそれは大きく違うことを知った。
そうだ、僕のそれはどうなっているのだろうと思い母の化粧台に背を映した。
首を回しながら必死に鏡を覗き込んで僕の後ろ側を探ってみたのだが、
しかし両親や友達のようなそれはどこにもなかった。
頭にも腰にもお尻にももちろん背中にも。
僕は自分だけが仲間はずれにされたように思いその場で泣きわめいて、駆け寄ってきた母の背が視界に入ったことでさらにひどくなり落ち着くまでずっと母の背中を殴り続けた。
その後泣いた理由を母に問われたが、それが欲しいから僕にも書いて、といったようなことしか答えなかったと思う。
それがきっかけになって、普段から僕の言動に違和感を覚えていた両親は行動にうつすことにした。
子育ての相談会から霊能力で有名な占い師までとにかく駆けまわった。
結局得た答えは、幼いこども特有の不思議な言動によるもので成長と共になくなるだろうということだった。
とどのつまり異常なしということだ。
それはそうだ、アレ以外に特別見えるものなどないのだから当然の結果だろう。
それについて話すたびに不思議な顔をする母に申し訳なさを覚えたころから僕はそれが僕にしか見えないことに気づき、ソレのことは口に出さないように決めた。
僕がソレの意味することに気づき始めたのはちょうどそのあたりなのだが、意味を知ったきっかけは従姉妹の死だった。
あの子は初めて会った時からそれが異常に少なかった。
彼女と同じくらいの歳の子どもはほとんどがもっと大きいそれを持っている。
それが一桁になって、ある日あの子の背中からそれは消えた。
2日後にはあの子も消えてしまった。
それから僕は心底怖くなり、あの子が失われたことよりもソレが持つ意味を知ってしまったことが怖くて怖くて仕方がなかった。
そして、気づいてしまった。
後になって知ったのだが、あの子は生まれつき小学校へ通えるか通えないかという長く生きられない病気があったようだった。
だが僕はあの子が小学生になれるかどうかも全て、本当のところわかっていたのである。
周りの大人たちは、可愛がっていた従姉妹の死がショックだったんだろうと思ったのだろう。しばらくは僕が泣いても、目を塞ぎ続けるといった行動をしても慰めてくれるだけにしてくれた。
でもどうしたって生活をしていればそれは垣間見えてしまうのだからそんな時はたまらず、ソレが消えた人たちに駆け寄って死が迫っていることを伝えようと必死になった。
ある時は突き飛ばされて怒鳴られ、ある人は優しげに話を聞いてくれた。
でも誰も僕の言うことを信じない。
それならソレが見えることに意味があるのか…?
僕だけがそんな重石を背負わなきゃならないなんて残酷だ。
それからしばらくの日々はその通り残酷でしかない毎日だった。
そう過ごすうちに僕は歳を重ねてある言葉とその意味を知る。寿命。そして運命だ。
ああ、まさにその通りだと何かモヤが晴れたように不意に目の前が明るくなったのを覚えている。その瞬間から僕の選ぶ答えが見つかった。
「僕はそれに干渉すべきでない。他人の命をどうこうしようとしたって傲慢以外の何モノでもない。」
これ以上、僕にぴったりな回答はなかった。
人の一生なんて80年程度だ。29220日。
背中が”30000”でも”10”でも本人しかその数字は生きられない。
だからどんなに近くの人にも僕は何も言わない。苦しくなって耐えられなくても言わない。
僕には他人の「寿命」の残りの日数が見える、ただそれだけだ。
未熟な話を読んでくださりありがとうございました。
ポイント評価だけでもお待ちしております。




