猟銃事変
3F廊下の突き当たり、閉め切られた理科準備室の前。
ドアに体重を預けて、三石が立っていた。
真っ青な顔で。
コツコツと足音が響く。
音が徐々に大きくなっていく。
目の前で止まった。
「三石か。」
「…久しぶり、鹿江。」
鹿江は猟銃を持っていた。
「行っていいぞ」
銃口は床に向いていた。
「……なんで」
「お前が1番いいやつだった」
「誰の悪口も言わなかったよな」
「旭がハブられてた時も、クラスでお前だけ受け入れた」
「旭はお前にも嫌がらせしてたのに」
「…私はいいやつじゃないよ」
「人を嫌わない方法があるの」
「不快感を感じたら、すぐ別の事を考える」
「発信源や理由を分からないままにしておく」
「私はずっとそうしてた」
「別にそれが悪い事にはなんねぇだろ」
「……だけど、今、考えてみた」
「鹿江、私はお前が嫌いだ」
「……は?」
「下に見た相手を露骨に嘗めて、馬鹿にする。今だってそう」
「行っていいぞ?…上から偉そうに物言うな」
三石の声は震えていた。
「私はここから動かない」
「なんだよ」
「よく分からんやつだとは思ってたけど」
「今が1番わかんねぇよ」
「なんで今言うんだよ」
「なんでだろうね」
「分かんないや」
「こんな考え方して来たからかな」
「…まあ、いいぜ」
「大勢で貶めたわけでもない」
「嫌いな人くらい誰にでもいるしな」
「正直、狙いは菊原だけなんだ」
「どうせお前も迷惑してたろ?」
「感謝しろよ。クラスの暴君を、俺が身をもって退治してやるんだ」
「あいつは絶対に殺す。他はまあ、ついでだ」
「逃がしたら逃がしたでいい」
「この部屋に菊原もいんだろ」
「そこどけよ」
「どかない」
「なんでだよ」
「別にお前撃ってもいいんだけど」
鹿江が銃口を、三石の額に当てた。
三石は答えず、必死に鹿江を睨みつづける。
時計の針がカチカチと回る。
次第に、三石の息が荒くなる。
絶え間なく、引きつったように空気を吸っては吐く。不規則にペースがブレる。
脚から来た震えが、全身に伝っていく。
鹿江の目にも明らかな程に。
視線は銃から外れ、目の焦点も定まっていない。
「…はぁー。もういいよお前」
鹿江が銃を、縦に振りかぶる。
もはやそれを認識する事さえ出来ない三石の頭に、勢いよく振り下ろした。
*
……?
…天井だ
身体倒れてる
……殴られた…?
痛い…
表面がジンジンする…
頭がぐるんぐるんしてきた
なんか気持ち悪い
酔ったみたい
当たった表面以外そんな痛くない
考えるのはできる
おさえても
おえつのようなこえがもれる
涙でてきた
頭を触っても、何ともなってない
なのにきつい しんどい
撃たれたらどれだけ痛いんだろう
ああ、なんで私、立ってたんだろ
みんなの事を、守りたかった?
そんなわけない
だって。嫌いだ、皆。
誰のことを思い返しても、嫌な記憶ばっかり
皆無遠慮で、平気で見下して、馬鹿にする
私が一番いいやつ?
この、私が?
ああそうか
きっと私だけが
ずっと窮屈に生きてたんだ
「離っせやあぁぁああああ!!」
響いてきた絶叫に、三石の身体が跳ねた。
鹿江の叫び声が、廊下の揺れと共に身体の芯に伝わってくる。
三石が苦しげに首を捻り、声がした方向を見る。
理科準備室のドアが空いている。
ドアのサッシの外側には、猟銃が落ちていた。
すぐ内側には、たった2人の男子生徒に押さえつけられている鹿江。
顔が見える。1人は菊原だった。
周りを取り巻く複数の生徒は、遠巻きに見るだけで動かない。
私には、あんなに余裕ぶっていたくせに
今は醜く叫び、暴れている
三石が身を捩り、転がるように体勢を傾ける。
うつ伏せから腕と膝を支えに使い、4足で身体を安定させる。
手を床につき、上半身からゆっくりと立ち上がる。
ふらふらとゾンビのように揺れながら、教室の方へと向かう。
菊原達に抑え込まれた鹿江がもがいている。
目の前の猟銃を拾おうと、必死に。
『あの時嫌いって言った理由、分かった気がする』
『鹿江を見てしまったからだ』
『猟銃なんて持って、校舎を好き放題荒らして』
『そして嫌いな奴を吹き飛ばす』
『ずるいな』
『私はこんなにも、我慢してるのに』
『本当は私も』
「私も…」
近づくほどに、声が明瞭に聞こえてくる。
痛む頭に振動が響く。
「おい右手!右手抑えろ!」
「…!三石!取り上げろ!銃!!」
1歩ずつ進んでいく。
猟銃の前まで、来てしまった。
「遅いんだよ!早くしろぉ!!」
鹿江の指先が、あと数センチまで迫っていた。
腰をかがめる。
鹿江が触れる寸前。
両手で猟銃を拾い上げた。
立ち上がり、引き金に指をかける。
「…私のだよ」
その銃口を、菊原に向けた。
*
『ずっと逃げてきた』
『友人からも。自分からも』
『家族からは逃げる勇気もなかった』
『ポーズだけは取っておくんだ』
『最後の最後、ギリギリでやめる』
『あたかも深く悩んだみたいに』
『本当は最初から、心の奥では決めてるんだ』
『だから今回もそう』
『だと思ったんだけど』
硝煙の立ち上る銃身を、まじまじと眺める。
「いけるもんだな」




