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001 増える系ヒロイン

 この世界はおかしい。


 剣と魔法の世界だとか、王様がいるとか、魔王もいるとかそんなチャチな問題じゃない。


 もっと根本的におかしいのだ。


 バサッバサッバサッバサッ!


 オレの目の前で小鳥が延々と家の壁に向かって飛んでいる。というかもう首が壁にめり込んでいる。キャラクターのAIが貧弱なせいだ。


「なるほど。これが神様的サムシングの言っていたバグってやつか?」


 そう。ここはゲームの世界。


 それも、類稀なるバグの多さで一躍時のゲームになったクソゲー『勇者の旅路』の世界らしい。


 オレはデバッガーだ。いったいどんなゲームなのかと興味を持ってプレイしようとしたのだが、気が付いたら真っ白な空間にいた。


「え? ここ、どこだよ……?」

『ここは天界です』


 真っ白というよりも何もなくて白に塗りつぶされたような空間。そこに響いたのは透き通った男性とも女性とも言えないような中性的な声だった。


「天界……?」


 もう何がなんだかわからない。


江良(えら)(ただし)、あなたにこの世界を直してほしいのです』

「直す……」


 正直、この辺りで少し変だなとは思っていた。


 普通、こういうのって世界を救ってほしいって言うんじゃないか?


 直すってのは独特な表現だと思ったものだ。


『あなたの行く道に幸多からんことを……』

「え? ちょっと!?」


 これで話は終わったとばかりにオレは弾き飛ばされるように白い空間から落ちていった。


 そして目覚めた時、オレはこの世界の主人公であるヒイロになっていたというわけだ。


 なぜ名前がわかるかって?


 藁を敷き詰めたベッドで目が覚めた瞬間、目の前にステータス画面があったからだよ。


 オレは金髪碧眼のイケメン少年、ヒイロになったらしい。


 ちなみに今の装備は貧民の服だけだった。武器もない。こんなのでどうやってモンスターと戦えというのだろう。


 包丁か? 最初の武器は包丁なのか?


「にしても、小さな村だな」


 家の壁にめり込んでいる小鳥から目を離すと、喉かな風景というか、寂しさも覚えてしまう小さな村が目に入る。


「おっはよー!」


 黄昏ていたら、元気な女の子の声が聞こえた。


 振り返ると、そこには長い茶髪を三つ編みのおさげにした女の子がいる。


 見覚えがあるな。たしかパッケージでヒロインの一人として描かれていた少女だ。メインキャラだから気合が入っているのか、けっこうかわいい見た目だ。


「おはよう……」

「相変わらず辛気臭いわねー。ヒイロがそんなんじゃ、いいお天気も台無しだわ」

「ははは……」


 けっこうキツイこと言ってくる子だなぁ。


 ヒイロとはどういう関係なんだろう? 幼馴染とかか?


「でも、独り暮らしだもん。寂しいわよね。どこかにこの辛気臭いヒイロでも貰ってくれる素敵な女の子でもいないかしら?」

「辛気臭くて悪かったな」

「怒った? でも、ヒイロが怒る元気が出たならよかったわ」

「はあ?」


 こいつは何を言ってるんだ?


「ヒイロってば、ヒイロのお母さんが亡くなってから笑顔一つ見せなくなっちゃって、何されても起こりもしなかったのよ? ちゃんと覚えてる?」


 なるほど。そういう設定なのか。


「ヒイロのお父さんも今どこにいるのかもわからないし……。まったく、おばさんの葬式にも顔を見せないんだから」


 とりあえず、ヒイロの両親はこの村にはいないらしい。


 というか、人の家庭の事情にここまで詳しいこの子は何者なんだ?


「なあ、名前を教えてくれないか?」

「なあに、あたしのこと忘れたの? あたしはお隣に住んでる村長の娘のマリーお姉さんよ? 大丈夫? 思い出せる?」


 オレにヒイロとして過ごした記憶はない。思い出すも何も初対面だ。


 でも、隣に住んでいるのか。


「マリー、儂にも話をさせてくれ」

「ん!?」


 突然、近くからしわがれた男の声が聞こえた。だが、オレの周りにはマリーしかいない。どうなってるんだ?


「誰だ!?」

「何を言っておる? 目の前におるだろ?」

「はあ?」


 目の前? だが、どこを見ても男の姿はない。


「なあに、ヒイロ。もしかしてあたしのお父さんの顔を忘れたの?」


 マリーのお父さんってことは村長か? 村長がここにいるのか?


 だが、男の姿なんてどこにもないぞ?


 なんだこれ? 心霊現象か?


「何をやっとるんだ? 熱でもあるのか?」


 その時、おでこを触られるような感覚があった。


「うおッ!?」


 驚いて思わず固まってしまった。


 何だ!? 何が起きた!?


「ふむ。熱はないようだな」


 また男の声が聞こえる。だが、オレには男の姿が見えない。だが、おでこには確かに触られている感触がある。


 もしかして、オレには見えないだけで、男はいるのか?


 村長は幽霊とかそういうオチなのだろうか?


 恐る恐るオレのおでこを触るなにかを掴んでみる。


 触れる。なんだか人の手のような形をしている。そしてそこから透明な腕が伸び、透明な体がある。


「もう、二人とも、何をしてるのよ?」


 その時、マリーが笑いながらオレを見ていた。


 マリーにはたぶん男の姿が見えているのだ。そしてオレだけが男の姿が見えない。


 もしかしてこれって……。


「バグ、なのか?」


 『勇者の旅路』はそのあまりのバグの多さで有名になったゲームだ。オレに男の姿が見えないのはバグのせいかもしれない。


 存在はしているのに姿は見えないのは、たぶん男にテクスチャーを貼り忘れたからだろう。


 いや、仮にそうだとして、どう直せっていうんだ?


「お?」


 直そうと意識したからだろうか。いきなり目の前にステータス画面が開いた。


「なんだこれ?」


 現れたのは装備画面だ。そこをよく見ると、なにか右腕に装備している。閻戊シェ? 文字化けしてやがる。


「え?」


 ふと自分の右腕を見ると、いつの間にか腕輪を装備していた金色の大きな六角ナットみたいな腕輪だ。腕輪には、何語かもわからない文字がびっしりと刻まれている。


 なんだこれ?


 そんな疑問を浮かべた時だった。腕輪が突然輝き出すとそこから黒い六本の鋭角な棘が突き出す。


「うお!?」


 オレが驚いているうちに腕輪は輝きを増して回り出した。


 腕輪の向く先には、透明人間になっているであろう村長がいる。そこに向かって、何語かもわからない文字化けした文字が走っていく。


 すると、文字化けした文字列が人型を作っていった。けっこうマッチョな人型だ。


 何事かと観察していたら。突然目も開けていられないほどの閃光が走る。


「うッ!?」


 閃光が治まったので目を開くと、白く靄のかかった視界に一人の男性が映った。


 ハゲ頭のマッチョマンだ。


 誰だこいつ?


 ひょっとして、見えなかった村長が見えるようになったのか?


 そして目の前に展開されるウインドウには『この世界を直してほしい』という文言。


 たぶん、この世界にくる前にあった白い部屋の神様的サムシングからのメッセージだと思うけど……。オレはこの世界を直せるのか?


「自信ないなぁ……」

「何をブツブツ言っとるんだ? それよりヒイロよ、いや、勇者ヒイロよ、これを持って行くがいい」

「うお!?」


 村長から渡されたのは、使い古された痕跡のある大剣だった。


「お主の父より託されて十年。ようやく渡せるわい。お主の父からの成人祝いだと思って受け取ってくれ」

「おっも!?」


 受け取ったが、とても重たい。


 まぁ、大剣なんて大質量の鉄の塊だもんなぁ。そりゃ重いわけだ。


 だが、これで武器の問題は解決したな。家にあった包丁を持ち出さなくても大丈夫そうだ。


 というか、勇者ヒイロって何だろう?


 いや、主人公だから勇者という称号もあながち間違いじゃないんだが、それを村長が知っているのはなんでだ?


「あの、勇者って……?」

「昨日話しただろ? お前は王都の占い師が予言した、魔王を打ち倒す者、勇者なのだ」

「はあ……」


 なるほど。その占い師に予言されたからオレは勇者になったのか。


「明日、王都から迎えの馬車がくる。それまでゆっくりしていなさい」

「はい……」

「じゃあね、ヒイロ!」


 マリーと村長と別れ、オレは村の広場に戻ってきた。


 その後も村人に話を聞くが、みんな明日のことか母親か父親のことしか言わなかった。中には泥団子をぶつけてくるクソガキもいて大変おこである。


 もう今日は日も暮れてきたし、寝てしまおう。


 ◇


「「ヒイロ、起きて! もうすぐ馬車がくるわよ!」」

「ああ……」


 翌日。


 どうやら家の中まで乗り込んできたらしいマリーに叩き起こされる。


 まだ眠い瞼を擦りながら上体を起こすと、とんでもない光景が広がっていた。


「増えとる!?」


 なんと、腰に手を当てたマリーが二人いたのだ。

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