6.人形の行く末
「供養は嫌…というのは、この人形が言っているのですか?」
執事からの問いに、彗星は小さく頷いた。怖くて朔夜の方を見ることができず、彗星はそのまま下を向いたまま体を硬直させいた。
朔夜がどんな反応をしているのか見るのが怖かったのだ。
「信じてもらえるかどうか分かりませんが、私にはこの人形が供養をされるのは嫌だという心の声が聞こえてくるんです…供養されてしまえば、この先の未来、牡丹お嬢様のことを想ってくれる人がいなくなってしまう…と」
執事はそうですか…と下を向く。先ほど執事が自分で話をしていたように、老い先が短いことを気にしていた。自分と人形がいなくなった未来、牡丹お嬢様のことを想い、偲んでくれる人がいるだろうか…。人形に言われ、誰もいないことに気づいたのかもしれない。
「なので…供養するのはまだ待ってほしいんです…もし…よければ…ですが…私が…この子を引き受けます!」
突然の彗星の申し出に、執事も朔夜も目を丸くして彗星の方に視線を向けた。
「この子の声が聞こえる、私が傍にいれば…最後までどういう対応を取るべきなのか分かりますし…大切に…します。若くして亡くなった牡丹お嬢様に代わりになるわけではありませんが、次のお友達に私が立候補します」
彗星は人形を抱き上げ、人形の瞳を見つめた。朔夜と執事にも分かるほど、人形の表情が明るくなっていた。
〈オトモダチニ…ナッテクレルノ?イッショニ…ボタンノコトヲ…オモッテクレル?〉
人形の目からはらはらと涙が溢れた。今まで牡丹を想い、悲しい涙を流していた人形が初めて喜びの涙を流した。人形が涙を流す不可思議な現象に、怪談小説家である朔夜はくぎ付けになっているかと思いきや、優しい瞳で人形の涙を拭く、彗星のことを見つめていた。
「執事さんはどう思われますか?やはり執事さんが引き取った方がいいでしょうか?私はこの家の人形ではないので…無理にとは言いませ。執事さんの意見お聞かせください」
「そうですね…私もいつまでこの人形のことを大切にできるか分かりませんし、人形の望んでいることができるかどうかわかりません…この人形がそう望んでいるのであれば、彗星さんにお任せしてもよろしいでしょうか?」
「…!はい…!」
執事は彗星のそばに行き、手を両手で握りしめた。腰を屈め、人形と目線を合わせ、微笑みかける。
「私も…牡丹お嬢様のことをずっと想っております。でも私がいなくなった先の未来、貴方が牡丹お嬢様のことを…想い、偲んでくださいね」
「私も、この子と一緒に牡丹お嬢様のことを想い続けていきたいと思います」
「ああ…今日会ったばかりの方が牡丹お嬢様のことを想ってくれるなど…もう少し早くお会いしていれば…お嬢様にももう一人お友達が増えていたかもしれませんね…」
執事は涙を拭うこともせず、涙を流し続けた。
最後、執事は人形の手も強く握りしめた。彼が何を人形に伝えたかは分からないが、人形は小さく頷いたような気がした。
こうして、人形は彗星が引き受けることとなった。
執事にお見送りをされ、二人は屋敷を後にする。執事は木々に囲まれた長い一本道を、二人の姿が見えなくなるまで頭を下げていた。彗星も執事の姿が見えなくなるまで彼に手を振り続けた。
執事の姿が見えなくなり、彗星は前に向きなおし、一本道を静かに歩く。風の音と鳥の声。彗星が人形の声を聞こえると言ってから、朔夜は一言も喋っていない。
彗星から問いただすこともできず、沈黙の時間が続いた。
そのまま二人は無言のまま歩き続け、自宅までついてしまった。
二人は玄関に入り、扉を閉めた。夕飯をどうするか、それを聞いてもいいだろうか…そう彗星が悩んでいると、先に口を開いたのは朔夜の方だった。
「貴方は人形の声が聞こえるんですね」