1・彗星の決意と来訪者
「おはようございます、朔夜さん。朝ごはんを一緒に食べませんか?」
彗星は緊張の面持ちで朔夜の部屋の障子の前に立っていた。
すっ…と少しだけ障子が開けられた。中は暗くてよく見えない。
「いえ、まだ仕事が残っているので。終わってからいただきます。あと何度も言いましたよね、この部屋には近づいてはいけないと」
朔夜はそう言うと、障子を静かに閉じた。
彗星は小さくため息をついた。
ここは日の国、さくら街。
洋装と和装、古い物と新しい物、不思議な物とそうでないものが入り乱れる混沌としている時代。
そんな時、場所に、彗星が神林朔夜の家に嫁いできたのは約1か月前のこと。
「まあ…お仕事が忙しいのはいいことだから仕方ないか!」
彗星は自分に言い聞かせるように独り言をいい、朔夜の分の食事をまとめ、冷蔵庫へと入れた。
朔夜は近所でも有名な物書き…小説家であった。
なので昼夜の境はあまり関係なく、常に机に向かっているような生活をしていた。
両親から勧められた縁談からの結婚だったので、お互い相手のことをよく知らない。
でも彗星は、楽しい花嫁・夫婦生活が待っているかも!と胸を躍らせていた。
だが現実はどうだ。
朔夜は仕事のために自室に籠りきり。まともに会話すらできていない。
そんな特殊な職業だからか、結婚したというのに二人は一度も一緒に食事をとっていない。
というよりむしろ、夫婦になったものの、まともに会話すらしていないのだ。
お見合いの場で出会った時から朔夜は寡黙で、一方的に彗星が話かけることに対し、短く返事をするだけだった。
ああ、この縁談は破談で終わるのかな…と彗星は思ったのだが、なんと朔夜はすぐに結婚に対して前向きであるとの返事を手紙で送ってきたのだ。
そこからとんとん拍子で結婚まで進み、式は挙げることなく、彗星は朔夜の暮らしている家に嫁いできたのだ。
結婚したら彼の様子も変わるのだろうか?
そう思っていた彗星だったが、結婚して1か月経っても朔夜の様子は変わらなかった。
この関係性を改善しようと、何度か朔夜の部屋の近くまで行って、少しでも会話をしようと試みたのだが、部屋から出てきた朔夜に先ほどのように「この部屋には近づかないでくれ」と注意されてしまった。
朔夜の部屋からは話し声が聞こえ、自分の知らない間に客人を招いているのか…と彗星は落ち込んでしまったのだった。
しかし、自分の作った料理は残さず食べ、きちんと洗い物をして食器が元に戻されているのをよく見かける。残さず食べているので、自分のことが…自分の料理が嫌い…といわけではなさそうだった。
彗星は冷めてしまった自分の食事に手をつける。
部屋の中には静寂と自分の租借音だけが響く。
『これじゃあ結婚する前と変わらないな…』
彗星は実家での出来事を思い出す。
彗星の旧姓は「桜小路」
このさくら街の土地の中では有名な旧家であった。所謂お嬢様である。
そんな桜小路家の長女として生まれた彗星。長女であるならなばそれなりの家柄の男子との婚姻が約束されていたはず…だったのだが。
彗星は小柄ながらも、亜麻色の髪をさらさらと靡かせ、出会った人に元気よく笑顔で挨拶もする、お嬢様ということを鼻にかけない、人からみればどこにでもいるような普通の娘であった。
…ある「能力」を持っていなければ。
彗星はその能力故に、両親と妹に蔑まれ、家の使用人からも腫物を扱うような対応を受けてきた。食事をする際も家族で一緒に取ることはなく、一人自室でとることが多かった。
結婚に関しても、その能力のせいで、結婚適齢期になっても縁談の話はやってこなかった。
そんな中、妹が「お姉ちゃんにぴったりな人を見つけてきた」と言い、縁談の話をもってきたのだ。その相手が今の夫である小説家の神林朔夜である。
彼がなぜ、なんのために自分と結婚をしたのか、彗星はわからなかった。
彗星の特殊能力を知っているのか知らないのか…あまり言葉を交わさないのでそれすらもわからない。もしかしたら知らないのかもしれない。
でもいつかは聞かなければいけない…今後もずっとこの状態なのは嫌だ。
まず自分のことをどう思っているのか知りたい。
朔夜は味噌汁を一気に飲み干し、よし!と気合を入れた。
するとその時、家の玄関の方から女性のキャーという叫び声が聞こえた。