事故物件ファイル8 入札される部屋(残留する家族)
今日は弁護士さん立ち合いのもと、ある一家心中をした自殺物件の購入のための入札が行われることになった。
高層タワーマンションのエントランス。
不動産業者たちが集まっている。
誰もが、同じ顔をしていた。
“利益を見ている目”。
「すごい人たちですね……」
千堂が小さく言う。
「掘り出し物だからな」
小林は淡々と答えた。
その中で。
ひとりの老人が震えていた。
「くわばら……くわばら……」
ぶつぶつと呟きながら、足元に塩を撒く。
「酷い世の中じゃ……」
その声だけが、
この場の空気と、明らかに違っていた。
◆ ◆ ◇ ◇
エレベーターが上昇。
静か異様なほどに。
チン――
扉が開く。
廊下。
数歩。
すぐに見えた。
血の跡。
乾いている。
だが
なぜか今も濡れているように見えた。
ポタ……
ポタ……
「……あれ?」
千堂が立ち止まる。
誰も気づいていない。
だが、堂には見えていた。
天井から赤い滴が落ちている。
床に落ちる前に、消える。
「どうした?」
「……なんでも、ないです」
部屋の前。
ドアを開ける。
ギィ……
中。
家具や家電がそのまま。
生活の痕跡。
空気が、重い。
その時。
カラン……
小さな音。
机の上。
鉛筆が、ひとりでに転がり、落ちた。
コトン。
「……え?」
千堂が固まる。
小林は気づかない。
「どうした?」
「い、今……」
その瞬間。
カリ……カリ……
机の上のノート。
勝手に、開く。
ページがめくれる。
パラ……パラ……
止まる。
そこに書かれている。
「おかあさんが」
その文字の上に。
新しい線が、ゆっくり書き足される。
カリ……
カリ……
見えない手が、書いている。
「やめて」
「やめて」
「やめて」
千堂の喉が鳴る。
その時トイレの方から音。
ゴボ……
ゴボゴボ……
ジャアアアア……
水が流れる。
誰もいないのに。
「……誰か、いる?」
千堂が震える声で言う。
小林は眉をひそめる。
「配管だろ」
だが。
違う。
千堂には見えていた。
トイレの中。
小さな手が、水の中で必死に動いている。
流される。
何度も。
何度も。
その時廊下。
ドタドタドタドタ……
走る音。
ランドセル。
見えない。
だが。
音だけが、はっきり聞こえる。
笑い声。
「ただいまー!」
バタン!!
ドアが閉まる音。
部屋の中に、誰かが“帰ってくる”。
千堂は、見てしまう。
部屋の奥。
一瞬だけ。
家族がいた。
父母、子供。
笑っている。
だが次の瞬間。
全員の首が、不自然に曲がる。
血が溢れる。
そして消えた。
「……この部屋、まだ……」
千堂の声が震える。
小林は答えない。
ただ、静かに部屋を見ている。
その時
老人が入ってくる。
塩を握りしめ、
涙を流しながら。
「おる……おるのう……」
「まだ……帰れておらん……」
その言葉と同時に。
部屋の空気が揺れる。
カタ……
家具が揺れる。
カタカタカタ……
皿が鳴る。
ドン!!
扉が勝手に閉まる。
「酷い世の中じゃのう…」
「くわばら、くらばら…」
老人は小さくつぶやきながら足元を確認していた。
畳の上には、白い箱が置かれている。それは遺骨が入った箱であり、誰かの生きていた証がそのまま放置されているようだった。
「遺骨が放置されてる?誰も遺族の人はいないの」
千堂がつぶやいた。
「遺族も嫌なのさ。」
小林はその後ろで冷静に言った。その冷徹な目には、ビジネスとして物件を見ているだけの無感情な視線が宿っている。
その時、不動産業者たちの中でひときわ目立つ老人が、震える手で塩を入れた小さな紙包みを持って現れた。彼は念仏を唱えながら、部屋の隅々を見渡している。
「怖い、怖い、悲惨じゃ…」
老人が小声で呟くと、誰かが呆れたように舌打ちをした。
だが、老人は目を真っ赤にして涙を流しながら、それでも紙包みをしっかりと握りしめていた。
◆ ◆ ◇ ◇
入札の結果。
落札者。
あの老人。
震える手で、紙を握る。
「わしが……連れて帰る……」
そう呟いた。
タワーマンションの一家心中した部屋は
結果として老人の手に物件は渡った。
「みんなお金で動くんだ…」
千堂が冷ややかに言った。その目には、悲しみと共に冷徹な現実が映し出されていた。
事故物件ファイル8 入札される部屋(残留する家族) END




