ファイル8 自殺物件を買います。
今日は弁護士さん立ち合いのもと、ある一家心中をした自殺物件の購入のための入札が行われることになった。
高層タワーマンションのエントランスに、不動産業者たちが集まり、競り合いの準備を整えていた。
「すごい不動産屋さんが来てますね。」
千堂が呆れたように言う。目の前に集まった業者たちは、どこか冷徹な目をしている。
「みんな掘り出し物を見つけたいのさ。」
小林は無感情に言う。その目には、勝つために何かを犠牲にしてでも手に入れたいという欲望が見え隠れしていた。
その中でひときわ目を引いたのは、ぶるぶる震える老人の不動産屋だった。彼は一人、血の気が引いた顔をして、口の中で
「くわばら、くらばら…」と小さくつぶやきながら足元を確認していた。
「酷い世の中じゃのう…」
その声は、どこか震えた哀しみに満ちていた。彼が視線を向けた先には、他の業者たちが取引を進める姿がある。しかし、彼はまるでその場にうまく溶け込めないようだった。
部屋の内見に向かうため、エレベーターで上の階に上がった。足立区にあるそのタワーマンションは、外見からは普通の高層マンションに見えたが、その中身は違っていた。
マンションの廊下に足を踏み入れると、妙な静けさが支配している。エレベーターを降りて数歩歩くと、血痕が目に入った。廊下の床には、薄っすらと赤黒い痕が残っている。それを見て、何人かの不動産業者は顔を歪める。
「血の後…?」
千堂が言った。小林は無表情でうなずく。
「多分、手首を切ったんだろうな。ナイフか何かで。」
小林が冷たく言い放つ。
部屋のドアを開けると、古びた家具がそのまま残っていた。テレビ、タンス、そして洋服類など、遺品が放置されている。警察の調査は終わったのだろうか、特に異臭は感じられないが、どこか不気味な雰囲気が漂っている。
その時、ふと隣の部屋から子供の笑い声が聞こえた。小林と千堂は驚いてその音に耳を澄ました。部屋の向こうから、ランドセルを背負った子供が走る音が聞こえてくる。走り回る子供の足音が廊下に響くが、視界にはその子供の姿は見えない。
「まさか…」
千堂が恐る恐る呟く。小林も無意識にその音に耳を傾けていた。
「おかしいな…今、ランドセルの音が…」
千堂が呆然と立ち尽くす。
部屋を見渡すと、家族が住んでいた痕跡が随所に残っている。扉の近くには、未だに使われていないランドセルが置かれており、机の上にはお弁当箱や学習帳が無造作に放り込まれている。その中には、子供が使っていたと思われる鉛筆や消しゴムもあった。
その瞬間、何かが不自然に感じられた。部屋の隅にあった机に目を移すと、子供の書いたと思われるノートがひとつ転がっていた。ページをめくってみると、そこには「おかあさんが…」と書かれていた。
その言葉に千堂は凍りついた。
「この部屋、まだ…」
千堂が震える声で言った。彼の目が震えている。
しかし、それだけではない。畳の上には、白い箱が置かれている。それは遺骨が入った箱であり、誰かの生きていた証がそのまま放置されているようだった。
「放置されてる?誰も遺族の人はいないの」
千堂がつぶやいた。
「遺族も嫌なのさ。」
小林はその後ろで冷静に言った。その冷徹な目には、ビジネスとして物件を見ているだけの無感情な視線が宿っている。
その時、不動産業者たちの中でひときわ目立つ老人が、震える手で塩を入れた小さな紙包みを持って現れた。彼は念仏を唱えながら、部屋の隅々を見渡している。
「怖い、怖い、悲惨じゃ…」
老人が小声で呟くと、誰かが呆れたように舌打ちをした。
だが、老人は目を真っ赤にして涙を流しながら、それでも紙包みをしっかりと握りしめていた。
入札の値段を入れると最終的にその部屋は、その老人の手に物件は渡った。
「みんなお金で動くんだ…」
千堂が冷ややかに言った。その目には、悲しみと共に冷徹な現実が映し出されていた。