事故物件ファイル10 ガス爆発した部屋
ぼんやりとつけていたテレビのニュース速報に目が留まった。
《速報 ○○市内のアパート一室でガス爆発 死者不明》
現場の映像が流れる。
黒く焼け焦げた窓枠、真っ黒な煤煙、崩れかけた外壁。
「ここ……ウチの管理物件じゃない?」
千堂は震える手でスマホを取り、担当の小林に電話をかけた。
「小林さん、今ニュース見てますか? これ……○○荘ですよね?」
「見てる。間違いない。……やられたな」
電話越しの小林の声が、いつになく低かった。
「ガス爆発って、どういうことなんですか?」
「自殺だ。ガスボンベ、何本も持ち込んで……」
沈黙が流れる。
「部屋、完全に吹っ飛んでた。現場にいたけど、……人間の形、なかったよ」
「……死んだんですか?」
「わからない。たぶん、生きてたとしても、地獄みたいなもんだろうな」
その瞬間。
千堂の視界が、ぐにゃりと歪んだ。
◆◆◇◇
耳鳴り。
強烈な頭痛。
そして“別の記憶”。
■暗い部屋。
■カーテンは閉め切られ、光は一切入らない。
■床に座り込む一人の男。
「もう……いい……」
かすれた声。
ガスコンロの前に、男は座っていた。
その手が、ゆっくりと伸びる。
ガチャ……
元栓に触れる。
その瞬間、男の動きが止まった。
「……やめろ……」
男の口が、確かにそう言った。
だが――
手は止まらない。
ギ……ギギ……
まるで、誰かに“握られている”かのように。
見えない何かに、腕ごと掴まれ、無理やり回されていく。
「やめろ……やめろ……!」
涙を流しながら、必死に抵抗する男。
だが、手は止まらない。
ガチン。
元栓が完全に開いた。
シュー……
無音の死が、部屋に広がっていく。
男の背後。
――黒い影。
輪郭もなく、ただ“そこにある”。
それが、男の耳元に顔を寄せる。
「助けて……って、言ってみろ」
男の口が、勝手に動いた。
「たすけて……」
その瞬間。
影が、笑った。
記憶が弾ける。
◆◆◇◇
「っ……!!!」
千堂は思わず床に膝をついた。
「どうした?」
電話越しの小林の声。
「い、今……」
息ができない。
「ガスの……元栓……誰かに……」
「……見たのか」
小林の声が、低く沈む。
「……ああいうのはな、自分でやってるようで、“やらされてる”こともある」
「やらされてる……?」
「場所だよ。」
小林は静かに言った。
「染みつくんだよ。死にたい奴の気持ち、絶望、衝動……そういうのがな」
「……じゃあ、あの人は……」
「自殺だ。」
即答だった。
「でも、“一人じゃなかった”」
不意に、テレビからリポーターの声が響いた。
《近隣住民の証言によると、爆発直前、「助けて」という叫び声が聞こえたとのことです――》
千堂は寒気を覚えた。
助けて、か。
自分で爆発させたのに、助けを求めたってことか?
それとも、別の何かが?
違う。
“言わされた”。
さっき見た。
あの男は、自分の意思で言っていなかった。
口だけが、勝手に動いていた。
「こういう場合、損害賠償とか……どうなるんですか?」
話を逸らすように尋ねた。
小林は、しばらく無言だった後、ぼそりと言った。
「事故なら、火災保険で建物修理も、隣家の損害もカバーできる。 でも、自殺つまり故意の場合は、基本的に適用外だ」
「……保証されないんですか?」
「ああ。火災保険には『故意除外』がある。 自分で起こした爆発、放火なんかは、対象外なんだよ」
言葉が重くのしかかる。
「それに……」
小林は続けた。
「もし自殺だと、この物件自体の価値も一気に落ちる。でもな、それによる損害は、金額を特定できない」
「え?」
「自殺による価値下落がいくらか、なんて、誰にも正確にはわからない。不動産って、市場が感じる“気持ち”に左右されるからな。 だから、保険金も出ないし、損失補填もできない。 オーナーの泣き寝入りだ」
テレビの音だけが、部屋に空しく響いていた。
《現場付近では、異様な焦げ臭さとともに、時折、人のうめき声のようなものが聞こえるという情報も――》
千堂は震えた。
燃えたのは建物だけじゃない。
“意思”が、焼け残っている。
そして、その瞬間
千堂の右手が、わずかに動いた。
誰にも触れていないのに。
指先が、ゆっくりと“回す”ように動く。
ギ……ギ……
まるで、見えないガス栓をひねるように。
「……やめて」
自分の手なのに、止まらない。
脳裏に、あの男の顔が浮かぶ。
涙。
絶望。
そして――諦め。
「もう……いい……」
同じ言葉が、千堂の口から漏れかけた、その瞬間。
「千堂。」
小林の声が、強く割り込んだ。
ピタリ、と手が止まる。
「……戻ってこい。」
静かな声。
だが、それは命令だった。
千堂は荒く息を吐きながら、ようやく自分を取り戻した。
窓の外から……
かすかに、「助けて」という誰かの声が聞こえた気がした。
事故物件ファイル10 ガス爆発した部屋 END




