ファイル10 ガス爆発した部屋
ぼんやりとつけていたテレビのニュース速報に目が留まった。
《速報 ○○市内のアパート一室でガス爆発 死者不明》
現場の映像が流れる。
黒く焼け焦げた窓枠、真っ黒な煤煙、崩れかけた外壁。
「ここ……ウチの管理物件じゃない?」
千堂は震える手でスマホを取り、担当の小林に電話をかけた。
「小林さん、今ニュース見てますか? これ……○○荘ですよね?」
「見てる。間違いない。……やられたな」
電話越しの小林の声が、いつになく低かった。
「ガス爆発って、どういうことなんですか?」
「自殺だ。ガスボンベ、何本も持ち込んで……」
沈黙が流れる。
「部屋、完全に吹っ飛んでた。現場にいたけど、……人間の形、なかったよ」
「……死んだんですか?」
「わからない。たぶん、生きてたとしても、地獄みたいなもんだろうな」
不意に、テレビからリポーターの声が響いた。
《近隣住民の証言によると、爆発直前、「助けて」という叫び声が聞こえたとのことです――》
俺は寒気を覚えた。
助けて、か。
自分で爆発させたのに、助けを求めたってことか?
それとも、別の何かが?
「こういう場合、損害賠償とか……どうなるんですか?」
話を逸らすように尋ねた。
小林は、しばらく無言だった後、ぼそりと言った。
「事故なら、火災保険で建物修理も、隣家の損害もカバーできる。 でも、自殺つまり故意の場合は、基本的に適用外だ」
「……保証されないんですか?」
「ああ。火災保険には『故意除外』がある。 自分で起こした爆発、放火なんかは、対象外なんだよ」
言葉が重くのしかかる。
「それに……」
小林は続けた。
「もし自殺だと、この物件自体の価値も一気に落ちる。でもな、それによる損害は、金額を特定できない」
「え?」
「自殺による価値下落がいくらか、なんて、誰にも正確にはわからない。不動産って、市場が感じる“気持ち”に左右されるからな。
だから、保険金も出ないし、損失補填もできない。 オーナーの泣き寝入りだ」
テレビの音だけが、部屋に空しく響いていた。
《現場付近では、異様な焦げ臭さとともに、時折、人のうめき声のようなものが聞こえるという情報も――》
千堂は震えた。
燃えたのは建物だけじゃない。
ここに、消えない「何か」が、染みついてしまった気がした。
窓の外から……かすかに、「助けて」という誰かの声が聞こえた気がした。




