05 慣れ
「ティンダル領より、神官オーガス殿と伯爵令嬢マリー・ティンダル様を、謁見の場にお連れしました。ご令嬢に【星の光】が発現したとのことでございます」
案内役の言葉を受け、オーガスとマリーは足を止めて正面を見据える。
まず口を開いたのは神官のオーガスだ。
「ティンダル領グラティアラの教会にて神官を務めておりますオーガスと申します。万物を照らす光のごとき叡智と威光をもって、この大陸を統べる国王陛下に謹んでご挨拶申し上げます。星神アストリアの祝福が常に陛下とともにあり、栄光がさらなる高みへと昇り続けますよう、心より祈念いたします」
オーガスは腰を折りながらすらすらと口上を述べる。王族に対する定例の挨拶をこうも淀みなく読み上げるだなんて、田舎の教会にはもったいない方なのではという気持ちすら抱いてしまう。
ヴィンセントの冷たい視線がオーガスからマリーに移る。次はマリーだ。
マリーは一歩進み出て、見事なカーテシーを披露した。
純白の聖衣の端を両手でそっと持ち上げ、滑らかに腰を落として深々とお辞儀をするその動作には、一片の乱れもない。
「……ティンドル伯爵家が次女、マリー・ティンダルでございます。星神アストリアの光が常に陛下を照らし、聖なる御心がこの国を守護し続けますよう、陛下の御威光のもと、王国が繁栄と平和に満ちることを心より祈念いたします」
マリーの柔らかく上品な声が静まり返った謁見の間に響く。
その場にいた廷臣たちは一瞬、目を見張るようにして彼女を見つめた。片田舎の伯爵家で育った若い娘が、ここまで洗練された振る舞いを見せるとは誰も予想していなかったからだ。
空気は凍りついたように静寂に包まれ、国王の声が響くのをただ待つのみだ。
マリーとオーガスは腰を折ったままその場で堪える。
「……面を上げよ。お前が聖女の可能性がある娘だな。【星の光】が発現したというが、その力が本物かどうか試させてもらう」
ヴィンセントの冷たい声は、静まり返ったこの空間によく響いた。
顔を上げたマリーは、ふたたび彼の双眸を見る。
彼の瞳からは聖女に対する期待や熱意はまるで見えてこない。
嘘をつくなと、その目が語っているようにも感じた。
「……はい、最善を尽くします」
マリーは緊張を覚えつつも、毅然とそう答える。
ユイがこの地に現れた時、確かにマリエッタも立ち会いをした上で彼女が石版のようなものに触れたのを見た。
その瞬間に、石版も彼女の左手もまぶしく光り輝いていて――彼女は確かに聖女だった。
ヴィンセントが気だるげに手を上げると、眼鏡をかけた気難しそうな男がその傍らに立つ。
恐らくは王の補佐か側近だと思われるその男には見覚えがなく、そういえば前王やジェロームの周りにいた者たちが誰もいない。
「――それでは。ここに神殿長をお招きしておりますので、この場で計測をいたします。報告では聖女の証が輝いたということですが、この場では偽ることはできません」
マリーに向けられるのは、咎めるような鋭い視線。まるで、聖女の報告を始めから嘘だと思っているかのようだ。
マリーの前では、より白い法衣を身に纏ったいかにも高位の神官らしき人物が、例の石版を持って準備をしている。おそらくは神殿長だとは思うが、やはりこの人もマリエッタ時代の人物とは違う人に思える。
「……マリー様、申し訳ありません」
隣にいるオーガスが、こっそりと謝罪の言葉を述べる。
きっと彼にとっても、マリーがこのような高圧的な待遇を受けるとは思っていなかったのだろう。
昔とは違う周囲の様子にマリーも驚きを隠せない。
ユイが来たときは、皆もっと沸き立っていて、マリエッタの存在を忘れてしまうほどだったというのに。
(まるで尋問のような雰囲気だわ)
『聖女になれたら』とあの時のマリエッタがかすかに抱いた儚い夢を、こうして生まれ変わった後に叶えてくれるなんてなんて意地悪な女神様だろう。
「……大丈夫です。慣れていますので」
「え……?」
冷遇には慣れている。安心させるために返すと、オーガスは目を丸くした。
(今の私がそういうのはおかしいわね。きっと混乱させてしまっているわ)
オーガスの年の頃はマリーの五歳上だっただろうか。十の頃から神に仕え、神官の中では中堅の少し下くらいだと言っていた。
オーガスがティンダル領にやってきたのは二年ほど前。その実直で優しい人柄はすぐに領民たちの知るところになり、教会は相談に来る者が絶えないと聞いている。
親とケンカした、誰それとの恋を成就させたい……領民たちのそんな相談にも笑顔で対応してくれていると父がよく話していたのだ。
あの土地で野山を駆けまわっていたマリーが、王都でのこの冷たい視線に慣れていると言ってしまうのはどうもちぐはぐであるだろう。
そういえば、先程もオーガスに釣られてつい昔のように口上を述べてしまったけれど、『田舎娘』であればあの行動は逆に不自然だったかもしれない――マリーがそう気付いたとき、その神殿長から声がかかった。
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