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【電書化記念SS】ないしょの計画

マリーとヴィンセントのこどもたちのお話

 王宮の一室。勉強机に広げられた分厚い本が、ぱたりと閉じられる音が響いた。


「ふむ、よく頑張りましたな。今日の勉強はこれで終わりです、殿下」


 老教師の声に、アーノルドは真っ直ぐ背筋を伸ばしてうなずいた。まだ六歳の彼にとって、文字を書くのも、地図を読むのもなかなか骨が折れる作業だ。けれど今日は、集中力がすごかった。なぜなら――


(これで、やっと行ける!)


 内心でガッツポーズを決めると、アーノルドはすくっと立ち上がった。よく見ると、靴を履いたままなのは、最初から出かける気満々だった証拠だ。


 教室を出た廊下で、父王の側近であるシオドリックが立っていた。落ち着いた紺の装束を着こなした騎士で、どんなときも冷静な彼は、今日も穏やかな声をかけてくる。


「アーノルド殿下。ご学問のあとは陛下と少し休憩されますか?」


「えっ、あの、ううん……いま、ちょっと、たいせつなようじがあって!」


 声を裏返しながら、アーノルドはあたふたと後ずさり、急いで廊下を駆け出した。


 シオドリックは一瞬ぽかんとしたが、やがて口元を緩める。


「……のびのびと育っておいでだ」


 かつて王子だった国王が通った苦境に思いを馳せながら、彼らが今幸せであることに喜びを禁じ得ない。


 シオドリックはヴィンセントに「殿下との休憩は不可」という言付けを伝えるため、かの人の執務室へと足を進めた。




 一方、アーノルドは小さな靴音を響かせながら、まっすぐに城の裏手にある庭園を目指していた。


 今日は母マリーの誕生日なのだ。


 王子という立場上、望めばほとんどの物が手に入る。だが、それでは意味がない。

 誰にも頼らず、自分の手でなにかを贈りたい──そう思った。


 目指すは、春の花が咲き誇る庭園の奥。マリーが大好きな、あの白いお花が咲いている場所へ。


(よしっ……ぼくにだって出来るはずだ)


 庭園には、春の光がやわらかく降り注いでいた。


 色とりどりの花が風に揺れ、蝶がひらひらと舞っている。手入れの行き届いた花壇には、白、桃、黄色、紫……目が覚めるような色彩が並んでいる。


「わあ……」


 アーノルドは思わず声をもらした。ふだんはお付きの者と一緒に通るだけだった庭園が、今日はまるで秘密の国のように見える。


 彼はちいさな手を握りしめ、まっすぐ花壇へと歩み寄る。そして、ひとつひとつの花をじっと見つめ始めた。


「お母様は白いお花がすきだったよね……。でも、ピンクもにあうと思うんだ……あ、でも黄色もかわいいし……うう、どうしよう」


 目が真剣になる。顔がどんどん近づいていって、鼻先が花にくっつきそうになる。


 慎重に花を選んでいくその様子は、まるで大臣が国の未来を決めるような気迫だった。


 そして──


「これだ!」


 アーノルドは、少しだけ小さめの白い花を見つけて指差した。清らかな白に、ほんのりとピンクがさしていて、どこかマリーの微笑みに似ている。


 よし、これを中心にしよう。

 そう決めた王子は、慎重に茎を手で包み、庭師から借りた鋏で切ろうとして──


「おにいさま〜っ!」


 聞き慣れた声が響き、アーノルドはハッとして振り返った。


 駆け寄ってきたのは、淡い桃色のドレスをひるがえす、妹のプリシラだった。


「なんでおにいさま、ないしょでこんなところにいるの? ずるいですわ!」


「ず、ずるくなんかないだろう! ぼくは今、だいじな事をしてるの!」


「プリシラもしますわっ!」


 にこにこ笑顔で即答して、花壇に手を伸ばす妹。アーノルドは少しむくれた顔になりながらも、妹の無邪気さに言い返すことができなかった。


(……まあ、いっか)


 二人で作ったら、マリーはもっと喜んでくれそうな気がする。


「プリシラ。お母様が好きそうなお花を五つ選んでごらん。お砂糖は数えられるのだから、わかるね?」

「もちろんですわ、おにいさま!」


 こうして、小さな王子と王女の、花束づくり大作戦が始まった。



「これはどうですか? このピンクのお花、とってもきれいですのよ!」


 プリシラは約束通り花を五本選んで得意げな顔をしている。ふわふわの金髪が風に揺れ、ドレスの裾も泥で少し汚れていたが、そんなことはおかまいなしだった。


「うん。すごくいいと思う。では、ぼくのものと合わせて大きな花束にしよう」


 アーノルドは兄らしく腕を組んでうなずきながら、妹が選んだ花を丁寧に受け取った。


 ふたりは木陰の芝生に腰を下ろして、持ち寄った花を一列に並べていく。


「これはまんなかにして……これはうしろのほうにして……」


 アーノルドはうんうんと唸りながら花を束ね始めた。うまく形を整えるのはむずかしい。細い指で何度もやり直して、ようやく一束の花束らしい形になってきた。


 最後にリボンを巻いて完成だ。少しリボンが縦向きになってしまったが、練習した成果は十分に出たはずだ。


「できた……!」

「お兄さま、お上手ですわ!」


 小さな王子と王女が見つめるのは、ふたりだけの力で完成させた花束。


 白い花を中心に、ピンクや黄色の小花がふわりと彩りを添えていて、世界でただ一つの、心のこもった贈り物。


「お母様がよろこんでくれるといいのだけど……」


 アーノルドがそっと呟いたとき――


「まあ、こんなところにいたのね、ふたりとも」


 やさしい声が、背後からふたりを包んだ。


 その声に振り返ると、そこには淡いドレスに身を包んだマリーが立っていた。長い金の髪が風に揺れ、瞳には少しだけ驚いたような、でもとてもあたたかい光が宿っていた。


「お母様!」


 アーノルドはぱっと立ち上がり、花束を胸に抱えて駆け寄った。泥のついた靴で芝生を蹴り、まっすぐに母のもとへ。


 その後ろから、プリシラも一生懸命ドレスの裾を押さえながら走ってくる。


「お母様、あのね! ぼくたち、プレゼントをつくったんだ!」


「プリシラもおてつだいしましたの!」


 ふたりは息を弾ませながら、そっと手渡す。


 白を中心にしたやさしい花束。リボンは少し傾いていて、花の長さも不ぞろい。けれど、それはどんな高価な贈り物にも代えがたい、愛情がこもった花だった。


 マリーはそれを両手で受け取ると、少しだけ目を見開いて、それから――ふわりと微笑んだ。


「まあ……なんて、素敵なのかしら」


 彼女の声はやさしく震えていた。目尻に光がにじんでいるのを、アーノルドは気づかなかった。


「お母様、おたんじょうび、おめでとう……!」


 アーノルドの声は、少しだけかすれていた。


「だいすき、お母様!」


 プリシラが小さな手を広げて飛びつくと、マリーはふたりをまとめて、やさしく抱きしめた。


「ありがとう。ふたりとも、お母様は世界でいちばん幸せよ」


 頬にあたたかな手のひらが触れて、アーノルドはそっと目を閉じた。


 心の奥が、ぽかぽかとあたたかくなる。

 自分の手で喜ばせたいと思った気持ちが、ちゃんと届いたことがうれしかった。


 マリーの腕のなかは、とてもやさしくて、あたたかかった。


 風が吹き、花々がさらさらと揺れる。


 その光の中で、小さな王子と王女は、母のぬくもりに包まれながら、ぎゅうっと抱きしめられていた。


かしこまりました。それでは、マリーと子どもたちの様子を見守るヴィンセント視点のラストカットをお届けします。


***



 白く輝く回廊の柱に身を隠すように立ちながら、ヴィンセントはゆっくりと目を細めた。


 庭園の奥。春風に揺れる花々の中で、マリーがアーノルドとプリシラをぎゅっと抱きしめている。


 シオドリックに言われ、執務室の窓から庭園を見下ろすと、花壇と向き合うアーノルドの姿が見えた。プリシラが駆け寄るのも。


 口元に笑みを浮かべながら、ヴィンセントはそっと息をついた。


 マリーがマリエッタだった頃から好んでいた花々。そしてマリーとこうして出会えて、今では愛らしい子どもたちまでいる。


 この庭園だけは、守りたかった。

 孤独で出口のない迷宮にいるような、そんな日々もあった。


(……ありがとう、マリー。君がいてくれて、本当によかった)


 そう心の中で呟くと、ヴィンセントは背を向けて、静かにその場を後にした。


 背中に聞こえてくるのは、マリーと子どもたちの笑い声。


 それはヴィンセントにとって、なによりも大切な、幸せな風景そのものだ。


 ──風がそよぎ、庭の花々がまたひとつ、やさしく開いた。


お読みいただきありがとうございます。

こちらの作品が先日8/2に各電子書店様で配信開始しております。

マリーとヴィンセントの結婚式の話やユイのその後についての番外編を書き下ろしております。

よかったらどうぞよろしくお願い致します!

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i997321
■処刑された令嬢、今世は幸せを掴みます!~前世優しかった王子が、聖女嫌いの冷酷王になっていました~
電子書籍になりました! web版から幸せいっぱいの番外編などなど加筆しております!
― 新着の感想 ―
ユイが拉致されたのは酷い話ですので、当人の意思はどうであれ、今後のために、送還の術式の研究はしておいた方がと思いました(そもそも、召喚と言うか拉致の術式は、厳禁しておくべきですが)。
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