29 裁定
それから、南部の瘴気問題を解決したマリーとヴィンセントはそのまま城へと戻ることとなった。
そこからの流れは、マリーにとってはもう嵐のようだった。
簡潔に言えば、マリエッタの名誉が完全に回復し、ジェロームの全ての罪が公に裁かれた。
裁判はすでに準備を整えていたシオドリックによって迅速に進められた。
ヴィンセントが魔道具に記録した証言と、これまでの王宮の調査によって明るみに出た証拠が決定打となり、ジェロームの悪行が白日の下に晒された。先代の王も同じく。
財政が芳しくなく、神殿と結託して『異世界の聖女』を召喚し国民からお布施を巻き上げたこと。
ユイがこの世界について無知であることにつけ込み、王太子自ら甘言を弄したこと。
邪魔だったハフィントン侯爵家を取り潰すために動いたこと。
ユイに貴族の治療を優先的にさせることで、見返りに貴族と癒着していたこと。
真実を知ったユイを軟禁状態にし、精神を狂わせたこと──ユイの口からもいくつかの証言が述べられ、傍聴席は絶句の海となった。
「ジェローム・ラディアント。貴殿の罪は計り知れない。その奸計によって、一人の罪なき令嬢が処刑され、王宮の秩序は乱れた。その責任を追及する」
ヴィンセントの声が響き渡る。
「異世界より聖女を召喚し、無垢なる少女の身柄を不当に拘束し、真実を隠蔽した上で洗脳を施したことは、重大な罪である。これは王家の威光を盾にした非道な行為であり、決して許されるものではない。すでに幽閉されている先王と共に、地獄に落ちろ」
強い声だった。
しんと静まり返った会場に、皆の息を呑む声さえも響いてしまう。
裁判長はその全容を淡々と聞き、最後に静かに言い渡した。
「ジェローム・ラディアント並びに元国王マーティン。貴殿らは国家への反逆罪および聖女冒涜の罪を、極刑をもってこれを処す。また、共犯者として加担した者についても、相応の罰を科すものとする」
その宣告に、白髪交じりのジェロームは膝から崩れ落ちた。
ユイに助けを求めたが、ユイはしらけた顔でジェロームを見下ろすだけだ。
「な……なんのために私を生かしたんだ、ヴィンセント!」
「何のために、とは? あなたをきちんと裁くためですよ、兄さん」
マリーの力によってすっかり治癒されてしまったジェロームに、ヴィンセントは冷笑を浴びせた。いずれそうするつもりだった。
証言がとれず法で裁けないなら、この手で必ず裁こうと決めていたことだった。
なにやら喚いている老いたジェロームが、兵士によって地下牢へと連れて行かれる。これから、自分そっくりの老人姿となった息子を見て先王はひどく驚くことだろう。
すでに彼らに味方する者はいない。牢へと連行されたのち、すぐに刑が執行されることとなるだろう。
一方、ユイについては、彼女自身の希望により、ティンダル領の救護院に送られることが決まった。
彼女の心は長年の罪の意識に蝕まれていたが、それでも彼女は自らを償う道を選んだ。
マリーも、彼女に対しては減刑を望んだ。
彼女の人生だって、大きく理からゆがめられてしまっているのだから。
『せめて……わたしの治癒魔法で、人々の役に立ちたいです』
彼女のその言葉に、マリーだけでなくシオドリックもヴィンセントも静かに頷いていた。
彼女は監視のもと、療養しながら贖罪の日々を送ることになるだろう。
そして、侯爵令嬢マリエッタの名誉は、正式に王宮から発表された内容によって完全に回復された。
「マリエッタ・ハフィントン侯爵令嬢は無実であったことをここに証明する」
王家の陰謀に巻き込まれた哀れな令嬢──これまで、聖女を毒殺しようとした悪女としてのレッテルが貼られていた彼女に対する民衆の風向きは一変する。
逆賊として爵位を剥奪されていたハフィントン家も、その地位を回復することとなった。
それは国や貴族に対する怒りを生み出し、大変なバッシングの嵐となった。
その矛先は王族であるヴィンセントにも当然のように向かうこととなるが、彼はそれを全て受け止める覚悟は出来ていた。
この国をここまで立て直した王である事もまた事実としてある。
とある筋を通じて民衆たちには"処刑された令嬢を慕っていた幼い王子の話"が知られてゆくことになるのだが、それはまたこれからの話──




