23 魔力供給
「はい。本来、聖女は神聖な力を扱うために自らの魔力で浄化の術を行使します。しかし、浄化により体内にある力を全て放出すると、当然力は枯渇します」
まさにこの前のマリーの状態だ。
頷きながら真剣にオーガスを見つめる。
「睡眠や食事でゆっくり力を回復することも可能ですが、急速に力を高めるために他者の魔力を外部から供給することで、擬似的に聖女の力を活性化させることができるようなのです」
「……つまり、誰かに魔力を分けてもらえばいいということですか?」
「その通りです。ただし、魔力の供給にはいくつかの条件があるようです」
マリーの問いに、オーガスは指を立てて冷静に続ける。
「まず、一つ目。供給者の魔力が、受け取る側とある程度の相性が良いこと。これは魔力の質の問題です」
「なるほど……」
「二つ目。供給方法は直接的であるほど効率が良いこと。魔術を媒介する方法もありますが、純粋な魔力の受け渡しには、余計な干渉がないほうが望ましいそうです」
「直接的、ですか?」
オーガスの言葉に、マリーは首を傾げた。
(直接的に魔力を受け渡すという状況が、まるでわからないわ)
はい、と手渡しするものでもないだろうし……?
「ええ。最も効率的な魔力供給の方法は口腔による受け渡しだそうです」
オーガスはさらりとした口調で言い放った。
「……え?」
一瞬、時が止まった。
コウクウ。こうくう?
「まあ端的に言いますと、唇を重ねること――すなわちキスが一番手っ取り早いそうですね!」
「ちょ、ちょっと待ってください、オーガス様」
思わず声を上げたマリーに対し、オーガスは眉一つ動かさずに続ける。
「説明しましょう。魔力は身体の内側を巡る生命エネルギーの一種です。通常、魔力の譲渡は手を握るなどの接触でも可能ですが、体内の魔力を最も効率よく移すには、魔力の流れが集中する部位――つまり口腔を媒介するのが最適なのです」
「……!」
「さらに、唾液に微量な魔素が含まれることも最近の研究で判明しています。そのため、口づけを介した魔力供給は、理論的に他の方法よりも優れているのです」
『口腔』は聞き間違いなどではなかった。
冷静かつ理路整然とした説明に、マリーは目を白黒させる。
「そ、それは本当に必要なことなんですか?」
眉をひそめるマリーに、オーガスは微笑を浮かべて肩をすくめた。
「他にも方法はありますが、何日眠り続けるか分からない状況よりは効率的だと記載されていましたね。過去にも聖女が昏睡した事例があるようです」
そう言いながら、オーガスはマリーの様子をちらりと見て、何かを察したように大きく頷いた。
「ふむ、そういえば、貴女の傍には魔力量の多いお方がいらっしゃいますね」
「……え?」
「ヴィンセント陛下です。歴代一の魔力量だそうですし、任務も同行されると思いますので、なにかあっても安心ですね。では、約束の時間に遅れてしまいますので!」
オーガスは無邪気な笑顔を浮かべると、マリーに軽く一礼し、去っていった。
(……な、なんてことを伝えにいくのかしら)
しかし、彼なりに真剣に聖女の記述を研究したのだろうから、それを無碍にするわけにもいかない。
どうしても、仕方なく、やむを得ずそのような状態になったときの緊急的なものとして、頭の隅のさらに隅の方に置いておくことにする。
「……なんだかとても勢いのある御方ですね……」
デイモンが呆気に取られたような顔をしている。
本当に、オーガスは何事にも一生懸命でのめり込むタイプなのだろう。
彼なりに善意で色々と調べてくれているのだ。意識しすぎる必要はない。
「では、マリー様。戻りましょうか」
「はい……」
なんだかとってもぐったり疲れた気持ちになりながら、顔を真っ赤にしたマリーはそっとため息をつく。
そこでハタと気がついた。
オーガスから魔力供給の話を聞いても、ヴィンセントなら顔色一つ変えないかもしれない。
そうだ、あのヴィンセントだもの。任務の一環だと言って、サッとこなしてしまうだろう。意識しすぎるマリーの方が恥ずかしいのではないか。
(私だけ動揺している場合ではないわね。あくまで任務ですものね!)
そう無理やり納得したマリーは前を向く。
できるだけ魔力がスカスカにならないよう、食事と睡眠はたっぷり取ろうと心に決めたのだった。




