09 花壇
どうやら、マリーの様子を見にわざわざ来てくれたようだ。
すぐにでも部屋から出て行こうとするその背中に、マリーは慌てて声をかける。
「マクナイト様。あの、この部屋を出て散策することは可能ですか? この部屋にいても、なにも解決しません。せっかく治癒の力があるのです。こちらで信用いただけなくても、救護院や神殿などで働けると良いのですが」
こうしてシオドリックがこの部屋を訪ねたことは僥倖だった。
ほんとうに、毎日ここで暖炉の世話をするのがマリーの役割ではないのだ。
平穏のため、聖女になってしまったというのならばその役割を早く終わらせたい。
「陛下に確認いたします」
「でも、何もしないまま無為な時間を過ごしたくありません」
「……わかりました、庭園の散策までは許可します。ただし、王宮内とはいえ安全のために護衛を手配します。陛下からの指示があるまでは、絶対に庭園までに留めてください。失礼します」
ダメ元で言った提案が通ったことにマリーは我ながら驚いたが、すぐに感謝の意を述べた。
「ありがとうございます。護衛の方に迷惑をかけないように気をつけます」
マリーの懇願が通じたのか、シオドリックは一礼すると部屋を出て行った。
全ては認められなかったが、庭園に行くことは許された。であれば、今はその護衛が来るのを待つしかないだろう。
「エイダ。ではちゃっちゃと掃除を終わらせましょうか」
「ハイッ、マリー様!」
そうしてマリーは暖炉の掃除を再開する。
シオドリックからの指示でこの部屋に若い護衛騎士が現れたのは、白い灰をマリーが掃除し終えた後だった。その手には、暖房器具までしっかりと抱えられている。
「聖女様。第二騎士団所属のデイモン・ダウズウェルと申します。シオドリック様の命により、本日から僕が護衛を務めさせていただきます!」
まだ二十代前半くらいの精悍な顔立ちの青年だ。そのオレンジ色の髪色も相まって太陽のような笑顔を見せた後、マリーの前に恭しく頭を下げた。
「ありがとうございます、デイモンさん。よろしくお願いします」
マリーは丁寧に挨拶を返す。
(本当に、すぐに手配してくださったのね。ありがたいわ)
シオドリックを疑っていたわけではないけれど、もっと時間がかかるものと思っていた。護衛騎士も暖房器具も。
デイモンは室内に入ると、壁際の良さそうなところにその暖房器具を設置している。
これでようやく、夜中の暖炉の心配をしなくても良さそうだ。
マリーはホッと胸をなで下ろした。
その後、マリーはエイダに案内されながら、デイモンとともに王宮内の庭園へ向かうことにした。
デイモンは背後で周囲を警戒している。その道中、マリーを遠巻きにしてヒソヒソと話している人々の視線を感じたけれど、聞かないようにする。前世では随分悩まされた陰口も、開き直ってしまえばなんてことはない。
「マリー様、こちらです!」
エイダに案内され、マリーたちは広々とした庭園に足を踏み入れた。
そこは色とりどりの花が咲き乱れ、風に揺れる木々が穏やかな音を立てていた。芝生は絨毯のように均一に刈り込まれ、その上に淡い朝露が光の粒となって輝いている。
太陽の光も柔らかく差し込み、きらきらとした春らしい日和だ。
「まあ、なんて美しい場所なのでしょう」
マリーは目を輝かせながら庭園を見渡した。胸の奥から、言葉にならない感情が湧き上がる。
薔薇が咲き誇るその場所には、マリエッタが前世で大切にしていた品種――柔らかなアイボリー色の花びらを持つそれが一面に植えられていた。
その隣には青みがかった白いリリーが揺れ、甘やかな香りを漂わせている。
(……この花は、変わらずここで咲いているのね)
マリーの瞳が潤み、知らず知らずのうちに手を胸に当てていた。脳裏には、記憶の断片がよみがえる。
前世のマリエッタとして生きた頃、彼女が心の拠り所として通っていた庭園の風景と重なっていたのだ。あの頃も同じようにバラが咲き誇り、穏やかな風がリリーの香りを運んでいた。
控えめに咲くこの二つの花が、マリエッタはとても好きだった。穏やかに揺れるその花を眺めながら、小さなヴィンセントとお茶を楽しんだ。
その記憶に導かれるように、マリーは自然と庭の奥へ足を運んだ。
風にそよぐ草木、花の香り、鳥のさえずり――すべてがマリーを包み込み、まるで時間が巻き戻ったように思える。
「マリー様……実はこの庭園の奥に、私が世話している花壇もあちらにあるのです!」
マリーがうれしそうにしているのが分かったのだろう。エイダがそばに来て、そんなことを教えてくれる。
胸を張るエイダがかわいらしい。とはいえ、きっと傍目には同じくらいの年頃なのだろうけれど。
「ぜひ見てみたいわ。エイダの花壇も」
「はいっ、こちらへどうぞ!」
エイダが張り切ってマリーを先導する。護衛騎士のデイモンも一歩後ろに控え、周囲に目を配りながら見守ってくれている。
華やかな一角を抜け、庭園の隅の方へと移動する。その一角には小ぶりな野花やハーブが咲き乱れており、どこか素朴で愛らしい雰囲気を醸し出していた。
野生の美しさを保ちながらも、丁寧に手入れが施されているのが一目でわかる。
「すごいわ、エイダ。こんなに綺麗に育てて……」
マリーは微笑みながらそう言ってエイダを見る。だが、エイダの顔は青くなっていて、その言葉を途切れさせた。




