5日目 ゴブリン
6限の終了を告げるチャイムと共に駆け出す
今日は、6限のうちに終礼を済ます、とか言う
帰宅部にとって、これ以上ないボーナス日
初動が早すぎて、警備員より先に正門を開け学校を後にする
家に帰宅し、昨日の戦利品をバッグに詰め込み、漕ぎ出す
思ったより重くて、坂で時間を食ったが、帰宅でのアドバンテージがある
痛くも痒くもない
いつもの場所に駐輪し、脇路を通り、通路の入口にーーー
また消えていた
その場所にそもそも穴など存在しないと言うかのごとく、一面壁に戻っていた
少し驚きはしたが、解除方法は心得ているので、すぐに平静を取り戻す
手袋を脱ぎ、素手で壁に触る
音も無く、シュッと壁一面の風景から、入口が顔を出す
幻術は前回消したはずだと、違和感を感じながらもゲートまで歩く
パンパンに詰め込んだリュックが肩に食い込み、堪らずドサッと地面に降ろす
そして携帯した水を口に流し込む
なんの調味料も加えてない、いつもの水の味
ぐびっと口を拭い、息を整える
降ろした鞄を背負い直し、
ゲートに触れる
ーーーーー
高原に召喚される
景色が目に入ると、ドサッという物音が聞こえる
何事かと視線を落とすと、水筒が地に落ちていた
転がっていかないかと心配で、すぐに拾い上げる
しっかり握ってたのになあ、と疑問に思ったが
水分確保の件がまだ手付かずだった重大さに上書きされる
ーーーあの日から、味がこの世でないくらいに汚染された理由を試案したのだ
例えば、斜面を猛スピードで転がったから、
ゾンビに接触したから、といった案を思いついては、ノートに書き殴り、一面びっしり文字で埋まったノートとにらめっこした
結局、あれこれ考えた割に、一番有力な説は、ゾンビに落ち着いた
だがそう結論付けると奇妙なことになる
内側の水は、汚染されたのに、筒は無事だったのだ
普通に考えて、金属の覆いを無視して、溶液だけを汚染させたとは、考えにくい
そうとなると、ゾンビ以外の、、、また別の要因か、、、?
例えば、空気感染的な、、、なにか、、、
ごくりと唾をのみこむ
今右手に、現世から持ってきた新鮮なはずの水がある
確かめるには、今しかない
手を震わせたまま、水筒を徐々に傾け
液体が舌に触れるや否や、
「ペっ、ペっ、、、っつ、、、ペっ」
舌全体に電流が駆け巡ったかのように、痺れ渡る
唾を吐いて、痛みの原因を懸命に取り除く
吐き出せたと思った矢先に、遅れて激しい痛みにかられる
「かっ、辛っれえ〜」
尋常じゃない痛みの原因はどうやら辛味らしい
痛すぎて、味などしない
ヒーヒーと舌を出して、痛みに耐える
だが激痛には耐えがたく、水がほしくてたまらない
わざわざ川に向かうよりも、現世に戻ったほうが手っ取り早いと瞬時に導き出し、膜に触れ、通路を去り
神社の禊用の水で口をなおす
良い子は、真似しちゃ駄目なやつだ
一口では満足できず、ひしゃくで滝飲みする
良い子は、真似しちゃ駄目なやつだ
今年高3とは、思えぬ奇行をして、なんとか一命をとりとめる
フウ〜 深くため息をついて、腰を下ろす
異世界には束の間しかいなかったのに、中身が汚れちまったらしい
と、なるともう決まったようなもんかもしれない
まだ決め手に欠けるので、ほかの水でも試してみる
今しがた飲んだ神社の水なら、神のご加護を受け、悪による干渉を受けないかもしれない
つまり、水道水をただ沸騰させただけの飲料よりも、この水なら異世界でも活用できるという理論
何一つ根拠も道理も無いが
捨て去った水筒を異世界から取り戻し、汚染された中身をドボドボと地面に捨て、
ひしゃくで、新たに水筒を満たしていく
良い子は、真似しちゃ駄目なやつだ
新鮮な中身に入れ替えた水筒を携え、何故か気分が上がった状態のまま、異世界に渡る
そして一口ーーー
「おえっ、、、べっ、、、まっず」
口内を苦みに埋め尽くされ、撃沈する
どうやら変味するのは、神聖だとか、宗教だとかは、関係ないらしい
まあ、そんなオカルト要素はないと、思ってたけど、、、
結局、また手水舎まで戻り、ひしゃくで、口を清める
「くう~、うめえ~。」
袖で口をふき、一息つく
やっぱりそうだ
汚染の原因は、ゾンビとか敵による効果ではない、空気感染といった別の何か
その別の何かまで特定できないが、ほんの少し解明に近づいた
なにより、現世にさえ戻ってしまえば、無限に水分補給が出来ることが分かったことがでかい
取り敢えず、水分を異世界で取るのは、控えたほうが良いのだろう
水分関連の事情は、取り敢えずここらへんでとどめておく
なぜなら当初の目的は、水分確保などではない
購入した武器の性能、威力、その他もろもろ、計測することである
敵を見つけだして、ちょうどいい実験台として、試し斬りする必要があるのだ
頭のチャネルを、飲料から戦闘に切り替え、再び異世界に渡る
ーーー
ザッと一面を見渡す
いつもの風景が広がっている
お天道さんが、さんさんと照らされた世界は平和で、お目当ての敵は見つからない
今度はじっくり時間を掛けて、右から左へ
左から右へ、と視線を動かす
だが、敵を見つけるどころか動くものさえ見当たらない
試し斬りしたいときに限って、敵は出てこず
いらん時に限って、出現するの
ほんと何なの、、、この不条理、、、
ブツブツと文句を言いながら、斜面を下る
地が平坦になった所から見渡しても、もちろん敵の姿はない
しょうがないので、ぽつんと、申し訳程度に立つ木の下まで行き、そこで鞄を降ろす
一向に敵が出現する気配がないので、こちらから出迎えてやろうという算段なのだが
如何せん捜索するには、荷物が重すぎる
最低限の武器だけ所持し、走れるよう身軽にしようと思うのだが、、、
無理矢理詰め込んだ、今にも破裂しそうな鞄を見て、
結局数本しか使わないなら、家の時点で厳選しとけばよかった、、、重かったのに、、、
とつい思う
後悔に苛まれながらも、トンカチと鎌を選びだす
これまでの遅れを取り戻すかのように、敵を求めて駆け出した
探し始めてから、ものの5分
一切変わらぬ、草一面の景色に不安を感じ始める
勢いよく飛び出したのは良いものの、
よくよく考えてみれば、敵が出現する場所も条件すらもよく知らない
まあ、定番としては、ジメジメした暗い場所に群がって生息しているのだろうが、
如何せんこの場に日光を遮られるものは、ポツポツと生えた細った木だけ
モンスターがうじゃうじゃいそうな、ダンジョンも、古代遺跡もない
どうしたものかな、、、
それに、いつでも水分確保出来るよう、ゲートから離れ過ぎないようにしたい
困ったもんだな~、、、
途方に暮れ、戻ろうか、進もうかと迷いに迷っていた最中
草に覆われた一面黃緑の世界の中で、一際目立つ濃緑の物体
その単体だった緑が次第に一つの塊と化し、地面を掘り起こす勢いで迫ってくる
「うおっ」
あまりの迫力に、後ずさる
かなりあったはずの距離を、目視できる間合いまで詰められた頃には、緑の塊の正体がわかった
目や鼻は尖り、変わった醜い顔、俺の腰ほどの背丈しかない小人だった
一体で十分奇妙なのに、それが密集していて途轍もなくキモイ
その塊となり俺を狩らんとばかりに襲いに来る
「ゴブリン、っか」
その群を導く一番隊らしき奴が、俺を掴みかかろうとしてきたので、そいつめがけて、トンカチを振るう
ーーーーー
トンカチの槌は、確かにゴブリンの頭を捉えたはずなのに、衝撃音が無い
ゴブリンもまた、何事もなかったかのように、俺の腕を掴んできた
「くっ、、、」
今度は、纏わりついた奴の腕を振り落とそうと、鎌を振るう
ーーーーー
鎌も鎌で、傷一つ、つけること無く
無意味に終わる
「うっ、嘘だろ、、、」
攻撃が通用しない事態に驚愕する
昨日のゾンビ戦と似た光景
無理だ、、、と心が折れそうになるが
後方からもやってくるゴブリンの軍勢の気迫が、逆に自我を取り戻す手助けをしてくれた
諦めるには、まだ早い
腕に巻き付く奴を、体をよじって離し、いったん逃走する
俺を逃すまいと、ゴブリンも背後からしっかり追ってくる
ゾンビよりも何段も移動速度は速いようで、更に群衆を率いてる
敵の量という観点からしたら、どう考えても分は悪いのだが
帰宅で培われた俺の足に敵うはずがない
何度か、飛び込んで引っ掻きに来る輩を
手でいなしながら、みるみると引き離していく
ゴブリンの中にも個体差があるようで、俺の速度に終えるものだけが残り、後はふるい落とされていく
跡をつける敵が数匹だと確認を取れた後、
闇雲に逃げ惑った足を、ある目的地に向ける
向かった先は、鞄を降ろした木
その根本には、まだ試していない武器が貯蔵されている
こんだけあれば、何かしら攻撃は通じるはずだ
取り敢えず、鞄から取りやすい位置にある武器を手にし、反撃を試みる
ーーーーー
衝撃音のしない、又もや、同じ反応
すかさず、鞄まで戻って別の武器に換え、振り下ろす
ーーーーー
こちらも全く、同じ反応
ムキになり、鞄の中身を掴んでは、投げつける
ーーーーー
ゴブリンは、見えぬ刀で薙ぎ払うかのように、俺の投擲を全て無効化し、投げられた武器は、地面にボトボトと虚しく落ちていく
これでもかってぐらい、両手同時に投げつけてやるが、全て薙ぎ払われ、
なけなしに、その場に落ちていた小石を投げつける
「がっあああ、、、」
小石を被弾した敵は、血しぶきをあげて後方に、ふんぞり返る
効いたーーー
鋭利で重量のある現世産の武器が、小石程度に負けるこに、甚だ納得いかないが
攻略法がわかった今、現代技術が生かされた道具を捨て、小石を拾ってわ投げるを繰り返す
俺から全速力で放たれた弾道に、大抵のゴブリンは散っていったが
中には、武器を持ちがいて、器用に遠距離射撃を防ぐ輩がいる
近づこうものなら、大きく振りかぶって一撃必殺を狙ってくる
隙だらけでわあるものの、ブンと遠心力を上乗せした空を切る音に恐れ、反撃できないでいる
しばし、敵の攻撃を何度もかわし、間合いを正確に測っていく
だんだん慣れ、単なるパターン攻撃だと理解したのちに、反撃に出る
手頃の小石を、溢れんばかりに両手いっぱいに抱え、そのまま空高く放り投げる
宙に放射された小石は、それぞれがぶつかり合って広範囲に広がり、ゴブリンめがけて飛んでいく
対する敵は、散らばった小石を斧で半数以上、切り落とすが
残った小石が容赦なくゴブリンを襲う
「がっ」
ゴブリンが怯んだところを、逃すことなく
腕を掴んで、体を抑え込み、斧をとりあげる
奪った斧を天に掲げ、そのまま振り下ろす
シュバッ、という心地よい音ともに、敵に一文字を刻み込む
ゴブリンは地に伏せ、傷を覆いジタバタ抗いながらも、次第に力尽き、日で焼き尽くされ、結局跡形もなく塵となって消滅していった
しばしその場で呆然として立ち尽くす
どうやら、敵は、武器持ちのゴブリンで最後だったようだ
ふいに、膝から崩れ落ちる
想像以上に疲弊したらしい
まあ、無理もない。休憩なしで、その上ろくに水分補給もしないまま、戦闘をしたのだ。
疲れたのは、当然っちゃ、当然か、、、
崩れ落ちた足を再び立ち上がらせることなく、ただ重力に身を任せ、地に寝転がる
結構命がけだった割に戦利品は、斧のみ
だが、他の何物よりも手ごたえの感じる最強武器
申し分のない、切れ味だった
ゴブリンが使用する道具だからこそ、通用するのだろうか?
寝転がったまま、切れ先の部分をそっと触る
ざらざらとした感触が手袋づてに感じる
間違いなく石造である
その斧は、社会の教科書でよく見る打製石器みたいなクオリティー
なんでこんな見るからに自作の斧が、ここまで切れ味がいいのか、ホントに謎だ
ふと、左腕に視線を落とす
もうとっくに良い時間だ
せっかく購入して、苦労しながら持ってきた武器だが
どうせ使いもんにならんと高を括り、散らばったままの状態でほったらかしにする
唯一の戦利品を大事そうに抱え、帰路につく
だがゲート前で、ふと足を、止める
現世で、斧を携えて帰る己の構図を想像したのである
今回は、べっとりとした血つき
昨日の笑い話ではすまされない
こんなの目撃された瞬間
即、刑務所送りである
まだまだ、この世に未練のある俺は、異世界側のゲートに斧を立て掛けてから、帰宅した