3日目 初戦闘
チャイムが鳴るや否や教室を飛び出し学校を出る
今日はついている
会議とかなんとかで学校側の問題で、6限が潰れ5限で帰宅となった
突如として転がり込んできた幸運を逃がすはずもなく、草凪は、全校生徒置き去りにして帰宅する
家につき、支度を終え、神社付近のゲートで召喚を済ます
ーーー目を開いた先は、薄暗かった
以前、どちらも晴れた状態だったので、不気味さを漂わす暗さに面食らい、ドサッと水筒を手から滑らせたことも気づかない
ただ前方、つまり草原の奥の方から順に少しずつ照らし出されていく
どうやら夜明け前に来てしまったようだ
思えば、すぐ分かる話だ
今日は、急遽早く帰れたのだ
単純計算、昨日より1時間も早い
つまり5、6限の狭間に異世界では、朝を迎えるのだろう
「なんていう、、、時差だ、、、」
昼夜逆転コースの時差につい体が震える
ただ、異世界の朝焼けも、現世に見劣りすることなく、十分絶景だった
その上、この場に居るのは俺ただ一人
誰にも邪魔されず眺めを堪能できる唯一の場所
「案外、、、悪くない、、、。」
目で太陽の軌道を追いながら、感慨深そうにもらす
ゆっくり堪能していたら、もうとっくに太陽は地平線を登りきってしまった
いつまでも見ていたい、気持ちを抑え、やっと本題の調査に移行する
前回断念して引き返えした、火山地帯の調査をまた進めようと思う
昨日の反省を活かし、水筒をきっちりと携えている
見えぬ壁をたどって進もうとした瞬間
「ガウ、ガウ、ガウ」
背後から何かに抗うのに必死そうな奇妙な声がした
慌てて振り返る
そこには、全身腐敗の進んだ亡骸が両腕を伸ばした状態で俺めがけて迫ってくる
その怪物が視界に入った刹那、慌てて走り出す
50メートルぐらいだろうか、かつてないほどの全速力を出す
追手の距離を確認するべく、走り続けながら、首だけ動かして後方を見る
すると案外、離せていた
「なんだ、、、遅っせ〜のかよ。」
やばい敵と遭遇したと思ったから、本気で逃げたのに
拍子抜けするほど、遅い
追いつかれる危険が無いことが判明したら
今度は逆に距離を詰めていく
相変わらず、ガウ、ガウと奇声を上げながら迫りくる
間合いを図りながら、よく見える位置まで接近する
肌は緑っぽく腐食が進み、かつて人間だったときに来てた服か知らないが、ズタボロになった申し訳程度のオンボロ服を身にまとっている
「ゾンビか、、、」
異世界初の敵との対面はどうやらゾンビらしい
恐らくだが、頭部が真っ赤に腫れていることから日光のダメージを受けているのだろう
一定間隔で放たれる奇声は、その痛みを訴えているのだろう
どうやら現世での架空の設定が異世界でも同様らしい
「ゾンビは日光に弱い」
この手を使わない手はない
足は遅いから、逃げ回って時間を稼ぎさえすれば、勝手に消滅するだろう
こちらから手を汚さずに済むならこれ以上に、こしたことはない、、、と思ったのだが
あれから、かれこれ逃げ回ること30~40分、一向にくたばる気配がない
「どんだけ体力あんだよ、、、」
相変わらず、ガウ、ガウと泣きながらも、しっかり追ってくる
「なんなんだよ、、、こいつ、、、」
恐らく日光だけでは、足りない
目に見える程の大きな傷を負わせないと死なないのだろう
何か武器となるもの、、、
戦闘のために装備してきたわけでは無いが、
丁度、スチール製の水筒を肩に下げている
水を満タンまで詰めて来たので、重量もある
混紡代わりにはなるだろう
水筒を肩から外し、右手で掴んで戦闘態勢を取る
逃げてばっかりだったが、今度はこちらから仕掛ける
ノロノロと進むゾンビ目がけて、走り勢いのまま水筒を頭部めがけて振り下ろす
ーーーーー
「あれ、、、?」
めいいっぱい力を込めたはずだが、びくともしなかった
そんなはずわないと、先程よりも更に力を込めて、くり出す
ーーーーー
それでも、微動だにしなかった
そもそも「ゴン」という物が衝突する音さえしない
全くの無音
俺の攻撃を無効化するかのごとく衝撃音がしない
「嘘だろ、、、無敵なのかよ、、、」
その事実に驚愕する
移動速度が遅いから、かも扱いしてたら
不死身とかいうボスレベルの敵が来た
さっきまで、遅せ〜なあと余裕ぶってた
あのゾンビが、今や強大な敵に映って見える
不安に陥るとともに、足の違和感に気づく
ピクピクと筋肉が痙攣している
実は、動きっぱなしで休めてない
体が、筋肉が休息を求めている
それに対し、敵の体力は無限
遅いとはいえ、追いつかれるのも、時間の問題ってやつか、、、
いきなり窮地に立たされ、選択を迫られる
討伐か、逃走か
目線を落とし、広げた手を見る
「試して見るか、、、」
不死身のゾンビを倒すには、呪い殺すしか方法がない
というか、それしか思いつかない
もちろん手の呪いが、異世界でも通用するとは、限らない
だが、やってみなければ始まらない
重い水筒を放り投げ、手袋を外して投げ捨てる
そして、ゾンビめがけてストレートをくり出す
頭部にクリーンヒットして、ゾンビはバランスを崩し、後ろによろめく
その隙を逃すはずもなく、とっさに背後を取り、素手で動かないよう地面に押しつける
素手からどす黒い色が緑の肌を浸食していき、蝕んでいく
ゾンビが悲鳴を上げ、体をのたうち回す
逃れないよう、更に力を加え拘束する
「ガウ、ガウ、ガウ、ガウ、ガウーーーー・・・」
時間にして、10秒だろうか
しばらくしたら、ゾンビは動かなくなり、呪いの効果で、存在自体が消えた
「フウ〜」
討伐の達成感と死の危険から開放された安堵からついため息が出る
しばし遅れて、重力が増したかのように
体にどっとした疲労が押し寄せる
疲れに耐えられず、そのまま腰をドサッっと落とす
「なんとか、なった〜」
つい心の声が漏れる
時計に目をやる
かれこれ1時間くらい奮闘していた
「うっ」
突如、倒れこんでしまいそうなほどの激痛が電流のごとく脳中に駆け巡る
焦ってつい素手で、デコを押さえるところだった
ふらつきながら手袋の回収をし、装着して腰を下ろし、しばし収まるまで頭部を押さえて待機する
頭痛の原因はわかっている
呪いを発動させたからだ
こういう強大で凶悪な力には、副作用が起こると相場が決まっている
盛大な能力には、何事にも代償が必要だ
つまるところ俺が有するのも、激痛を対価として支払っている
実は、幼き頃なら、一つ命を奪うぐらいなら、何も自分の身に災いは起きなかったのだが
ここ最近、能力を封印し続けたブランクが、仇となって返ってきたのだろう
地べたに座って少しすると痛みが引いてきた
手で抑え込む必要がなくなり、脳に思考の余裕が与えられると今度は、喉が渇きを訴え始めた
水筒を手にーー
「あれ、、、水筒?、、、」
放り投げた位置にあるはずの水筒が、見当たらない
立ち上がって探してみる
すると下の方に、なにか物体が重力に身を任せ、斜面を下っていくのが目に入る
「あっ、あれか」
ものすごい速さで転がっていくのが、水筒だと分かるや否や駆け出す
恐らく、放り投げた弾みで、運悪く斜面に差し掛かってしまったのだろう
慌てて追いかけ、残り5歩ぐらいで追いつけるーーー
というところで、前方に悪魔が再び現れる
「くっそ、またゾンビかよ」
待ってましたと言わんばかりに、俺めがけて向かってきた
ゾンビと対戦する前に一か八か、水筒めがけて無理に足を伸ばすも、無意味に終わる
そのまま猛スピードで水筒とゾンビが正面衝突する
ーーーーー
おい、おい、まじかよ
かなりスピード出てたぞ、あれで無傷かよ、、、
水筒は、衝突した弾みで、ベイブレードかのごとく、高速回転し、運良く斜面の途中で、絶妙のバランスを保って停止した
それに対しゾンビは、やはり何事もなかったかのように、俺めがけて、迫ってくる
俺は、斜面で勢いに乗った体を、足でズザザザーという音を立てて急停止する
辛うじて、ゾンビと接触前に立ち止まれたが
距離は近い
とっさに手袋を脱ごうとする、、、も
さっきの頭痛が脳内をよぎり、呪いの使用を躊躇う
その迷いが生じた刹那、ゾンビの攻撃が腕に当たる
「くっ」
折れるレベルではないが、普通に痛い
ジンジンと腫れた患部を抑え、斜面を登って距離を取ろうとするも、足場が悪く滑ってこける
うつ伏せになった状態から、即座に仰向けになるがゾンビはすぐそこ
慌てて、その場の小石を拾い上げて、投げつける
胸辺りに着弾し、ゾンビは後ろによろける
その刹那今度は、大きめな石を両手で持ち上げ、頭部めがけて振り下ろす
ゾンビよりも斜面の上側にいた俺は容易く、脳天をかち割った
地の利を活かした技には、ゾンビも耐えられず地面に倒れ込んで動かなくなる
そして、日に照らされた場所から次第に塵となって、空気中に舞い風に飛ばされて消えていった
「フウ〜」
戦闘を終え、取りあえず一息つく
今回は呪いを使わず、正攻法で撃退できた
なんとかなったのだが、如何せん容量が悪過ぎる
どうしたものかな、、、
そう考えながら、目的だった水筒まで歩み寄る
お陰様でなんとか回収ができた
給水なしの連闘だったので、のどが渇いて仕方ない
水筒の口を開け、ガブガブと飲ーーー
「べええーーー、うえっ、、、まっず、、、」
口に含むと同時に、生ゴーヤのような苦みが口全体に染み渡り、つい嘔吐してしまった
「は?」
あまりのまずさに、水筒の中身を疑う
絶対今朝、水を入れたはずなんだが
間違えて酢でも入れたのだろうか?
いやyoutuberではあるまいし、、、
味覚がバグっただけかもしれないと、恐る恐るではあるが、再挑戦する
「べっ、、、くっそ、まっず」
今度は、超濃縮レモンとラベルが張ってそうな酸味が、舌や口内など至るところを刺激する
二口目は、怖がって少量しか含まなかったから良かったものの、一口目と同じレベルで滝飲みしていたら、味覚神経が死んでたかもしれん、、、
とても飲めるような物じゃないので、蓋を開けて、中身を確認する
影で隠れて見づらいが、パット見、変わった様子はない
今度は、地面に垂らしてみる
光を乱反射しながら、重力に従って地面に落ちていく溶液は、先程の味とは全く想像できないほど、透明で綺麗だった
つまり、今朝入れてきた水と何一つ変わらなかった
まあ、無色透明な液に、溶けるだけの溶質を加えた線もあるが、誰にそんな細工ができるだろうか
水筒付近に居たのは、俺を除けばゾンビだけ
その唯一の容疑者にそこまでのIQがあるとは、思えない
そもそも、そんな素振りを見せてない
なんでだ?
毎日飲む水がこんなにも不味くなってしまった理由
一口目と二口目で味が激変する理由
何一つとしてわからなかった
思考に没していたが、口内に残った酸味が我に返らせる
のどが渇いた上に、口直しに水分がより欲しくなった
時間は6時過ぎ、これまでよりも早い時間だが、早めに切り上げることにする
こうして3日目の異世界探索は終了を告げる