この一杯の味噌汁の意味をワタシは知らない
其の一.ワタシは機械
ワタシはただの機械である。単純なプログラムで動くものだ。感情なんてものは馬鹿馬鹿しい。
ワタシの任務はバケモノを殺すこと。冷徹に効率よく殺せばいいのだ。何も難しいことではない。機械に感情はないし、痛覚もない。腕が引きちぎられようが、コアさえ残っていればワタシはワタシであり続ける。
なのに、あの人はこんなワタシを見て涙を流す。ワタシに謝ってくる。その謝罪に対し「ワタシは大丈夫です。修理だけお願いします」と返すのが鉄板の流れだ。いつも通り、無機質で、力のこもっていない声で。
「なんなりとお申し付けください、マスター。それがワタシの仕事です」
この言葉を言うと、いつも主人は悲しそうな顔をする。
“カナシミ”という概念は知っている。ただ、実感したことはない。そのような機能はついていないのだ。欲しいとも思わない。なんなのだろう、この“コア”が燻るような感覚は。わからない。わかりたくもない。ワタシはただの機械なのだから。
地球は荒れ果てた。隕石と共に訪れた地球外生命体が地上を埋め尽くす。主人たち人間はその生命体のことをバケモノと呼んでいた。人間は空に逃げるしかなかった。奴らは鼻がいい。地上にいればすぐに食い殺される。懸命な判断だ。初めは人間が戦地に赴いていた。だが、数の限られた人間が、次々とバケモノに食われるのは非生産的だと気づいた主人は、ワタシのような戦闘機を作り始めた。
ワタシには名前などない。あるのは型番だけだ。他の人間はワタシのことをK-42と呼ぶ。そんな中、主人はワタシのことをリーベという。なぜ型番で呼ばないのかと問うても
「名前があった方がいいだろう? どうせ呼ぶのは私だけだ。許してくれよ」と言われた。許すも何もないのだ。
そんなことがあっても、ワタシはワタシ自身のことをリーベとは言わない。そのようなプログラムはワタシの中にはないから。
だが、主人の主人の笑顔はワタシの頭の中に残り続ける。不快だ。この感覚は。
『メモリーの最適化を実行』
不快な感覚は消し去ればいい。それがワタシにはできる。
『アンインストール、完了』
不快な感覚は消えた。これで、問題はない。
今日もワタシはバケモノを狩る。プログラムに従って。
其の二.一杯の味噌汁
今日もワタシは空へと身を投げる。それがワタシの仕事だから。恐怖などというものはない。そんなものは非効率的な産物だ。
人間はなぜ、不必要なことばかりするのだろう。先ほども、奇妙なことがあった。
「マスター、そのようなものはワタシには不要です。お手をおかける必要は」
主人は、ワタシの言葉に軽く微笑むだけで手を止めない。その微笑みを見て、また“コア”が燻る。
「私がしたいんだ。君は機械だが、味覚がある。どうせなら味噌汁を食べればいい。オイルを飲むのと変わらないが、より暖かさを感じられるはずだ」
この人のすることは理解不能だ。オイルだろうが“ミソシル”というものだろうが、ワタシには何も変わらないということはわかっているはずだ。それなのに、こんなものを持って行かせる。
「目的地に到着。討伐を開始します」
バケモノ退治は不快ではない。効率的に任務にあたることができるから。血を流して倒れるバケモノを横目に新たなる標的に、ピントを合わせる。
いつも淡々と任務を遂行する。これがワタシのあるべき姿なのだ。
一通りレーダーの探知範囲の敵は駆逐した。ちょうどこのタイミングでコアの熱が冷め始めた。補充の時間だ。あの“ミソシル”とやらを飲んでみよう。
荷物から“ミソシル”とやらが入った容器を取り出す。一滴たりともこぼさんと言うばかりに固く閉められていた。
そこまでして、ワタシに飲んで欲しいというのだろうか。わからない。オイルも、この飲み物も結局は燃料に変わりはないのだ。なのに、なぜここまでこだわるのか。
――ズズズ。
恐る恐るだった。口に入れた瞬間、オイルとは比べ物にならない味が広がる。そもそも、なぜ機械のワタシに味覚がついているかがわからない。いや、味覚をつけたのはあの主人か。
「これが“オイシイ”というものなのでしょうか」
そう言葉に出していた。その言葉に共鳴するように私の“コア”が揺れ動いている。
これは人間の言う“カンドウ”と言うものではない。断じて違う。ワタシは機械だ。命令を遂行するのみ。それでいい。
――いいはずなのだ。
補給を済ませ、また再度バケモノを討伐する。普段、私は足先についたドリルだけで闘う。主人が他の武器を渡してくれない。他の武器があれば戦闘の幅も広がると言うのに。本当に非効率がお好きらしい。
バケモノにはワタシが機械だと認識する知能はない。食べても美味しくないワタシに牙を向ける。なるほど、味覚というのは生き物たるもの必要なものなのかもしれない。なら、尚更ワタシには必要のないものだ。
そう言い聞かせるように、言葉を留め、バケモノを蹴り飛ばした。
何度蹴ってもこの化け物は死ななかった。倒した時にはもう日が落ちかけている。銃があれば、刃物があればさらに楽になるだろう。わからない。ワタシは戦闘のために作られた機械だ。その役割を全うできないというこの今の状況に不快感を覚える。だが、ワタシにはそれに抗う術がない。受け入れるしかないのだ。
空を降り、空に登る。これがワタシの日常。いつもより遅くなってしまった。こういう日は、主人のいつもの顔に“フアン”の感情が浮かび上がる。
「ただいま戻りました。本日は特にこれといった外傷はございません。ご心配なく」
ワタシの言葉を聞き、主人は顔の硬直を緩める。
「そうかい、疲れただろう」
「ワタシは機械なので」
「そうだね」
この何の意味もない会話にいつも主人は笑う。オモシロイのだろうか。
「……マスター」
自分の考えに反して声が出たような気がする。初めての感覚だ。
「どうしたんだい?」
普段、自分から話出さないワタシに呼ばれ、主人は少し“オドロイテ”いるようだった。
「また、明日もミソシルを作っていただけると“ウレシイ”です」
“ウレシイ”。そう言葉が出た。この言葉は概念的な意味で言った。ワタシには感情を知る手段がない。全て、概念で知っているだけだ。
「そうかい、おいしかったかい。よかった。何杯でも作ってあげよう」
笑顔で主人はそう言った。
「なんなら、今から一緒に晩御飯を食べよう。私もまだ食べてないんだ。ご飯ってのは話しながら食べた方が美味しいんだよ」
一人だろうが二人だけだろうが補給という結果は変わらない。なら、主人の要望に沿うのも悪くない。
「では、ご一緒させていただきます」
「あぁ、用意するよ」
そう言い、主人はワタシの目の前に昼にも食べたミソシルを運んできた。
「米と魚も食べるといい」
ワタシが主人と共に食事を共にすることで、明らかに主人の食事の量が減っている。そこまでして、なぜ……。
「マスター、ワタシには気にせず。それは元々マスターのものでしょう? 補給なら、オイルでも構いません」
主人は何も言わない。何も言わず、首を横に振る。
「言っただろう? ご飯というのはみんなで食べるとさらに美味しくなるんだ。ワタシだけいい思いをするわけにはいかない」
まただ。また、この人はワタシを人間のように扱う。ワタシはオイルでも生きていけるというのに。
「……なら、遠慮なく」
そう言って食材に手を近づける。
「待ちなさい。食べる前に“いただきます”を言おう。食材への感謝は忘れてはならないよ?」
“カンシャ”。“アリガタイ”そう言った言葉は何度も聞いた。燃料に感謝を伝えないといけないのだろうか。やはり、人間の考えはわからない。
「リーベ、なぜ“いただきます”を言うのかがわかっていないようだね」
この人は、こう言うところだけ鋭い。
「……はい」
「確かに、この食材たちはみな燃料だ。それは君だろうが私だろうが何も変わらない。だが、米を作った人、命を分け与えてもらっているこの魚に感謝を伝えると言うのが人間のマナーだ。納得できないなら、このご飯を作った私に感謝すると言うイメージでもいい」
正直、何を言っているのかさっぱりだ。とりあえず、言うことがマナーということはインプットした。
「一つずつでいい。どれだけ時間がかかっても構わない。ゆっくりと覚えていけばいいんだ」
主人はそれだけ言い、両手を合わせる。ワタシはそれの真似をする。
「「いただきます」」
食材への感謝という考え方に理解は示せない。だが、主人がいなかったら、この活力になる燃料を口にすることはできなかった。これが“カンシャ”という感情なのだろうか。なるほど、悪くない。
主人と囲む食事は悪いものではなかった。主人は、ワタシの任務の様子をここぞとばかり聞いてくる。仕事の成果を共有できるというのは機械として誇らしいものだ。
「私も戦地に行って戦いたいところなんだけどね」
「その必要はありません。自分の実力は把握しているつもりですので」
そう言うと、主人はまた笑う。
「そうだね」
話すタイミングなのかもしれない。ワタシは今の不快感を切り出す。
「マスター、別の武器を支給していただけませんか?」
効率を優先させる。機械とはそう言うものだ。回りくどい表現などするわけがない。思ったことをストレートに言うことは当たり前である。その言葉で主人の顔が強張ると言うのがわかっていても。
「リーベ、効率だけを追い求める機械にはなって欲しくないと、私は考えている。何を言っているのかわからないだろう。ただ、今言えることは武器は支給しないと言うことだけだ」
「何故です。マスターはワタシが傷つくことをいつも恐れている。生存確率を上げるためには武器の支給が合理的です。それはあなた自身が最も理解しているはず」
主人は武器庫の方に歩いて行く。重い足取りだ。なぜ、そこまでして拒むのだろうか。
「リーベ、この扉は絶対に開けない。これは私の意志だ。君を、ただの殺戮マシーンにするつもりは毛頭ない」
わからない。ワタシは機械だ。殺戮マシーンだとしても何も問題ない。はすだ。
「それでは、効率的では――」
「効率がどうこうの話ではないんだよ。討伐対象が倒せないと判断したら逃げれば良い。後回しにすれば良い」
「それだと、殲滅により時間がかかってしまいます。バケモノを駆逐するのはマスターの願いだったはずです」
主人は何も言わずにワタシの元へと歩いてくる。そして、軽く肩に触れる。
「化け物の駆逐より、君の命だ。そっちの方が大切なんだよ。今のやり方でも確実に化け物の数は減っている。それで良いじゃないか」
それ以上は言及しなかった。
其の三.何よりも大切なものは
巨大な生命反応を検知した。討伐成功確率は六割と言ったところ。
「マスター」
「行ってきなさい。大丈夫。初期装備のグレードアップは済ませている。無事に帰ってくると、確信しているよ」
初めて、味噌汁をもらった時からもう半年が経過している。確実に、バケモノの数は減少している。後一年以内には駆逐は終わるだろう。
「では、行ってきま――」
「待ちなさい、今日の弁当だ。しっかりと栄養をつけなさい」
そう言って主人は、米と焼き魚。そして味噌汁を渡してきた。
「アリガトウゴザイマス、マスター。必ず無事に帰ってきます。また、共に食卓を囲みましょう」
その言葉に主人は笑う。とても“シアワセ”そうな笑顔だ。
「では、また後で」
そこまで行って、身を宙に投げる。ワタシはいつも通りだ。討伐対象が、何であれ、ワタシはワタシの任務を全うする。
「対象を目撃、撃破に向かいます」
コアが燃え上がっているのを感じている。機体が標的の脳天に向かい落下していく。ドリルを回転させ、全力で頭を蹴り飛ばした。
「命中。標的、外傷ナシ。攻撃を続けます」
今回の標的は今までのバケモノとら比べ物にならないほどの大きさだった。
バケモノの口が赤く光る。それを見て、回避行動を取る。エネルギー源はわからないが、ワタシに向かってレーザーを撃ってきた。主人がアップグレードをしたと言うのはドリルだけではないようだ。今までよりも体が軽い。バネをうまく活用し、標的に回り込む。ただ、コイツはこちらからの攻撃に反応すら示さない。
「弱点を探らなければ」
バケモノの外見は、膨れた腹部に無数の触手と一本の頭。はっきり言って異形だ。
空を切る鈍い音を立てながら触手がワタシの元へと振り下ろされる。
「幸い、敵の行動が単調と言うのが救いですね」
何度も何度も敵の攻撃を避け続け、敵の弱点を探る。
頭、腹、触手、背後。どこを攻撃しても、少量の出血しかしない。
「燃料が尽きてきました。一度、撤退という選択肢を採用した方が良さそうですね」
触手の打撃を避け、物陰に身を潜める。ワタシの姿を見失ったバケモノは当たり一帯にレーザーを放つ。
「こちらの場所が割れるのも時間の問題ですね」
味噌汁だけを摂取し、戦場に復帰する。
味噌汁を飲むとオイルよりもコアに熱がこもる。あと少しで解析も終わる。無理なら撤退という選択肢も検討しなければ。
「あ、“いただきます”を言うのを忘れていました。“ごちそうさま”もですね」
地面を蹴り、バケモノに接近する。その気配を感じ取ったのかワタシの方を見つめる。
――ッ。
レーザーがワタシの左足を消し飛ばした。
「今までよりもエネルギーを圧縮して、速度を上げましたか」
大きな損失だ。だが、見逃さなかった。レーザーを撃つ直前一瞬だが、腹部の辺りが赤く光っていた。アソコがエネルギー源。
「片足を失った今、ワタシの行動の選択肢はわずかしか残っていません」
バケモノがワタシを確実に消し去ろうと、再度レーザーの準備をする。今度は広範囲に放つようだ。
――命の方が大事だ。
主人のそんな言葉がまた頭の中をよぎる。
「えぇ、ワタシの任務は生還することですから」
右足に力を込めてバケモノの懐に距離を詰める。何度も何度も転びそうになる。そうなれば腕で地面を押し上げ、バランスを取るだけだ。あまりの速度に腕のパーツがもげても、ワタシには痛覚というものはない。
大量の触手を避け、懐に到着する。
「ミッションコンプリートです」
高速回転したドリルを射出する。ドリルはレーザーと大差ない速度で飛んでいき、バケモノの腹を突き刺した。
「――ウガッ」
エネルギー源を潰されたバケモノは呻き声らしきものをあげ、破裂した。大量の返り血がワタシのものへと襲いかかる。
「さぁ……帰りましょう。流石に、燃料切れです」
弁当は血でぐちゃぐちゃだ。ワタシにとっては燃料であることに変わりはない。オイルを飲むときはもちろん味覚を遮断する。この弁当もただの燃料だ。
なのになぜ、こんなにも“コア”が燃え上がるのだ。
「……帰還します」
飛行艇に帰還する間、風に煽られながら考えていた。ワタシは機械だ。返り血で弁当が食べ物と呼べるものではなくなったとしても、何も感じないはずだ。あの主人と生活を共にすることで、不要な情報がインプットされたか。
『メモリーの最適化を実行しますか?』
頭の中に響いたことの言葉に「はい」とは答えられなかった。
ワタシは何を迷っているのだろう。馬鹿馬鹿しい。
そうこう考えているうちに飛行艇に到着した。
「ただいま戻りました」
「あぁ、足が吹き飛んでいるじゃないか。すぐに修理するよ」
いつ切り出そう。謝らなくては。
「マスター。申し訳ございません。返り血でダメにしてしまい、弁当を食べることができませんでした。せっかく作っていただいたのに、本当に申し訳ありません」
主人はワタシの言葉に、一瞬手をとめた。だが、何も言わない。修理が終わった後、やっと口を開いた。
「リーベ。それが“感謝”というものだ。初めは、いただきますの理由もわからなかったお前がそんな気持ちになってくれてうれしいよ」
そうとしか言わなかった。
これが、“カンシャ”。そう言われると“コア”の燻りにも納得がいくような気がした。
ワタシは変わりつつあるのだろうか。ただの機械が、プログラムを超越するわけがない。
「さぁ、ご飯にしよう」
ワタシはここまで不思議に思っているのに。この人は、いつもそうだ。いつもワタシに笑いかける。
「はい、マスター」
結局、ワタシはなんのために存在しているのだろうか。その考えが頭を埋め尽くした。
其の四.鬚ィ遨エ
何度も何度も荒野に身を投げる。気づけば地上にはバケモノがほとんどいなくなっていた。この最低限の装備で自分の任務を全うした。正直言ってよくここまでの成果を上げたと、ワタシ自身を褒めたい。
「マスター、残る生命反応は一つだけです。とびきり大きい反応ですが、全力を尽くします」
その言葉に、主人はただ笑うだけだ。この笑顔にはなんの意味があるのだろう。人間は嬉しくなても、面白くなっても笑う生き物だ。不思議なものだと思う。
「最後の弁当になるね。今日は、シンプルなものになるけど、許して欲しい」
そう言って、主人はワタシに味噌汁と米を渡す。
「いつもありがとうございます。マスター。では、行ってきます」
主人が軽く手を振る。とても弱々しい。“フアン”とやらに押しつぶされてしまいそうになる主人を見てワタシはスクリーンに笑顔を作る。主人のように。なるほど、こう言ったときにも笑顔を作るものなのだ。“アンシン”させるために。
「必ず、またともに食卓を」
そこまで言い、何度めかもわからない空中飛行を開始する。
早速、標的のお出ましである。いつしか戦ったレーザーを撃ってくるバケモノよりも遥かに巨大だ。ワタシの攻撃など、通らないだろう。いや、通すのだ。
「討伐を開始します」
地面に降り立ち、バケモノと対峙する。壁と表現した方がいいのかもしれない。そう思わせるほどの巨大さだ。
触手の数は多いが、そのほとんどは穴が空いていたり、先が欠けていたりと、ボロボロである。なるほど、自己修復の機能はないらしい。
「なら、勝ち筋はありますね」
足に力を入れ、バケモノに向かって走る。ワタシの気配を察知し、バケモノはこちらに向かって咆哮を放った。
「ただ、デカいだけです」
そう言い聞かせるように言葉を吐く。
バケモノはワタシに向かって大量の触手を振り下ろす。触手同士がぶつかり合い、肉が抉れていると言うのに全く気にしないようだ。
「こちらは万全の用意できています。これしきの攻撃ではワタシは殺せません」
バネに押し出され、ワタシの足が空を蹴る。あの触手のように鈍い音を立て、圧縮された空気が触手を両断する。
ワタシのエネルギーが尽きるのが先か、バケモノが死ぬのが先かの消耗戦。何度でも、切り落とす。それが、今できるワタシの最善手だ。
――どれだけの時間がたっただろう。
もう、敵の触手は残っていない。いや、主用の二本だけが残っている。この二本だけには修復機能がついているようだ。もう少しで、全てが終わる。
「エネルギー、残り残量二〇パーセント。燃料補給の必要あり」
早くケリをつけよう。再度攻撃を仕掛けようと足に力を入れる。その時、バケモノがおかしな行動をする。触手を縮め、何かを狙うような。
――マスター。
奴の狙いに気づいた時には触手が飛行艇に迫っていた。急いで触手の根本を切ろうとした。が、切れない。明らかに強度が上がっている。
音は聞こえなかった。ただ、煙をあげ、落下する、飛行艇がそこにはあった。
「任務を……優先します」
ここで手を止めれば、一つの命が無駄になる。それが効率というものだ。
“コア”から燃料が補給された後のような熱を感じる。
「必ず、始末します」
再度、足に力を入れ、化け物との距離を詰める。硬さなど関係ない。ワタシの任務はこのバケモノを始末すること。最悪の場合、至近距離で自爆すればいい。
そこから先は無我夢中だった。バケモノを力の限り切り刻む。大量の血が流れ出て、一帯が湖のようになって、この化け物は死ななかった。
「バッテリー、残量ゼロ。機能を停止します」
何もかも終わりだ。主人は死に、帰る場所すらもなくなった。おまけに任務もやり遂げていない。ワタシにはもう廃棄という道しか残っていない。
バケモノが動かなくなったワタシに狙いを定める。
――早く、トドメを刺せばいい。
死に際には、全てがスローモーションに感じると言う話を聞いたことがある。そのような感覚だ。機械は、与えられた任務をこなせなくなった時、価値を失う。いい散り際だ。
伸びた触手がワタシにゆっくりと近づく。逃げることもできない。ここで、鉄屑となるのだ。
――まだ、任務は終わっていないよ。
もう、カメラから情報を供給する電力すら残っていない。ワタシの視界は真っ暗と言っても過言ではない。
こんな状態で、主人の声がこだまする。
「無理しなくていいって言ったのに。合理的じゃないな、全く。機械の君が“焦って”どうするんだよ」
コアに馴染み深いものが流される。
「マスター、生きていたのですか。しぶといお方ですね」
燃料を受け取ったコアは急速に電力を生み出す。視界が開け、何が起こっているかも一瞬で把握できた。
「マスター、何を……」
ワタシの前には、腹に風穴が空いた主人が立っていた。
「気にしなくていあ。リーベ、任務はまだ終わっていないよ。さぁ、最後だ」
“コア”が今まで以上に燃え上がる。モタモタしている暇はない。限界を越えなければ。
そう思うと同時に体にエネルギーが溢れ出す。今までの何倍も体が軽い。
「すぐに戻ります」
伸ばされた触手を蹴り飛ばし、再度敵との距離を詰める。
「邪魔です」
いつのまにか、バケモノのコアを貫いていた。膨張した肉体から、大量の血が溢れ出す。そして、内側から爆発した。
ワタシは主人に危害が加わらないよう、すぐさま体を盾にした。一瞬で視界が赤く染まった。
其の五.ワタシはリーベ
――ワタシは生きている。
「任務完了」
そう言って後ろを振り返る。
そこにはいつもと変わらぬ笑顔を向けた主人姿があった。
「お疲れ様。リーベ、任務は終わりだ。本当にありがとう」
「もう、話さないでください。助かる確率が下がります」
声が震えている。なぜだ。なぜ……。
「いや、どのみちワタシは助からない。もういいんだ。願いも叶った。私の前で願いを叶えてくれてありがとう」
嫌だ、嫌だ。ワタシはまたあなたとともに。
「食事はどうするのですか。また、一緒に食べようと約束したのに」
その言葉に、主人は何も答えない。
「ワタシが無事でも、あなたが無事でなければ、食卓を囲むことができません。なぜ、自分の命を投げ出したのです。ワタシは機械だ。データは残らなくとも修復できる。あなたとは違うのです」
本当に、馬鹿な人だ。機械を助けて、自分が死んだら意味がない。
「聞きなさい、リーベ。ワタシはもう長くない」
言葉が出ない。
「君は機械だ。その認識は消えることはないだろう。だが、君は誰よりも人間であろうともしていた。感情なんて、理解する必要もない君が、データを消さないでいたこと。私は嬉しかったんだ。そうあろうと思っていなかったとしても、本当に嬉しい。君はまだまだ生きられる。化け物はいなくなったが、人間が生活するにはまだまだ不向きだ。人間が住める地にして欲しい。それが次の任務だ」
主人はワタシを殺戮マシーンにすることを拒んだ。あの時はなぜかはわからなかったが、今やっと合致した。
「お任せください。ご命令のままに」
ワタシがそう言うと、力の抜けた主人は目を瞑る。
「お別れだ。最後は意外と、あっけなかったね。これも人生というものだ」
――ありがとう。
最後にそう言い残し主人は息絶えた。間接的に、主人を殺したのはワタシということになる。最善手をいつも考えていたはずだ。なのに、なぜ、退くという選択肢が生まれなかったのだろう。そのことだけが本当に悔やまれる。
『メモリーを最適化しますか?』
頭の中で、そんな言葉が鳴り響く。消し去ってしまえば、いくらか楽になるだろうか。今やワタシは機械と言っていいのかわからないほど、人間の感情に触れてしまった。今ならわかる。
喜びも、悲しみも、不安も。全てがわかるからこそ“心”が燃え尽きてしまいそうだ。
「感情というのはつくづく邪魔なものだ」
ワタシは主人を抱え、座り込む。ここから人のいる集落まではかなりの距離がある。燃料が尽きないか心配だ。
「こういう時に、救助信号を送るものなのですね、マスター」
はるか昔に言われた。その機能がワタシにはあると。まったく、何もかもを想定しているよつだ。抜けているようで、本当に鋭い人だ。
「こちら、司令部。いかがなさいましたか」
「こちらK-……」
型番を言おうとした口が止まった。違う、こうではない気がしたのだ。
「こちら、リーベ。飛行艇が破壊された。救助を要請したい」
「……。そう、あなたの主人はもういないのね」
「はい、マスターの遺体はここに。こちらも共に回収願います」
「わかったわ、安全は確保できてるかしら?」
「バケモノはすべて、駆逐しました。安全です」
「そう。じゃあ、すぐに救助隊を出すわね。少し待っててちょうだい」
そこまで言われ、信号は途切れた。本当に、何から何まで想定内らしい。
落ち着いたところで再度、聞きたくもない声が頭の中で響く。
『メモリーを最適化しますか?』
また再度問われた。今度は、迷う暇もなく言葉が出ていた。
『ノー』
『かしこまりました』
頭の中から言葉は消えた。風の音だけがワタシを包む。
主人は死んだ。ワタシは、これから先も主人の願いを叶え続ける。
ワタシはただの機械である。単純なプログラムで動くものだ。だが、感情というものを少し理解した機械だ。
名は、リーベ。愛すべき主人が付けたこの名を片時もアンインストールするつもりはない。




