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第9話 それぞれの到達点

 

 久しぶりだな。2ヶ月、いや3ヶ月か。

 地下鉄駅を出たがらんどう(268)はスナックるいかまでの道を歩く。



 肩かいるの「グリュニーガンの世界」が書籍化、また数年後ではあるがアニメ化の話も進み、時間と労力の関係上スナックるいかがほぼ閉店状態になったのが4ヶ月前。そして打ち合わせは対面派の肩かいるが、新千歳空港が近いからという理由で千歳市に引っ越した先月からスナックるいかは完全閉店となった。



 いつかはこの集まりも終わるとは思っていたけど想像より早かった。いや、むしろよく続いたほうだよな。

 

 何度も通った住宅街は過剰に脚色された思い出と同化してがらんどう(268)の脳内を圧迫し、交差点に差し掛かったがらんどう(268)は想像上の三叉路を右に入って進んだ。


 

「相変わらず書いてるなあ」

 スナックるいかに入ったがらんどう(268)は1人カウンターに座る寝ね子(269)に声を掛けた。


「うん、今日は調子いい」

 寝ね子(269)はキーボードから手を放し肩を揉む。


「そういえば店の鍵とかってどうしてんの?」

「かいるから預かってる。一応好きに使っていいって言われてるから」

「スナックるいか存続運動は成功したんだな」


 肩かいるから完全閉店の通知を受けた寝ね子はスナックるいかの存続のため日々かいると交渉を行っていた。


「成功とまではいかないかな。かいるにだって都合はあるし。とりあえず考えたんだけどライフラインをね、水道、ガス、電気とか。それらをわたしとかいるとがらんどうで3等分することを提案しようかなって」

「なるほど。まあ、わかった。そういう流れね」

 がらんどう(268)は冷凍庫から氷を取り出してアイスペールに入れ、棚にあるサントリー角と共にカウンターに置いた。


「それに2階も部屋あるでしょ? 3部屋ぐらい」

「おいおい、おれもうおっさんだぞ。トキワ荘にしても年齢制限で引っ掛かるっていうか」

「違うよ。物置にさせてもらおうってこと」

「ああ、そっちね。ごめん、なんか」

「じゃあ3等分の話をかいるにしてみる。そうだ、がらんどうはね。かいる、というかグリュニーガンをどう思うの?」

 寝ね子(269)は紙袋から白ワインとジンジャーエールを取り出す。


「どう思うって。そりゃあ普通にがんがん行って欲しいと思うけど」

 

 スナックるいかのビールサーバーはメンテナンスが面倒であるため最近は使用しておらず、アルコールはそれぞれが用意する形式になっていた。寝ね子は多種多様なアルコールを持参したが、がらんどうは基本的に缶ビールを買ってくるか、置いてある自分のウイスキーを飲むかをその時の気分で決めていた。


「わたしはこの差をひっくり返す気概はあるのかって訊いてるんだけど」

「いや、ひっくり返す必要はないだろ。並べばいいんじゃ」

「違うって。要はどこを目指してるのかっていうこと」


 うーん、そっかあ。うーん、そうねえ。がらんどう(268)はウイスキーをソーダ水で割ったものを飲む。


「ギギルコンじゃ無理だからなあ。おれにはなんとも」

「じゃあがらんどうは自分の最高到達点をどの辺に考えているの?」

「えー、いや特には。おもしろいもんを書いて多くの人に読んでもらいたいなっていうのはあるけど」

「だからあ、お前はあ、駄目なのだあ。だっけ? そういうのあったよね」

「違うな。阿保なのだ、だよ」

「うん。阿保でも駄目でもいい。だから、なの。目標がなく漫然と書いててどうすんの? って。そんなんじゃどこにもたどり着かないから」

「ええ、じゃあ寝ね子はどうなの」

「わたしは最終的に漫画原作者になりたいの」

 寝ね子(269)は白ワインをジンジャーエールで割った液体に自分で持参したレモンの輸切りをに入れた。


「ほお、それは知らなかった」

「わたしね。小さい頃従妹の家にあったヒカルの基が好きで」

「あー、そういうのあるね。おれその位置の漫画は原秀則の部屋においでよだったわ」

「それは聞いてないけど。で、ヒカルの碁すごく面白いでしょ。だからあれを読んでね、思ったの。わたし漫画原作をやりたいって」

「囲碁をやるんじゃないんだな。そこはちょっと作者の意図とは」

「どう感じるかは人それぞれだし。本当に素晴らしい仕事だって」

「うん、素晴らしい仕事だ。それは間違いない」

「そこにたどり着くのが目標なの」


 なるほどなあ、寝ね子にも色々あるんだなあ。がらんどう(268)は寝ね子(269)からレモンの輪切りをもらい、ウイスキーをソーダで割ったものに入れた。


「じゃあ、仮ね。仮だけど 2,000万払ったらSYOGUNをジャンプでやれるってなったら寝ね子は払う? 連載後の後払い可で」

「無理でしょ。どうやってもあれで2000万円稼げないし」


 そこは現実的なんだ……。なら、ええと。がらんどう(268)は次の一手のイメージを広げる。


「じゃあ、ええっと。10歳年をとるっていうのは? 見た目だけじゃなく内臓機能も低下する。それでシャンプでSYOGUNを」

「それだと10年寿命縮まるでよくない? そして、それだとやらない。その10年は書く時間にしたいから」

「そっか。そうなると、ああ、これから一生パートナー無しは? 当然結婚も不可で」

「うーん、そこね。うーん、そうなってくると」


 おお、これは一番迷ってる。いいぞいいぞ。がらんどう(268)は手ごたえを感じた。


「やっぱりなしで。ちょっと後々困るかもしれないし」

「よし、じゃあこれから一生車乗れないは?」

「乗れないって人の運転とかバスも?」

「あー、それはきついな。免許取れないにしとく」

「免許ね。それぐらいなら。いい、かな」

「おお、そうかそうか。寝ね子の具合はわかったよ。割と今の生活気に入ってるんだな」

「ちょっと待って。そっちは? がらんどうはどうなの? 例えば200万払ったらなんかの新人賞とか」 

「ああ、それはない」

 がらんどう(268)は寝ね子(269)の目を見て答えた。


「そうやって得た結果に意味はないから。自分の力が足りなかったらそれはそれでいいよ。だからおれは車の免許も捨てない」

「それはずるい! やり直し! 絶対やりなおしだから! ほら、もう一回最初から」

 寝ね子(269)は白ワインをグラスに入れそのまま飲み始めた。



「そろそろ帰ろうか。地下鉄終わっちゃうし」

「おお、そうだな」

 

 金銭面を含め、ジャンプ掲載の条件等を何度かやり直した結果、がらんどう寝ね子共に自分を信じて生きるという意見で一致し、その後は新しいDAIMYOUについての議論に移っていた。


「がらんどうはさ」

「うん」

「なんていうか。上手く言えないけど、なんか書いててね。というか書くのって、1人で出来る?」

「1人でって? 本当に1人でっていうこと?」

「そう。1人で」

 テーブルを拭き終わった寝ね子(269)は、持ち帰るゴミを手持ちのエコバックに入れた。


「おれはきついなあ。書く行為自体を1人で完結するのはちょっと無理だ」

「でも前言ってなかった? 大好きな吉行淳之介の言葉で」

「あー、それはちょっと違う。いい悪いの評価基準云々は自分の読者視点で解決できるっていうやつだろ。ただおれの読者視点しょうもないからいまいち解決できてないんだけど」

「一緒じゃない?」

「いや、違うよ。書く行為という意味はもう少し下がった場所に、いや、上がったか場所か?」

「どっちでもいいよ。帰ろう」

「ああ、うん。確かにどっちでもいいから帰る」


 帰り道、先程の空想世界での三叉路(普通のT字路)を通り掛かった時、がらんどうは「いや、ここがさあ。さっき三叉路に見えたんだよね」と言おうとしたが止め、無言で駅まで向かった。


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