第7話 レビューの意味
「うーん、なんか進まないな」
スナックるいかのカウンターに座る寝ね子(129)は、キーボードから手を放し背伸びをした。
「まあ無理せずともね。そのうち書きたくなるから」
同じくカウンターに座るがらんどう(112)はスマホに表示されている広告を眺めつつビールを飲む。
「だって、わたしブクマ130だよ? ということは1,300人ぐらいが続きを待ってるはず。その人達のためにもちゃんとやらないと」
そんなに読者いないって。どういう計算だよ。がらんどう(112)はそう思いながらも右上の×を押して龍と苺の続きを開いた。
「2人はどうなの? 書きたくない日ってないの? あ、ごめん。かいるはいい。書くのが好きで好きでたまらない変人だから」
「かいる。言われてるぞ」
「おれか?」
キッチンでじゃがいもの皮を剥いていた肩かいるは(19,554)手を止める。
「寝ね子がさ、書きたくないときってあるの? だって」
「おれはないな、楽しいだけだ。というか趣味なんだから止めたきゃ止めればいいだろ」
「ほら、やっぱりおかしいよ。楽しいだけって。一応客がいるのに明日食べるカレーを作ってるし。がらんどうは普通だよね? しんどいよね?」
「おれも楽しいよ。辛いと思ったことはないかなあ」
「……え? 本当に?」
「1人しりとりやってて意図せず負ける、みたいなのあるしさ」
「ちょっとかいる、がらんどうの言ってるのわかる?」
寝ね子(129)は肩かいる(19,554)にジョッキを差し出す。
「いや、わからん。なんで小説書いててしりとりやってんだ? ビールでいいのか」
「うん、お願い」
ぐ、きつい。やっちまった……。なんだよ、しりとりって。がらんどう(112)は心を落ち着けるため空になったジョッキの底を覗いた。
「あ、そうだ。それならね。嫌じゃなかったらでいいんだけど。2人でわたしのレビュー書いて貰えないかな。ほんと嫌じゃなかったらでいいから」
「あー、レビューね。いいよ。それならの流れはわからないけど」
がらんどう(112)はしりとりの話から離れることを目的にすぐさま了承した。
「かいるもいいかな?」
寝ね子(129)は遠慮がちに言った。
「ああ、おれか。とりあえずがらんどうの見て考える」
またおれが生贄か。でもいいよ、しりとりの話を忘れてもらえるなら。がらんどう(112)はスマホを取った。
「よし、出来た。これ投稿すればいいんだろ?」
15分後、レビューを書き終えたがらんどう(112)はスマホを置き、ビールを注文するため肩かいる(19,554)を探す。
そこにいたか。だめだな、これは集中してるやつだ。トイレで書く前の段階のやつ。
一番端の席でスマホを操作している肩かいる(19,554)の様子から状況を察したがらんどう(112)は、自分でサーバーからビールを注ぎ、レジ横のメモ帳に正の字で1杯分を追加した。
「ありがとう! ごめんね、ちょっと一回見せてもらっていい?」
「じゃあ送るよ」
「大丈夫。ちょっとスマホ貸して」
「いいよ。まあ若干適当な部分もあるけど」
がらんどう(112)はスマホの画面を確認し寝ね子に渡した。
とにかく溺愛されたければ読むべき溺愛小説 投稿者:がら がらんどう
この小説の溺愛は他の溺愛とはわけが違う。溺愛の重さが違う。
永遠とも思える溺愛、常に溺愛。普通ならこんなに溺愛されてもしんどいだけだよ。
だが、たまにはいいじゃない。ドーナツにメープルシロップを塗りまくってもいいじゃない。シロップで手が汚れたっていいじゃない。
「これを読んで、これを読んだわたしがね」
がらんどう(112)にスマホを返した寝ね子は、がらんどう(112)と同様にサーバーから自分のビールを入れ正の字で追加した。
「ほうほう」
「例えば、そう。例えば、ちょっと怒って、無理やり作品を褒める文言を入れるように指示。みたいな流れいらないよね。しんどいから」
「そういう感じでいく? それならそれでいいよ」
「あ、かいる」
寝ね子(129)は端に座る肩かいるに近づき、ねえ、今何書き? と詰め寄った。
すげえ。おれ集中しているかいるに声かける勇気はねえ。がらんどう(112)は一応投稿は保留とし、自分の小説を開いてアクセス解析を行う。
「おれも書いたぞ」
「え、そうなの? 見せて」
「いや、もう投稿したわ」
「え……」
何とも言えない表情で固まる寝ね子(129)
まあ不安だよな、かいるだもんな。がらんどう(112)は寝ね子(129)のページに入り肩かいる(19,554)が書いたレビューを開いた。
設定の出オチではない 投稿者:肩 かいる
こういう設定は読んだことがない。おれなら思いついても書かない。しかしこれまで読んだことがないもの、見たことがないものを良しとする人。そういった人には向いている。
先は読めるが分かった上で読ませるだけの力はある。ただ、これを読むなら他を読むというのは間違ってはいない。
しかし、誰にだってこの小説を読む時間ぐらいはある。
うーん、微妙なのきたな……。がらんどう(112)は2度読んだ後、ちらりと寝ね子(129)を見た。
「……ねえ。わたしも2人の書いていい?」
「ごめん、おれはいいかな」
がらんどう(112)は即答する。
「わざわざ書かなくてもいいだろ。別に今口頭で言っていいんだぞ」
「……やられっぱなし、やられっぱなしで」
寝ね子(129)はスマホを握りしめて呟く。
がらんどうは(112)静かにカウンターの棚に自分のボトルを戻し、肩かいる(19,557)に会計を頼む。
「は? 逃げるの? ねえ、がらんどう。逃げるの?」
「いや、逃げるっていうか。おれは、ごめん。逃げる。空気が重くなる前に」
「こっちだって撃てるんだよ! 弾はいくらでもあるんだから!」
遠くから寝ね子の声が聞こえる。
がらんどうは一度振り向いて、ごめん。と告げ店を出た。