第6話 ブクマ100
「じゃあいい? 更新するよ? はい、した! 更新した!」
寝ね子(99)は震える手でスマホをタップした。
スナックるいかのテーブルにはアルコール類と近くの個人経営的一軒家のイタリアンからテイクアウトしてきたピザ、パスタ、サラダ、チキン等が並び、冷蔵庫には寝ね子が買ってきたケーキも入っていた。
「ケーキはどのタイミングで?」
がらんどう(89)は1、0、0の数字3本のろうそくを寝ね子(99)の前に並べた。
「当然100になってからでしょ。とりあえず食べよ、しばらくかかるかもしれないし」
「おお、そうだな」
肩かいる(16,498)は取り分け用の皿をがらんどうと寝ね子に配る。
「寝ね子は書き始めてどれぐらい?」
「わたしは9か月ぐらいかな。今30万文字ぐらい」
「おれ20万いかないぐらいだわ。かいるは?」
「おれか? おれは……、45万ぐらいだな」
まじか。あのクオリティですでに45万。がらんどう(89)は絶望しつつ肩かいるの小説を開く。
すげえ、ブクマ16,000かあ。えらいことになってるなあ。がらんどう(89)はすっとページを閉じた。
「すまんな、嫌味じゃないんだ。単純な疑問なんだが、寝ね子のそれはペース的にどうなんだ?」
肩かいる(16,498)はピザを頬張りながらビールの缶を開ける。
「……それ今訊く? 30万文字で100はね、正直いまいちだから!」
「まあまこれからね、伸びる可能性もね。あ、でも寝ね子の小説ってさ。あれでしょ、SYOGUNが変わるごとに主人公のタキも転生して幕府が終わるまで歴代SYOGUNに溺愛され続けるんだよね」
「そうよ。なんで今更」
「今って8代目?」
「IESHIGEよ。9代目」
「そっか。半分過ぎてんのね。じゃあ50万文字ぐらいの小説に」
「大体そんな感じだと思う。かいるのはちょっと特殊だよね」
「ん? おれのか」
2本目のビールを開け、肩かいる(16,498)はチキンを手に取る。
「だって全然時間が進んでないじゃない」
「ああ、いいだろ?」
肩かいる(16,498)はにやりと笑う。
「ああ、いいよ。実際そこがいい。こういう1日をじっくり書くやつって、色んな視点が重なって全体像が見えてくるっていうのが多いイメージだけど、かいるのはあくまで川端から見た映像と音だけで進むからなあ」
ビールを飲み終えたがらんどう(89)は自分のボトルを開けた。
かいるの小説は45万文字経過時点で建造物に入れなくなる、出られなくなるというパニック状態になってから十数時間しか経過していない。
かいるの意図としては小説内の1日を50~60万文字程度にし、1日フルで読んだ場合と同じ時間経過を辿ることを目的としているとのこと。
おれは更新を追ってるからその体験はできなかったど、そういうものいいかもな。そして寝ね子の100待ちはいつ終わるんだろう。
がらんどう(89)はウイスキーをソーダで割ったものを飲んだ。
寝ね子が更新してから1時間後。
「よし、もう1本行く!」
寝ね子(99)は、大きく息を吐きスマホを操作し始めた。
「おお、ストックあったんだ」
寝ね子(99)のブクマ100待ちの間、寝ね子の小説に書かれた感想を読んでいたがらんどう(89)は少しほっとした。
「どうしても今日達成したいの。よし、ほら!」
右手を高く上げ、スマホをタップする寝ね子(99)をがらんどう(89)と肩かいる(16,508)は不安そうに見つめていた。
さらに30分後。
「なんで? PVはいつもの更新ぐらいあるのに……」
寝ね子(99)は肩かいる(16,509)が作ったカクテルを一息で半分飲み干した。
「寝ね子のストックってどれぐらいあるの?」
がらんどう(89)はウイスキーをソーダで割ったものにライムを入れて混ぜた。
「あと2本。でもこれは本当に緊急用として先に書いてるやつだから」
「あー、寝ね子は更新守るもんな。あれでしょ、3の倍数と3のつく日に更新だよね?」
「わたし来週の土日休みだから一気に取り戻す。あれ、かいるは?」
「トイレだよ。いいところらしい」
「そうなんだ。でもあの癖はどうにかして欲しいよね。集中したい時にトイレにこもるっていうの」
「いいんじゃない。ある種かいるのトイレだし」
「それはそうなんだけどね」
さらに30分後、から30分後
「もういい。わたし、もうここで終わっていい……」
寝ね子(99)は手を開き、そしてゆっくり閉じた。
「おいおい、いくのかよ。待ってればいつかは」
「もう決めたから。残り2本一気に行く!」
「いや、それ意味ないって! せめて1時間は空けるか、次の更新のために」
「わたしに足りなかったのって、やっぱり覚悟だと思う」
ブクマ欲しすぎて変な角度で入っちゃたな。さっきからどっかで聞いた有名なセリフを連発してるし。がらんどう(89)は席を立ちトイレに向かった。
「おおい、かいる。色々限界だ、そろそろ来てくれ」
ドアを叩きながらがらんどう(89)は言った。
「わかった。あと2分で出るわ」
肩かいる(16,529)から返答があり、がらんどう(89)は席に戻った。
「更新した?」
「うん。もうこれでだめなら今書く」
「いやいや、そこまで」
がらんどう(89)はスマホで寝ね子の小説を開く。
まじか、まだいってねえ。これじゃあ寝ね子は今日ここで更新を……。
がらんどう(89)がどこまで付き合うべきかを考えていた瞬間。
「あ、ああああああ!」
寝ね子(100)は立ち上がり、右手の拳を握りしめて中腰で叫ぶ。
「おお、いったか!」
「いったああ! これでええ、わたしはあああ、底辺作家じゃないいいい!」
そっち方向の喜びかよ。がらんどう(89)はそう思いながらも、ぱちぱちと手を叩く。
「お、100?」
スマホを操作しながら戻って来た肩かいる(16,529)は、がらんどう(89)と寝ね子(100)を交互に見た。
「そう。やっと、やっとここまで来た」
寝ね子(100)はキッチンに向かい、冷蔵庫からケーキを取り出す。
あー、あったな。それを見たがらんどう(89)はろうそくとライターの準備を始めた。
「あのね、わたし決めてるの。すっごく有名になって『今まで一番うれしかった瞬間っていつですか?』って訊かれたときね、『あー、それですか。ふんふん、アニメ化? 実写化? 累計1000万? 違います。そういうことじゃないです。なろうでブクマ100になった時です』って答えるから」
「まじか。ブクマ100の世界ってそんなにすごいのか」
がらんどう(89)は、1・0・0のローソクを並べてケーキに刺した。
「そう。ほんと見る景色が違うよ。がらんどうも早くおいでよ。あ、かいる。電気をお願い」
暗闇の中、ろうそくの火が揺れるケーキに顔を寄せる寝ね子(100)。
笑っていた。ブクマ100になった寝ね子(100)は笑っていた。